昼休憩と正式な依頼
「ねえ! そのカツサンドも一口齧らせてください!」
カツサンドをのんびり半分ほど食べたところで、タマゴサンドをあっという間に平らげたシャムエル様がキラッキラの目をして俺を見上げながらカツサンドを要求し始めた。
「これ? 齧りかけだけどいいのか?」
「全然大丈夫です!」
軽いステップを踏んでもふもふ尻尾を俺の右手に叩きつけながらそう言われてしまい、笑った俺は食べかけのカツサンドをシャムエル様の目の前に差し出した。
「はい、持っててやるから、好きなだけどうぞ」
「うわあい、ありがとうね!」
クルッとバレリーナみたいに綺麗に一回転したシャムエル様は、そう言って嬉々としてカツサンドに顔面から突撃していったよ。相変わらず豪快だねえ。
分厚いカツサンドをご機嫌で齧るシャムエル様を眺めつつ、俺は貰ったリンゴジュースの入った瓶を左手で取ってグラスに注いだ。
「ああ、それも美味しかったからもうちょっとだけください!」
見ると、横に置いてあった盃の中身はすっかり無くなって空になっている。
「はいはい、どれくらい入れるんだ?」
「半分くらいお願いします!」
今度は指をポフポフと尻尾でソフトタッチで叩かれた。いいぞもっとやれ。
言われた通りに半分より少し多めにこぼさないように注意しながら入れてやり、残りを自分のグラスに注いだ。
うん、ちょっと飲み物が足りないみたいだから、自分で収納している激うまジュースをこっそり取り出しておいたよ。
「ありがとうね。ごちそうさま!」
カツサンドは、断面を全体に1センチくらいきれいに齧られていたけど気にせず残りを食べてから、自分で出したタマゴサンドとレタスとハムのサンドイッチを平らげた。
「はあ、美味しかった」
追加で出した激うまジュースを飲み干すと、さっさと片付けて弁当箱とジュースの空き瓶を返す。
この辺りは以前の世界と違ってリサイクルが基本だから、弁当を食べてもゴミはほとんど出ないんだよな。
パッケージを開けるのが下手で、毎回必ず海苔のどこかが破けたコンビニおにぎりを思い出してちょっと笑っちゃったよ。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
弁当箱を受け取ってくれたスタッフさんにお礼を言ってから部屋を出て、賑やかな歓声が響く倉庫内を見回した。
来た時とは反対側を周り、あちこちから上がる楽しそうな歓声に俺も笑顔になる。
「ケンさんじゃないですか。あれ? どうしたんですか?」
立ち止まって巨大スライムトランポリンを見上げていると、背後から声をかけられて振り返る。そこにはチケットの束を手にした草原エルフ三兄弟が笑顔で手を振っていた。
「おいおい、一体何枚チケット買ったんだよ」
「今から順番に制限時間一杯まで乗りまくりますよ! いやあ、それにしてもスライムトランポリン最高ですね」
笑ったオリゴー君の言葉に、隣ではカルン君も満面の笑みで頷いている。
そしてその隣でドヤ顔をきめるアーケル君。
「あはは、まあ楽しんでくれているみたいで俺も嬉しいよ。じゃあ頑張ってチケット消費してくれよな」
「大丈夫ですよ。残ったら、この後のスライムトランポリンの興行でもこのチケットは使えるそうですから。それで皆、大喜びでまとめて買っているんですよ。だってこれ、一般公開したら絶対にチケットを買うだけでもこんな行列ですみませんよ。長蛇の列確定です。もう皆、どれだけ大喜びして買っている事か」
「あはは、そこまで喜んでもらえるとはねえ……」
拳を握って力説されてしまい、あまりのウケっぷりにもう笑うしかない俺だったよ。
どうやらお祭り後半は、俺はイベントスタッフとして参加する事が決定したみたいだな。
草原エルフ三兄弟と別れたあとは、順番にスライム達にも声をかけてやりつつ元の場所まで戻って、留守番してくれていたハスフェルと交代した。
とはいっても今回は特に問題も起こらず、俺は休憩を兼ねてのんびりと会場を眺めて過ごしたのだった。
「お疲れさん。ちょっといいか?」
俺を呼ぶ声に下を見るとヴァイトンさんが笑顔で手を振っているのが見えて、俺は手を振り返してからゆっくりと下に降りた。
「お疲れ様です。いやあ、大盛況ですねえ」
まだまだ途切れない行列を見ながらそう言うと、ヴァイトンさんは満面の笑みで頷いた。
「ああ、本当にここまで大受けするとは予想以上だよ。それで改めてお願いなんだが、一応祭りの後半の四日間でスライムトランポリンをここでやらせてもらおうと思うんだが、スライム達の出動と、通訳を兼ねてのケンさんの出動をお願いしたいんだが、構わないだろうか?」
真顔でそう言われて、笑った俺は大きく頷いた。
「了解です。それじゃあ皆にもスライム達を貸してもらうように頼んでおきますね」
予想通りの言葉だったのでそう言うと、ヴァイトンさんは安堵するように笑った。
「感謝するよ。それじゃあ商人ギルドの名義で、冒険者ギルドに指名依頼を入れておくからそっちで受理してくれるか」
「へ? 何ですか、それ?」
思わずそう尋ねると、ヴァイトンさんは一瞬驚いたように目を瞬き、俺をまじまじと見てから頷く。
「ああ、もしかして指名依頼は初めてか。今回のように金銭が絡んだ何かを依頼したい時には、直接個人に頼むのではなく、どこかのギルドを通しての正式な依頼という形にするのが一番いいんだよ。ケンさんが商人ギルドに登録があればそんな事はしないがね」
ヴァイトンさんの説明に納得する。
実を言うと、ハンプールでのスライムトランポリンの時も、後で気が付いたんだけど冒険者ギルドの名義で結構な金額が振り込まれていたんだよ。
俺はその辺ってあまり気にしていなかったけど、ちゃんとギルドからの仕事の依頼という形を取ってくれたのは、多分一回きりではなく定期的な依頼をしたいって意味でもあったんだと思っている。
「了解しました。それじゃあ、後で冒険者ギルドにも顔を出しておきますね」
「ああ、無理を言ってすまないが、よろしく頼むよ」
笑ったヴァイトンさんに俺も笑って軽く一礼して、また椅子の上に登って行ったのだった。