神様の祭壇と年越しの準備
「へえ、なかなか立派な祭壇じゃないか」
ハスフェルに教えられてやってきた部屋の突き当たり奥には、俺の身長よりも大きいくらいのなかなかに立派な祭壇がどどんと存在を主張している。
今は閉められているけど左右に開くようになっている観音開きの扉には細やかな彫刻が施されていて、少し禿げている部分もあるが金箔が全面に渡って貼られている。かなり手の込んだ細工だ。
「ええと、このまま開ければいいんだよな?」
一応ハスフェルに確認すると笑って頷かれたので、とりあえずそっとその祭壇の扉を開けてみる。
「うおお、これはすごい!」
ちょっとしたタンスよりも大きなその祭壇を開くと、中央にそれはそれは見事な金色の竜の像があり、左右には一対の金色の空の花瓶。それから同じく立派な細工の入った金色のシンプルな蝋燭立てが複数。数えてみると、これは大小合わせて全部で九本もあった。そんなに蝋燭立ててどうするんだ?
他に、多分お線香を立てるっぽい灰が入った入れ物や綺麗なガラスのグラスもある。それから明らかにミスリルと思われる銀色のベル。
竜の像の後ろは、全面にわたって複雑な幾何学模様が彫り込まれている。俺には分からないけどこれは明らかに何かの意匠っぽい。
ここで参拝の作法も祭壇のセットの仕方も全く分からない俺は、途方に暮れてハスフェルを振り返った。
「なあ、これどう飾ったら良いんだ? ってか、そもそも祭壇に飾る花なんてここには無いぞ」
そう、今は庭には雪しかない真冬。この気温で咲く花なんてあるわけもない。街まで行けば売っていたかもしれないけど、今から行っても、もうお店は閉まっている時間だろう。
「ああ、それならお前さん、ここの庭の地下洞窟で採取してきた水晶樹の枝を持っているだろう。葉が数枚付いた枝ならあるか?」
もちろん、大量に折って持って来ているから色々あるよ。
「ああ、あるよ。ええと……ここに飾るならこれくらいかな?」
花瓶がかなり大きめなので、長さが40センチくらいあるなかなか枝振りの良さそうなのを適当に選んで二本取り出す。
それを見たリナさん一家とランドルさんの悲鳴が聞こえる。
だよねえ。水晶樹は超貴重なアイテムらしいからさ。でもここではいつでも手に入るんだよな。
「ま、まさかそんな枝を折って大丈夫なんですか!」
悲鳴のようなリナさんの言葉に、振り返った俺は誤魔化すように肩を竦める。
「大丈夫ですよ。大きな木だったし枝も多かったんですよね」
一応、発見したのは一本だけって事にしてあるので、ちょっと大きめの木で枝も多かったんだって事にしておく。
「それにしても……」
「まあ、良いじゃありませんか。ええと、これって……水を入れた方が良い?」
黙ったままハスフェルとギイが揃って首を振るのを見て、俺も黙って空の金色の花瓶に水晶樹の枝をそれぞれ突っ込んだ。
「あれ? ちゃんと立ってくれない、何でだ?」
花瓶の口が思いのほか広かった為、細い水晶樹の枝が何度直しても斜めに大きく傾いで倒れそうになってしまうのだ。
「あの、これを使ってください」
困っていると、リナさんが部屋の角にあった綺麗な引き出しから何か取り出して持って来てくれる。だけどそれは、針金を単にぐるぐる巻きにしただけみたいな謎の物体だ。
「何これ?」
受け取ったは良いが、謎の物体の使い方が全く分からない。
「こうやって使うんです。貸してください」
どうやら俺が困っているのに気付いてくれたみたいで、苦笑いしたリナさんが俺の手から謎の針金を受け取り花瓶の口の部分にそっと押し込むみたいにして入れてくれた。
「これでもう大丈夫だと思いますので、もう一度それを差してみてください」
手に持ったままだった水晶樹の枝を言われた通りに花瓶に突き刺してみる。
「おお、真っ直ぐ立った。そうか、あの針金が枝を支えてくれているのか!」
納得した俺を見て、リナさんだけでなく皆も苦笑いしていたよ。だって仕方ないじゃん。わざわざ花なんて自分で飾ろうと思った事なんて……記憶にある限りないんだからさ! と開き直ってみる。
その後もリナさん達が手早く色々と引き出しから取り出してくれて、あっという間に見事な祭壇が出来上がりました。
ここまでで俺がやったのは、いつも使っているあの敷布をローテーブルの真ん中に置いただけです。
開いた祭壇の前には横長の木目が綺麗なローテーブルが並べられて、真ん中奥に一番大きな蝋燭立てを一本置き、その左右に順番に小さく左右対称になるように蝋燭立てを並べている。蝋燭もその引き出しに入っていたみたいで、今は立てられた蝋燭に火が灯されている。
ローテーブルの中央部分には大きくて真っ白なお皿が置かれていて、言われるままに俺が適当にサクラから取り出した果物が山盛りに並んでいる。
一応、何か食べるものも出して良いと言われたので、迷う事なくタマゴサンド三種盛り合わせを取り出したら何故か大受けした。だって、これは創造神様の大好物なんだってば!
って事で、気にせずタマゴサンド三種盛り合わせも果物の隣に一緒に並べる。
最後にグラスにハスフェルが取り出した赤ワインをゆっくりと注いで果物の横に並べたら祭壇のセッティングは完了だ。
それから順番に祭壇の前で手を合わせて祈りを捧げた。
だけどハスフェル達は両手を握るみたいにして祈っていたけど、ランドルさんは俺と同じで両の手を合わせて祈っている。リナさん達は数珠みたいなのを取り出してそれを手首に通してから両手を握ってお祈りしている。
恐らくだけど、個人の祈りについては明確な決まりがあるわけじゃあないみたいだ。なので俺はいつものように手を合わせて目を閉じてお祈りしておく。
まあ神様御本人は、今まさに俺の目の前でお供えしたタマゴサンドをキラッキラの目で見つめているんだけどさ。
そんな感じで、とりあえず無事に年越しの準備は完璧に整えられたのだった。
ってかシャムエル様。さっきからずっとこっちにいるけど、貴方は街の神殿にいなくても良いのか?