料理の仕込みと思わぬアシスタントの登場
「さてと、だいたい欲しいものは買ったし、それじゃあ俺は宿泊所に戻って料理の仕込みだな」
のんびりと宿泊所に戻りながら、ふとマックスとニニを見る。
「ん? どうしたんですか、ご主人。何か買い忘れですか?」
真面目なマックスの言葉に、俺は笑って首を振った。
「いや、この世界に来た最初は、お前とニニだけだったのに、随分と仲間が増えたなって思ってさ」
何となくおかしくなってそう言うと、俺の右肩の定位置に座っていたシャムエル様が俺の頬を力一杯叩いた。
「ええ、ケンは私の事を仲間に入れてくれていないのかい? ちょっと傷ついちゃったよ」
俺の頬に縋って泣く振りをするシャムエル様を、俺は笑って突っついてやった。
「いや、シャムエル様はそもそもこの世界の創造主様なんだから、単に俺の仲間っていうのは、畏れ多いって言うか、おこがましいって言うか……」
「そんな事ないよ。私はケンの事、大事な仲間だと思ってるのに!」
頬をペチペチと叩かれて、俺は笑うしかなかった。
「ごめんごめん。勿論、シャムエル様だって大事な仲間だよ。そんな拗ねるなって」
「私、もの凄〜く傷ついちゃったな。これはもう、新しいメニューを考えて、その試食担当をさせてくれるぐらいの事はしてくれないと、癒されないと思うな」
シャムエル様……何故にそこでドヤ顔?
「ねえ、どうなんだよ」
胸を反らして、お腹で俺の頬に体当たりしてくるシャムエル様は、はっきり言って踊る毛玉状態だ。一体何のご褒美だよこれ?
「了解です。仕込みをしながら米を炊いてみようと思っているから、その出来上がり次第で新しいメニューを作るよ。どうぞ好きなだけご試食くださいませ」
笑って深々とお辞儀をしてやると、何がおかしいのか、シャムエル様は手を叩いて大喜びしていた。
うん、尻尾だけじゃなくその短い腹毛も、けしからん手触りな事が判明したよ。
お願いです、そのもふもふのけしからん腹毛で、もっと体当たりプリーズ!
そんな感じでじゃれ合いながら宿泊所に戻った俺は、まずは防具を外して身軽になると、水場で手をしっかりと洗った。
「ベリー、言ってた蜜桃ってのを見つけて来たぞ。一つ食ってみるか?」
料理をする前にあんなに欲しがっていたんだし、少しでも食べさせてやるつもりで庭を見た。
いつもの揺らぎが見え、庭へ出る扉が開いて姿を現したベリーが入ってきた。
「嬉しいです。少し頂いても良いですか?」
「サクラ、今日買った蜜桃、両方の店の分をとりあえず一つずつ出してくれるか」
「了解だよ。ええとこれが最初のお店の分で、これが後からの店の分だよ」
どちらも真っ赤に熟した大きくて綺麗な蜜桃だ。
「これは素晴らしいですね。では頂きます」
大きな口を開けて蜜桃に齧り付いたベリーは、その直後、とても嬉しそうな笑顔になった。
「これは素晴らしいですね。これほどにマナの濃厚な蜜桃は、私も久し振りに食べますよ」
マナ……確か以前、シャムエル様が言っていた全ての命の源だ何だって、あれだな。
うん、全く分からん。
「俺もちょっとだけ試食させて貰ったけど、すっげえ甘かったよ。この後、そっちの蜜桃の店から、大量に届けてもらう予定だからな。しばらくは楽しめると思うぞ」
「ありがとうございます、ケン。蜜桃は、数ある果樹の中でも、特にマナの貯蔵率が高いんです。これだけあれば、私の身体が完全に元に戻るのも近いと思います」
その言葉に、俺は手にしていた蜜桃を置いた。
「あれ? それがベリーの元の姿なんじゃ無いのか?」
今のベリーは、旅に出た最初の頃の青年からもう少し成長(?)して、壮年の男性、四十代か五十代くらいに見える。
ハスフェルと同年代か、少し上くらいのイメージだ。
「いいえ、私の元の姿は、まだもう少し上ですよ。ですが、これだけ蜜桃があれば近いうちに完全にマナの量も元に戻りそうです。ケン、本当にありがとうございます。貴方に会えなかったら、今でも私は子供の姿のままで辺境の地を彷徨い歩いていたでしょう」
改まってそんな事を言われて、俺は困ってしまった。
完全に、ベリーを俺たちの都合で連れ歩いている状態なのに。
「故郷へ連れて行くとか偉そうな事言っておいて、めっちゃ迷走しまくってるけどな」
しかし、ベリーは俺の言葉に笑って首を振った。
「いいえ、どうか私の事は気にせず、貴方は貴方の旅を続けてください。私も、これでも充分過ぎる程に楽しませて貰っていますから」
そんな事を言うベリーの言葉に、俺も笑って頷いた。
「頼りにしてるよ、これからもまだしばらくは旅の仲間だな」
「ええ、かなり魔力も回復しましたから、今なら範囲を指定した繊細な最強の術も自由自在ですよ」
ん? 範囲を指定した繊細な最強の術?
何だか聞き逃すには、非常に不穏なワードだぞ。それ……。
「ええと、それって……どう言う意味か聞いて良い?」
なんだか嫌な予感がして、俺は思わず振り返ってそう聞いた。
「元々、私の持っている術は、どれも最強クラスなので、広範囲の敵を焼き尽くすのには向いているんですが、あまり小さな相手だと加減が非常に難しいんですよ。特に今までは、私の持つマナが減少して体を維持するのにギリギリでしたから、周りを巻き込まないようにしながらそう言った繊細な術を使うのは、正直言って難しかったんです。ですがようやく最近になって、完全な状態に近い回復を感じるようになりました。先日の地下洞窟で、恐竜達を相手に色々と試してみましたところ、ほぼ、最高の状態に近い感じにまで回復している事が確認出来ました。これからは、カラーグラスホッパーの大量発生だろうが、ダークカラーオオサンショウウオの大量発生だろうが、私が一撃で鎮めて差し上げますよ」
にっこり笑ってそんな事を自慢げに言われて、俺は本気で気が遠くなったよ。
あのバッタの大群とか、ハスフェルと出会った時に俺達を追い掛け回した、あの巨大なオオサンショウウオとかを一撃?
一撃ですと?
うわあ、ケンタウロスの魔力ハンパねえ……ってか、俺……ちょっと、今ここで倒れても良い?
冗談抜きで、本気で気が遠くなりそうだったので、俺は笑って全部まとめて明後日の方向に放り投げた。
うん、とりあえずハスフェルとベリーは絶対に敵に回さないようにしようと心に誓ったよ。
「サクラ、とりあえず朝市で買った野菜を整理するから、順番に出してくれるか」
気を変えるようにそう言った俺の言葉に、台所に置かれていた大きな机に飛び乗ったサクラが、順番に野菜をまずは取り出してくれる。
「おお、結構たくさん買っていたんだな。後、空いているお皿とお椀、それからカゴも出してくれるか」
野菜を数えて整理しながら、どれを使うか考える。
「葉物はサラダ用に大きめに千切っておくか。それならサンドイッチ用にも使えるな。じゃあとにかく少しずつでも減らさないとな」
小さく呟いて、俺はとにかく仕込みを開始した。
葉物は水場でガンガン洗って、俺が作った氷を浮かべた水で冷やしてから、水気を切ってお皿に盛り付けていく。
サクラは、俺が渡すサラダをお皿単位で数えながらどんどん飲み込んでいってくれた。
それから、ジャガイモもどきを取り出してもらい、ナイフを使って皮を剥き始めた。
「ご主人、その皮を剥けばいいの?」
サクラとアクアが、興味津々って感じで伸び上がって俺の手元を揃って覗き込んできた。
「そうだよ。それからこんな感じで芽が出ていると毒だからこうやって抉り出すんだ。面倒だろう。でも、皮は美味しく無いからな」
笑って次々と芋の皮を剥いていると、伸び上がったサクラが、せっかく取り出した芋を一気にまとめて飲み込んでしまった。
「おいおい、それは今から皮を剥いてフライドポテトにする分なんだから、返してくれよ」
驚いた俺が、慌ててそう言うと、サクラは何やら突然ブルブルと震え出し、それから次の瞬間、俺の目の前に、綺麗に皮を剥いて芽まで取り除いた芋を次々と吐き出したのだ。
「こんな感じで如何ですか?ご主人」
呆気にとられる俺に向かって、サクラがビヨンと縦に伸びた。
あれはきっと胸を張ったみたいな感じだろう。
「ええと……残りのこれも、全部今みたいに出来るか?」
俺の足元の木箱いっぱいに詰まったジャガイモもどきを指差すと、サクラはするりとその木箱ごと飲み込み、さっきと同じように綺麗に皮を剥き芽を取り除いた芋を木箱に戻して吐き出したのだった。
「サクラ最高! うわあ、ありがとうな。お陰で、料理の仕込がめっちゃ楽になるぞ!」
思わず叫んだ俺が、サクラを思い切り撫でてやると、アクアも机の上に残っていた芋を飲み込んで、あっと言う間に同じように皮を剥いて吐き出してくれた。
「アクアも出来るのか。お前ら本当に最高だな。よし、じゃあこいつをまずは料理するよ」
実は残していた芋は、皮付きのままでジャーマンポテトにするつもりだったんだけど、別に皮を剥いても出来る。
他に何を手伝ってもらえるか考えながら、俺は芋をくし切りにしていった。
「その切り方も覚えたよ。どれをすれば良いの?」
サクラとアクアの言葉に、俺はもう堪えきれずに吹き出した。
スライムアシスタント達、最高であります!