お気に入りの一品とスイーツハンター
「ああ、こっちにいたのか」
赤ワインを飲み終えてスライム達に指示をしながら野菜を切ってもらっていると、軽いノックの音がしてハスフェルが開けたままだった扉から顔を出した。
「いつものキッチンにいないから、どこにいるのかと思ったぞ」
苦笑いしながら、興味津々で厨房へ入ってくる。
「へえ、ここは初めて見るなあ。なかなかに広くて良いじゃあないか」
「おう、さすがに普段の料理くらいならここは広すぎるから使わないんだけどさ。今日は仕込む量も多いし、こっちの方が机も広いから作業がしやすいかと思ってね。それでこっちへ来たんだよ」
「成る程な。そりゃあ確かに、まとめて仕込むならこれくらいの広さは必要だろうな」
感心したようにそう言って、積み上がっていた野菜を見て苦笑いしている。
うん、肉も食って良いけどお前らは野菜も食え。
「何だよ。人が力仕事で働いているってのに、赤ワインなんか飲んで」
空になったグラスが置いてあるのに気づいたハスフェルが、そう言ってわざとらしく口を尖らせる。
「違うって。これは肉を焼く時に使うソースを作っていたんだよ。ちょっと多かったから減らしたの!」
「ほう、飲むための大義名分な訳か」
「そうだよ。大義名分は必要だろうが」
顔を見あわせて二人同時に吹き出す。
「ご主人、出来たよ〜〜〜!」
その時、タイミング良くお願いしていた時間経過が終わったらしく、ガンマとイプシロンがそれぞれ赤ワインの瓶を取り出して机の上に並べてくれた。
「ん? 何をしたんだ?」
不思議そうにハスフェルが蓋を開けたままの赤ワインの瓶を手に取る。
「何だ? 中に何か入っているなあ」
瓶を透かして眺めてから不思議そうにそう言って俺を振り返る。
「おう、そっちがすりおろした玉ねぎにハチミツと黒胡椒と岩塩が入ってる。そっちはすりおろしたニンニクにハチミツと黒胡椒と岩塩だよ。肉につけて焼くとこれが美味いんだよ」
「何だそれは。聞いただけで美味そうだな」
笑ったハスフェルが嬉しそうにそう言った直後、瓶のラベルを見て何やら言いたげに俺を見る。
「ああ、そうそう。今ハスフェルが持っているその赤ワイン、めっちゃ美味しかったから銘柄を教えてくれよ。俺のお気に入り認定しておくからさ」
「お前、もしかして……知らずに使ったのか?」
「へ? 何が?」
「いや、これは北方森林に近いルーステラの街の有名なワイナリーで作られている赤ワインなんだよ」
「ええ、預かってる赤ワインって、料理に使って良いって聞いていたから適当に使ったんだけど、もしかして高級品だった?」
ワインって高いのはとんでもない値段がつくのもあったりするから、もしかしてそれだったらどうしよう……。
割と本気でビビりながらそう尋ねたんだけど、ハスフェルはいきなり笑い出した。
「知らずにこれを使うとはなかなかに目が高い。言ったように有名なワイナリーのワインなんだが、これ自体はその中ではそんな高級品って訳じゃあない。どちらかというと低価格の一品だよ」
「あはは、そうなんだ。それなら良かった。超高級品だったりしたらどうしようかと思ったよ」
すると、またハスフェルが何か言いたげに俺を見る。
「何?」
「いや、このワイナリーの中では低価格だが、他のワインに比べるとまあ……それなりの値段だよ」
笑いながらそう言われて、ちょっと気が遠くなった。意外に高級品だった模様……。
「ええ、マジかよ。でも美味しかったから良い。せっかくあまりある予算があるんだから、美味しいものを食べたり飲んだりしたい! って事で出来ればまとめて買いたいから、どこで売ってるか教えてくれるか?」
この際、予算は潤沢にあるんだから気に入ったワインくらい好きに飲みたい。半ば開き直ってそう考えたら、笑ったハスフェルがもう一本同じのを出してくれた。
「残念ながらこれは季節限定品だから、今はもう売っていないよ。また秋には新酒が発売されるから、今度はお前さんの分も入れて多めに買ってやるよ」
おう、まさかの季節限定品だった。
「あはは、じゃあその時には是非ともよろしくお願いするよ。何なら協賛するからしっかり仕入れてくれよな」
苦笑いしながらそう言うと、にんまりと笑ったハスフェルはもう一本同じラベルのちょっと違うワインを取り出した。
「心配しなくてもここのワイナリーのワインなら俺もギイも大量に持っているよ。欲しい時は遠慮なく言ってくれ。じゃあとりあえず何本か渡しておくから、好きに飲むといい」
「何だよ。あるんならもったいつけるなって!」
そう言ってハスフェルの腕を突っついた俺は、とりあえず三本出してもらったお気に入りの赤ワインを自分で収納したのだった。
よし、これは自分用に置いておこう。料理しながら赤ワインを飲むってのもなかなか良いもんな。
「ところで、あとは何があるといい? とりあえず、肉と野菜、それからデザートには果物を色々冷やしてあるんだけどなあ」
まあ焼き菓子の作り置きも少しはあるから、それを出しても良いんだけどな。
「それなら、買ったまま食べていないデコレーションケーキを切ればいい。いくつかあるから人数が増えても大丈夫だろう。あいつらも甘いものは好きだから喜ぶんじゃあないか?」
「ああ、シャムエル様用にって買ってきたアレ?」
確かに、買ってきたまま食べるタイミングを逸している。一つだけじゃあなくて幾つもあるのなら、無理やり小さく切り分ける必要も無さそうだ。
『ああ、良いね良いね! 是非ともそれでお願いします!』
唐突に頭の中に聞こえた嬉しそうなシャムエル様の声に、俺とハスフェルは堪える間も無く吹き出したのだった。
「い、今は祭壇の前で参拝者の相手をしている時間のはずなのに……ケーキと言った途端のこの反応の速さ。さすがはスイーツハンター。甘いものは見逃しませんってか?」
笑いながらの俺の言葉に、ハスフェルも笑いながら何度も頷いていたよ。
いやあ、甘いもの好きもここまで徹底すればいっそ見事だよね。