もう一つの提案
「それじゃあ、明日を楽しみにしているよ」
「はあい、お待ちしていますね」
台車や木箱を抱えて笑顔で帰って行く職人さん達を見送り、一息ついた俺はギルドマスター達を振り返った。
「ええと、ヴァイトンさん。実はもう一つ提案があるんですけどちょっと良いですか?」
「おう、どうした?」
ここは商人ギルドのヴァイトンさんに話を通すのが多分一番早そうだ。そう思って話しかけると、驚いたみたいにヴァイトンさんが俺に向き直ってくれる。
「ええと、お聞き及びかもしれませんが、ハンプールの街で収穫祭の時にお試しでやってみたスライムトランポリンが、予想以上の大人気だったんですよ。それで、それをここでも出来ないかと思いましてね」
「おお、スライムトランポリン!」
「そうそう、ここでメタルブルーユリシスの翅の引き渡しをしている時に、その話を聞いたよな」
「一度やって見せてくれって話になったまま、なんとなく忘れてたなあ」
ギルドマスター達はここへ来てすぐの頃にちょっと話したそれを覚えていたみたいで、俺がスライムトランポリンの名前を出すと、ものすごい勢いで食いついてきた。
「あはは、そうなんですよね。俺もすっかり忘れていたんですけど、せっかくのお祭りだし、そろそろ後半でしょう? だから、スライムトランポリンが出来る場所さえあれば、うちのスライム達を出しますよ。あれならバイゼンの街の皆にも、きっと楽しんでもらえるんじゃあないかと思ったんですよね。まあ、寒いとは思いますけど」
「ふむ、確かに聞いてはいたが、いまいちどんな風なのかがよく分からんなあ」
「大人気だったという噂は聞いたが、実際どんな風なんだ?」
ガンスさんとエーベルバッハさんが、そう言いながら二人して考え込むみたいに腕を組んでいる。
「ええと……アクア、ちょっと出てきてくれるか」
足元に置いていた鞄に向かって話しかけると、アクアが跳ね飛んで出てきてくれる。
「ここは室内なんであまり大きくは出来ませんけどね」
そう言って、アクアには目の前で直径1メートルくらいになってもらう。
「おお、テイムした従魔は大きさを任意で変えられるのは知っているが、スライムでもそんなに大きくなれるんだなあ」
まあ、確かに普段のスライム達って大きくてもバスケットボールサイズだから、いきなりこんなに大きくなったスライムを見るのは、ギルドマスター達も初めてみたいだ。
まあ、地脈の衰えと共に魔獣使いは激減していたらしいから、仲間にテイマーや魔獣使いがいなければあまり目にする機会もなかったのかもね。
「じゃあ、ここは小柄な草原エルフに見本をやってもらいましょう」
俺が笑ってそう言うと、その瞬間にアーケル君とオリゴー君とカルン君の三人が同時に手を挙げ、遅れてリナさんとアルデアさんまでが揃って手を挙げている。
「いや、お前は自分のスライムで出来るんだから、ここは俺達に譲るところだろうが!」
「そうだよ。母さん達も!」
割と真顔の二人の抗議に、アーケル君とリナさん夫婦の参加は却下されたよ。
「ええと、この大きさなら一人か二人乗り用ですね。もっと大きなのも出来るんですけど、さすがにここではちょっと無理ですから出しませんけど」
ここは広いとはいっても普通の建物の中にある部屋だから、あまり大きなスライムは危ない。跳ね飛んで天井にぶち当たったら冗談では済まないもんな。
俺の説明にギルドマスター達は苦笑いしつつ頷いている。
いそいそとアクアに飛び乗るオリゴー君とカルン君。
「じゃあ、危ないから少しだけね〜〜」
アクアの緊張感ゼロの声と共に、二人の小さな体がポヨンポヨンと上下し始める。
「うわあ、何これ! めちゃ気持ちいい!」
「なあ、これさっきのお城の庭で思いっきりやりたい!」
「ケンさん、お願いします! やっぱり庭でもやりましょうよ!」
「寒くても我慢しますから〜〜〜!」
ご機嫌で上下しながら、二人がそう言いながら大喜びしている。
実は今朝、お城の庭でスライム達が新技で庭の雪を踏み固めてくれたんだけど、その直後にものすごく強くて冷たい風が庭を吹き抜けて行って、思わず全員揃って震え上がった後に無言になったんだよ。
完全に太陽は昇ってはいるんだけど、まだ水平に近い位置。昼間の時間にくらべると気温もかなり低めだ。
この時期、スライムトランポリンを野外でするのは、どう考えても寒すぎる。
スライム達は平気みたいだけど、生身の体の俺達の方が寒さに震え上がったんだよ。
「ああ、確かに今なら太陽も上がっているし、朝ほどは寒くないだろうからな」
笑った俺の言葉に、ギルドマスター達が目を輝かせる。
「それなら、今から俺達も押しかけさせていただいても構わないか? それで実際に体験してみて大丈夫そうなら、雪像広場とは別の場所で、一度お試しって事で小規模でやってみてもいいかもな」
「ああ、いいですよ。じゃあもうここでの用事はすみましたからこのまま戻りましょう。それで庭で実際にスライムトランポリンを体験していただきましょう」
笑った俺の提案に、ギルドマスター達が早速馬の準備をスタッフさん達に頼んでいる。
って事で、馬の準備が出来たところで俺達も一緒に外へ出て、ギルドの厩舎に預けていたマックス達を引き取ってそのままお城へ戻ることにした。
「なんだか無駄に街とお城を往復させちゃったな」
俺は自分の用事があったから街へ行くのは当然だったけど、よく考えたらリナさん一家やランドルさんは完全に無駄足だよな。
「新雪の中を従魔達と一緒に思い切り走るのはすっごく楽しいんですよ。特に、お城からアッカー城壁までのあの広い庭を雪かきしながら走るのを毎回楽しみにしているんですから、そんな事気にしないでください」
なんだか申し訳なくなってそう言ったんだけど、リナさんに笑いながらそう言われてしまった。
「あはは、そう言ってもらえたら気が楽になりますよ。お付き合いいただきありがとうございます」
なんだか照れ臭くなって少しふざけてそう言うと、リナさんだけでなく他の皆も笑いながら何度も頷いてくれた。
「良き仲間達だね」
いつの間にか現れたシャムエル様の小さな声に、俺も笑顔で何度も頷いたのだった。