試着開始!
「じゃあ、まずは胸当てからだな」
しかし、そう言って取り出されたそれは何故かどう見ても普通の薄い牛革製で、さらにそのうちの一部は妙に固そうなゴワゴワした分厚い布で作られている。しかもよく見るとあちこちに文字や謎の印の書き込みのようなものがあるし、胸当ての縁の辺りには、何故か赤いインクのようなもので太い何本もの線が引かれている。
これはどう見ても試作品か、それ以前の状態だ。
「ええと、これって……」
渡されたそれを手に取ったままの俺が戸惑うようにそう言って振り返ると、防具製作担当のギュンターさんとディートヘルムさんが苦笑いしながら進み出てきた。
「まあ、言いたい事は分かる。当然だがこれは試作品で、お前さんの体に合うかどうかを確認する為のものだよ。実際の防具は、最後の組み立て前の状態で止まっているから、これで問題なければそのまま仕上げるし、どこかに問題があればすぐに対応する事になってるんだよ」
「あはは、ですよねえ。ちょっとびっくりしました」
誤魔化すように笑いながらも正直に言うと、二人だけでなくフュンフさんをはじめ他の職人さん達も揃って苦笑いしていた。
「そうか、もしかしてお前さん、自分専用の防具を一から注文するのは初めてか?」
笑顔のエーベルバッハさんの言葉に、俺も笑って頷く。
「もちろんそうですよ。ええと、今使っている武器や防具は、とある方からの頂き物なんです。まあ、ナイフや予備の武器なんかは、自分で買ったりもしましたけどね。全て既製品です」
「成る程、初めてなら知らなくて当然だな。じゃあ、まずは今着ている防具をすまんが全部脱いで、ここに立ってくれるか」
エーベルバッハさんの言葉に頷き、剣帯を外して剣ごと収納してから手早く防具を全部脱いで行く。
サクッと自分で収納してから言われた場所に立った。
「ええと、これでいいですか?」
「ああ、それでいい。じゃあすまないが、ちょっとじっとしていてくれよな」
ギュンターさんとディートヘルムさんが、さっきの試作品の胸当てを持ってきて、金具を外して前後に分割する。
成る程、この辺りは俺が今使っている胸当てと同じ仕様なわけか。
密かに感心して見ていると、二人がかりで俺に試作品の胸当てを当ててまずはそのまま装着させてくれた。
「どうだ? 窮屈なところや痛いところがあれば言ってくれ」
真顔の二人の言葉に頷き、軽く腕や肩を回したりその場で飛び跳ねたりしてみる。
「ええと、痛いってほどでは無いんですが、ちょっと全体に窮屈な感じがしますね。まあこれは、今が冬で厚着しているってのもあると思いますけど」
肩周りには問題ないけど、若干全体的に窮屈な気がしたので正直に申告する。
「おう、じゃあ一度脱がせるぞ」
そう言って手早く胸当てを外してくれた二人は、その場でいくつかのベルトの調整を始めた。
「じゃあもう一度な」
そう言われて、もう一度着せてもらう。
「ああ、さっきと全然違いますね。これなら大丈夫です」
思いっきり肩や腕を動かしてから、さっきとの違いに笑顔になる。
「じゃあ、まず胸当てはこれでいいな。春から夏の薄着になった時に腹回りのあたりが緩いようなら、ここのベルトを、胸周りが緩いようならこっちのベルトを、それぞれ少しだけ絞めて貰えば微調整が出来るから覚えておいてくれ。一応、少しくらいなら太ってもここで対応出来るからな」
笑いながらそう言われて、言われたベルトを確認していた俺は、二人と顔を見合わせて揃って吹き出した。
「あはは、お気遣い感謝します。だけど自分の体の管理くらいは出来ますって」
顔の前で手を振りながらそう言うと、何故かハスフェル達にまで笑われたよ。
次に取り出されたのは脛当てと籠手。
これは完成品で、本体部分は金属製で、内側と縁の部分が柔らかな革製になっている。どちらも今使っているのよりも全体に少し大きめで、なんとなく安心感があるよ。
こちらは全く問題無しで、そのまま採用になった。
それから、ヘルメット状のシンプルな兜と、もう一つ、首の後ろまで覆う仕様になった兜も出されて試着してみたよ。
首まで覆う仕様のものは、前側部分も鼻筋に沿って覆ってくれるデザインになっていて、だけど案外視野は広く保たれている。これなら戦っていても充分視野があるので大丈夫だよ。
これもどちらも問題無しで、そのまま採用になった。
何と言うか、特に大きい方の首や鼻筋まで守ってくれる兜は、身に付けた時の安心感がハンパない。
よし、地下洞窟や危険地帯へ行く時にはこっちを使う事にしよう!
そのまま引き渡された胸当て以外の防具の数々を見て、満面の笑みになる俺だったよ。