ヘラクレスオオカブトの剣
「うわあ、ついにヘラクレスオオカブトの剣とご対面だよ。一つ目標達成だな」
エーベルバッハさん達のあとについて、マックスの手綱を持ってゆっくりと歩いていた俺は、ちょっと感動して思わずそう呟かずにはいられなかったよ。
何しろこの世界へ来てまだ何にも分からなかった頃に、偶然遭遇して手に入れたヘラクレスオオカブトの角。
これで強力な武器が作れるんだと聞き、工房都市のバイゼンへ行ってそれを作ってもらうを当面の目標にしたんだよな。
あれから本当に色んな事があって、目的地は迷走しまくったけど、なんとか目的地にしていたバイゼンへ冬を前に到着出来て、そこでようやくヘラクレスオオカブトの剣を注文出来たんだよ。
まあ、お願いしたのは最初に手に入れたのとは違う素材になったけどね。あの最初のヘラクレスオオカブトの角は、折角なので記念に取っておく事にしたんだよな。
しみじみと今までの事を思い出しつつゆっくりと歩いていると、気付けばドワーフギルドの建物に到着していた。
「あれ。フュンフさんの工房へ行くんじゃあないんですね」
てっきり、フュンフさんの自宅兼工房へ行くのだとばかり思っていたけど、到着したのはドワーフギルドだった。
「おう、昨夜フュンフが仕上がったヘラクレスオオカブトの剣を持って来てくれてな。ちょうど他の職人達も防具の試着をしてもらいたいって話をしに来ていたから、それで今日ケンさんにまとめて連絡する予定だったんだよ」
「あはは、本当にめっちゃナイスタイミングだったんですね」
笑った俺の言葉にエーベルバッハさんも一緒になって笑っていた。
ギルドの厩舎にマックス達を預けてから、俺達は揃って建物の中へ入った。
「ああ、ケンさん! いらっしゃい! お待ちしていましたよ!」
通された部屋には、フュンフさんをはじめとした俺の別注を受けてくれた職人さん達が揃っていて、何やら楽しそうに話をしていたところだった。
部屋に入って来た俺を見て、フュンフさんがこれ以上ないくらいの笑顔で立ち上がる。
「あの、仕上がったって伺ったんですが……」
何と言ったら良いのか分からなくて思わずそう言って言葉に詰まる。すると、満面の笑みで大きく頷いたフュンフさんは、椅子の横に置いてあったワゴンから大きくて細長い包みを取り出した。
「うわあ、もしかして……それが、そうなんですね!」
この状況で取り出されたそれが何かなんて、考えるまでもない。
笑顔で大きく頷いたフュンフさんは、その包みを机の上へそっと置いた。
「どうぞ手にとってご覧ください。剣匠の名に恥じぬ最高の仕事をさせてもらいましたよ。終わるのが惜しいと思った仕事は初めてでしたね」
「は、はい。では……拝見させていただきます」
そう言って緊張のあまりごくりと唾を飲み込んだ俺は、小さく一つ深呼吸をしてから机の上に置かれた包みに手を伸ばした。
包みの上下には紐があって本体部分に巻き付けて緩く結んであるのでそれをまずは解き、それから巻き付けるようにして包んでいる柔らかな麻布をゆっくりと広げていく。
「うわあ……すっげえ」
包みの中から現れた一振りの剣に、もう、そうとしか言えない。
「鞘と剣帯は俺が担当させてもらった。いやあ、これも素晴らしい仕事をさせてもらったよ」
笑顔でそう言ってくれたのは、武器職人だけど革細工を主に担当しているって言ってたアンゼルムさん。
現れたそれは、やや濃いめの飴茶色をした鞘に収まった少し細身の両手剣だ。今使っている剣と同じで、これも片手でも両手でも扱える仕様になっている。
鞘と剣帯は同じ色の皮で作られているんだけど、鞘の口の部分と先端の部分、それから中央の部分にも細長く金属が当てられていて、これら全てにびっしりと細やかで見事な蔓草模様が刻印されていた。剣帯の金具部分にも、同じく細やかな細工が施されていて全体にややアンティーク調の銀色になっている。
柄の部分はやや明るめの銀色で、全体に艶消しの加工がなされている。ガードと呼ばれる握る手を守る十字の横の部分は、今持っている剣よりもやや分厚くて厳つい感じだが、よく見るとここも全体に細かな細工が施されていて蔓草模様がびっしりと巻き付いている。
「抜いてみても良いですか?」
やや上擦った声でそう言うと、フュンフさんだけでなく職人さん達全員が揃って大きく頷いた。
大きく息を吸った俺は、柄の部分を右手で握ってゆっくりと鞘から剣を引き抜いた。
握った柄の部分は、まるで吸い付くかのように俺の手にしっくりと馴染んでいる。
「うわあ……すっげえ……」
もう、自分の語彙力の無さに涙が出そうだけど、これを表せる言葉を俺は知らない。
やや黒光のする細身だが両刃の部分は、部屋のランプの光を受けて怖いくらいに輝いている。よく見ると刃の部分には日本刀みたいにうっすらと波紋が見える。
どれくらいの切れ味なんだろう。もう、持っているだけで感動で体が震える。
俺は言葉も無く、ただただ感動に打ち震えながら自分が手にしたその剣を見つめていた。
ハスフェル達もリナさん一家も、そしてランドルさんも、全員が俺と同じように言葉も無く目の前に現れた黒光りするその剣を見つめていたのだった。