冒険者ギルド
肩を叩かれて驚いて振り返ると、そこにはさっき街道で会った冒険者達が立っていた。
「ああ驚いた。ええと、さっきの方ですよね? あの、俺に何か用ですか?」
とりあえず、下手に出て相手の反応を見る。
頼むから、いきなり襲って来るのとかはやめてくれよな。正直言って、モンスターならいざ知らず、武器を持った人間と戦うのは、マジでやりたくないよ。
密かに警戒して見ていると、さっき話したあの男が口を開いた。
「突然だけど、なあお前さん、魔獣使いとして冒険者ギルドに加入する気はないか?」
あれ? これってまさかの冒険者ギルドへのスカウトか?
驚いて咄嗟に返事出来ない俺に、その男は照れたように笑って右手を差し出した。
「俺はヘクター。レスタムの街、つまりこの街の冒険者ギルドに所属してる上位冒険者だ。もしもお前さんがレスタムのギルドに加入する気があるなら、紹介してやるよ」
ちょっと迷ったが、俺はヘクターの手を握り返した。
「ケンだよ、よろしく」
この人達が信用出来るかどうかはさておき、きちんと挨拶されたら俺だってきちんと返すよ。挨拶は社会人の常識だからね……ここではどうか知らないけど。
「その前に、質問だ。俺をギルドに紹介してあんたに何の得があるんだ? 初対面だろ?」
警戒心を隠さずに、正面からそう聞いてやる。
失礼かとも思ったが、相手がどんな人なのかも分からないんだから、これくらいの警戒は当然だろう。
「いや、俺もそれなりに長い間、冒険者としてやって来たから分かるんだけどな。それだけの強さのデカい魔獣を、しかも複数テイムしている魔獣使いなんて俺は初めて見た。間違い無く分かる。お前さんは只者じゃないってな」
ヘクターは、そう言って笑って肩を竦めた。
「だからさ。もうそれだけで俺達が、お前さんとお近付きになりたい理由になると思うがね」
成る程、正直な人だね。
「それに、腕のいい奴ならギルドはいつでも大歓迎だよ。ギルドに加入すれば、ギルドの裏書きのついた身分証が発行されるから、街への出入りも自由だしな」
「確かに、出入りする度に金がかかるのはやめて欲しい」
そう言って、さっき入って来た城門を見る。
巨大な石造りの城壁に囲まれたこの街、複数の兵隊が守っている大きな扉の付いた城門。
明らかに、出入りする者達を警戒しているのが分かって、俺は小さくため息を吐いた。
一方のヘクターは、俺を見て何やら考えている。
「影切り山脈の麓の樹海から来たって事は、まずこの世界の事を何も知らないって事だろうからな。よし、ここで恩を売っておけば、何か見返りがあるかもな。よし!」
ぶつぶつ隣で言ってる声がまる聞こえで、もう笑っちまったよ。
「ヘクター、あんたの心の声、ダダ漏れだぞ」
からかうように言ってやると、独り言を呟いてた自覚が無いのか、驚いたように俺を見るので、もう一度俺は吹き出した。周りでは、他の奴らも吹き出し笑ってる。
うん、根拠は無いけど、彼らを信用してみる事にする。
俺の勘って、実は結構当たるんだよね。
「まあ良いや。せっかくの機会だから、俺に恩を売ろうってその作戦に、有り難く乗っからせてもらうよ。とりあえず、その冒険者ギルドへ案内してくれるか? でも、俺に恩を売ったところで、あんたに何か見返りがあるとは思えないけどなぁ」
苦笑いする俺の答えに、ヘクターは笑って頷いた。
「それはどうかな? じゃあこっちだ。まずはギルドに登録しないとな」
歩き出す彼らの後に、俺も歩いてついて行く。
マックスとニニは、俺の左右にぴったりと張り付くみたいにしてついて来る。大丈夫だとは思うけど、もし何かあったらよろしくな。
ヘクターは、広い道を通り最初に見えた広場を通り抜けて迷う事なく別の道に入って行く。
後ろをついて行く俺は、周りを見回して密かに感心していた。
見かけは中世ヨーロッパの街並みそのままって感じだが、案外、文化水準はもう少し高いのかも知れない。
道は全て綺麗に整えられた石畳みだし、何と、道路横には街灯らしき物があちこちにあるのだ。
広場の周りには屋台らしき店や、道沿いに商店らしき店も見える。
途中、見覚えのある金属製の道具が普通に売られていて、思わず立ち止まった。
俺が持ってるみたいな、携帯式の鍋やコンロが売っていたのだ。
「いらっしゃいませ。それはドワーフの工房都市バイゼンから届いた品だよ」
店主らしき人が、嬉しそうに話しかけて来たが、後ろにいるマックスとニニに気付いて思いっきりビビってる。店主のおじさんの顔が引きつってる。
「へえ、工房都市ね。そんなのがあるんだ」
おお、ドワーフっているんだ。ちょっと会ってみたいかも。
店主の見ている前で、俺は携帯コンロを手にとってみた。
実は、携帯コンロがもう一つ欲しかったんだよね。
「何だ。コンロが欲しいのか?」
ヘクターが話し掛けてきたので、俺は顔を上げた。
「これって、燃料はジェムなんだよな?」
「当たり前だろ? それ以外に何を使うんだよ」
呆れたようにそう言われて、俺はちょっと笑っちまった。どうやら、この世界では油で火をつけるって概念が無いらしい。
「それは、今なら銅貨七枚ですよ。いかがですか?」
それが高いのか安いのか判断がつかなくて困っていると、ヘクターが店主と話し始めた。
「安いな。って事はジェムはついてないんだな?」
その言葉に納得した。成る程、安いと燃料は別売りな訳だ。
「なあ、ジェムって買ったら幾らぐらいするんだ?」
小さな声でヘクターに聞くと、驚いたように顔を見られた。
「自力で確保してたから、実は店で買った事が無いんだよ」
誤魔化すようにそう言うと、勝手に納得してくれた。
「このコンロに入れるなら、最低でも銀貨一枚ぐらいはするのを入れないとな。だいたいこれぐらいのやつだよ」
そう言って、小指の爪を見せてくれた。
「成る程ね。でもそれって、スライムのジェムぐらいだよな」
ってか、スライムのジェムとグリーンコブラのジェムはかなりあるんだよな。
「まあそうだな、だけどスライムのジェムはすぐ無くなるぞ。もう少し大きなのを入れた方が良い」
ヘクターの説明を聞いて、俺はコンロを一つ買うことにした。
手が空いたら、ジェムモンスター狩りに行ってこよう。
そんなことを考えながら、金を払って受け取ったコンロを鞄に放り込んで、店主の嬉しそうな挨拶に手を振って俺達はまた歩き出した。
「あの、石造りの建物が冒険者ギルドの建物だよ。入るぞ。あ、従魔も一緒でいいからな」
ヘクターに続いて、俺はギルドの建物の扉をくぐった。
ギルドの中は、銀行みたいな作りになっていた。部屋の左側半分は、机と椅子がいくつも置いてあり、半分以上は冒険者らしき人達が何人も座っている。
銀行のカウンターみたいな受付コーナーには、こちらも冒険者が数人ずつ並んでいる。
しかし、俺が部屋に入った瞬間物凄いどよめきが起こり、部屋にいたほとんどの冒険者達が全員立ち上がったのだ。ほぼ全員、真顔で武器を抜いてこっちに向かって構える。
お願いだからやめて! マジで怖いって!
思わずビビってマックスの首に縋り付く。
その瞬間、またさっきとは違うどよめきが起こった。
「まさか、魔獣使いか?」
「いや、だけどあんな魔獣をテイム出来る奴なんている訳無いだろう」
「だけど……」
「……抱きついてるな」
妙に感心したような呟きが聞こえて、俺は今度はニニに抱きついた。
ああ、この首元のもふもふ……何度触っても癒される……。もふもふに顔を埋めて、思わず現実逃避しているとヘクターの声が聞こえた。
「大丈夫だ。信じられないかもしれないが、これは全部この男の従魔なんだよ」
その説明に、またどよめきが起こり、何人もの冒険者が明らかに不審そうに側に来て俺を覗き込んだ。手には抜き身の剣を持ったままの奴もいるし。怖いって!
「あの、本当にこいつらは俺の従魔なんです! だから武器を構えるのはやめてください!」
叫ぶ俺の声に、またしてもどよめきが起こる。
……もうやだ、帰りたい。
えっと、何処へって?
うん……自分で言って傷ついたよ。そうだった。あっちでは、俺、もう死んだんだった。シクシク。
半泣きになる俺を見て、ヘクターが苦笑いしている。
彼が手を振って、まだ周りにいた武器を構えてた冒険者達を追い払ってくれた。
さっき上位冒険者だって言ってたけど、どうやら彼はここでは顔が知られてるみたいだった。
お前が言うなら信用する。なんて言葉があちこちから聞こえてきて、俺は密かにこの出会いに感謝したね。
ニニの首に抱きついたまま、俺は改めて広い部屋を見渡した。
もう武器を構えてる奴はいない。
良かった、何とか受け入れてもらえたみたいだ。
ホッとして、俺はもう一度、抱きついたニニの首筋に顔を埋めた。
ああ、癒される……。
うん、このもふもふ達が側にいてくれれば、ここでも何とかやっていけそうだよ、俺。