ジェムの大量買い取り再び
「全く。背骨が折れたらどうしてくれるんだ」
俺達の後ろをついてきたハスフェルの笑いながらの文句に、ディアマントさんも満面の笑みで振り返った。
「お前の背骨がそんな華奢だとは知らなかったよ。それじゃあ、いつ攻撃されても大丈夫なように、全身鎧でも装着すれば?」
「あんな全身拘束の拷問みたいな装備、金をもらってもごめんだな」
「あはは、気があうね。私も絶対嫌だな」
笑ったディアマントさんにもう一度叩かれそうになったハスフェルは、何と俺の後ろに隠れやがった。
「こら、お前と俺の大きさを考えろよ。どう見ても、全く隠れられてないから!」
笑いながら俺を盾にするハスフェルの額を思い切り弾いてやると、これまた無言で撃沈した。
あ、こいつ実はこう言うちょっとした攻撃に弱い系か?
「この野郎、やりやがったな!」
不意に復活したハスフェルが、笑いながら覆いかぶさってきたので、俺はディアマントさんの後ろに隠れた。うん、これが正しい隠れ方だよな。
若干、男としての矜持が崩れ落ちる音が聞こえたが、どう考えてもここが一番の安全地帯だよ。
「いい歳した男どもが何を戯れてるんだよ。ほら、とっとと入りな」
まるで埃を払うみたいに、手で俺達は部屋の中に追い込まれた。
「で、今日は何を売ってくれるんだい?」
「レッドリトルリザードだよ」
ハスフェルがそう言い、俺達を見る。
「おお、良いじゃないか。喜んで買うよ、幾つあるんだい?」
「あのその前に、この辺りのジェムってどうなんですか? 足りていますか?」
「まあ、ブラウングラスホッパーを相当売ってもらったからね。希望としては、ゴールドバタフライがあれば嬉しいね」
「ええと、幼虫と成虫と有りますけど、あ、それから……」
「羽があるのか?」
真顔で言われて、俺は何度も頷く。
「まあ他にも売り惜しみと言いますか、何となく手元に残してるジェムが相当あるので、必要ならお売りしますけど」
「ゴールドバタフライの幼虫も成虫もある?」
「あと、昆虫だったらピルバグとか、ブラウンキラーマンティスとかですかね」
その時の俺は、呆気にとられて俺を見ているクーヘンに気付かず、顔を寄せてきたディアマントさんと額を突き合わすようにして売るジェムについて相談していた。
「数があるなら、そうだな……ゴールドバタフライの幼虫のジェムは、百個。成虫のジェムは五十出来たら売ってもらいたい。もちろん羽も」
「ピルバグはどうしますか?」
「ピルバグか。数があるなら百個貰おう。ブラウンキラーマンティスは五十、鎌もあるなら五十組貰おう。他には?」
「ええと、そこそこ数があるなら、ブラウンロックトードとブラウンビッグラット辺りですかね」
「ならそれも百ずつ貰おう。良いか?」
「分かりました。ええと、ちょっと待ってくださいね」
鞄に入れたアクアに頼んで、順番に取り出していく。
奥からトレーを抱えた手伝いの鑑定士の爺さん達が何人も出て来て、俺が出したジェムをどんどん数えて預かり表に控えていく。数え終わったジェムは種類ごとに分けて奥へ持っていく。
「待ってくれたら、現金をすぐに用意するが、構わないか?」
「あ、それなら俺は明日でも構わないんで、こっちのをすぐに買い取りしてやってください」
ずっと隣で座って呆然と俺がする事を見ていたクーヘンが、俺の言葉に慌てたように前を向いた。
「あの、私は数はありますが一種類だけです! この人と一緒にしてはいけません!」
必死で首を振るクーヘンを見て、何だか複雑な気分になったぞ。
余ってる手持ちのジェムを売っただけなんだから、別におかしくない……よな?
「レッドリトルリザードのジェムです。四百と九十個買い取りをお願いします。あの、お幾らになりますでしょうか?」
真剣なクーヘンの言葉に、取り出した見本のジェムを見たディアマントさんは、一言断って奥の爺さん達の所へ行った。
何やら相談する声が聞こえる。
「私は、皆様のように収納の能力なんてありません。ですから、自分用の分を残したら後は売れるだけ売って資金に変えます。それに、おかげ様でギルドカードを持てましたので、これでギルドに自分の口座が作れるようになりました。買い取り金は、少しだけ現金でもらって残りは口座に入金してもらいます」
嬉しそうなクーヘンの言葉を聞いて、アクアに、クーヘンの分のジェムを取り出してもらっていた俺は顔を上げた。
「口座? なんだよそれ。また知らない言葉が出て来たぞ」
俺の呟きを聞いたハスフェルが、俺の右肩に座っているシャムエル様を思い切りジト目で見る。
ハスフェル、男前が台無しだぞ。その顔。
「全く、説明を省略するにも程があるだろうが」
大きなため息を吐いたハスフェルは、顔を上げて、まだ奥で相談しているディアマントさんを見ながら教えてくれた。
「あのな、ギルドカードを持っていれば、ギルドに、今クーヘンが言ったように自分の口座が作れる。口座とは、要するにギルドに金を預けて持っていてもらう仕組みさ。例えば今日の買い取り金額が金貨千枚だとしよう。普通は収納の能力なんて持っていないから、自分の荷物は全て自分で管理しなくちゃならない。金貨千枚。ずっと持ち歩きたいか?」
「うわあ、無用心の極みだろ、それ。まあ、嫌だな」
「だろう?だけど、高額のジェムの買い取りなんかがあったりすると、それなりの金額になる事だってある。となると、お金を何処かに隠さなくちゃならない。だけど、それだと留守中に泥棒に入られる事だってあるかもしれない。だから、ギルドに預けて持っていてもらうんだ。その代わりに必要な時には、いつでもギルドに来れば引き出せる仕組みなんだよ。また大きな金額の買い物をする時などには、ギルドを介して購入すれば、自分の口座からその相手にギルドから金が支払われるって仕組みさ。分かったか?」
「ちなみに一つ質問だけど、預かった金は、ギルドはどうしているんだ? 金庫に山積みにしてるのか?」
恐らく見当はついているが、一応知らんふりで質問する。
「商人ギルドと組んで、金が必要な人に貸し出している。もちろん、借りる際には利息と呼ばれる手間賃みたいなものが掛かるけどな。それが各ギルドの収入になる」
予想通りの説明に納得した。
要するに銀行だな。各街に支店のあるギルドなら、確かに金融業も出来るだろう。
「それなら俺も口座を作ってもらおうかな」
各地を移動する事を考えながらそう言うと、ハスフェルは苦笑いして俺を見た。
「まあ、それは自分で考えてくれ。口座を作るんなら、言って手続きして貰えば良い」
俺はクーヘンと顔を見合わせて頷き合った。
よし、せっかくだから、俺もその口座ってのを作ってもらう事にしよう。




