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自称大ファンと本物の英雄?

「本物の早駆け祭りの英雄のケンさんですよね。ぼく、実は貴方の大ファンなんです。どうか握手をしていただけませんか!」

 俺のすぐ目の前にやってきたイケメン俳優さんは、まるで大好物のスイーツを目の前にした時のシャムエル様みたいにキラッキラに目を輝かせながら、これ以上ないくらいの満面の笑みでそう言って右手を差し出してきたのだ。

 そして何故か、あたりに響き渡る女性陣の黄色い歓声……。

「は、はあ。ありがとうございます。あの、舞台とっても素敵でした」

 半ば無意識で差し出された手を握り返しながら、若干棒読みに感想を伝える。

 もうちょっと良い感想を言えよ。と、内心で自分にツッコミを入れる。だけどそんな急に良い言葉なんて出て来ないよ。

 ううん、我ながら語彙力の無さに涙が出そうだ。

「いやあ、今日見に来てくださるとは思っていなかったので、気がついた時にはすっごく緊張しましたよ。本物の英雄に私の舞台を見ていただけたなんて。もう皆に自慢しますよ!」

 握った手をブンブンと振り回しながら、まだまだキラッキラな瞳でそんな事を言いながら俺を見つめてくるイケメン俳優さん。

 ああ、今気がついたけど、この役者さんの名前も知らないよ、俺。



「ヴェナート様。横顔も素敵だわ〜〜〜!」

「あんなに無邪気に大ファンです! だなんて、一生に一度でいいから言われてみたいわ〜〜〜!」

「ヴェナート様と握手出来るなんて、さすがは本物の早駆け祭りの英雄よね!」

「本当よね〜〜〜〜!」

 何やら超テンションが上がっている近くの席から、黄色い歓声と共に嬉々として話す女性達の声が聞こえる。

 ありがとう、そこの若干お年を召したお嬢様方。おかげで俺の役をしてくれたイケメン俳優さんの名前が判ったよ。



 しかし、どうやらその声はヴェナートさんにも聞こえていたようで、彼は明らかにさっきとは違う営業用と思しき別のキラッキラな笑顔でそっちのテーブルを振り返った。

「ありがとう、そちらのお嬢様方。愛していますよ」

 俺は絶対そんな言葉言わないぞ〜〜〜〜!

 内心で拳を握って叫んだんだけど、実際の俺の右手はまだヴェナートさんに握られたままだ。

 左手で投げキッスを送るヴェナートさんを見て、思わず遠い目になる俺……。

「ああ、失礼いたしました。思わぬ出会いに感激です。あの、二連覇おめでとうございます。次の春の早駆け祭りも参加なさるんですよね?」

 まだ握ったままの右手に左手まで添えて身を乗り出すみたいにしてそう聞かれて、苦笑いしつつ俺は頷く。

「もちろん参加するつもりですよ。俺も従魔のマックスも楽しんでいますから。まあ勝負は時の運なので、どうなるかは、実際にやってみないとわかりませんけれどね。何しろ魔獣使いも増えて来ましたから、俺の知り合いだけじゃあなくて、評判を聞いて何処かから新たな魔獣使いが参加するかもしれませんから、結果がどうなるかなんて、それこそ創造神様にも分からないんじゃあありませんか?」

 笑ってそう言ってやると、ヴェナートさんはこれまた良い笑顔でうんうんと何度も頷いてる。

「いやいやご謙遜を。マックス君に勝てる従魔が早々いるとは思いませんって。ですがまあ、勝ちに慢心しないと言うのは大事な事ですよね」

 何やら一人で納得してくれたヴェナートさんは、そこでようやく握った右手を離してくれた。

 それから順番にハスフェル達やランドルさんとも笑顔で握手をして、それからリナさん一家とも順番に握手をしていた。

 しかし、まだ席から離れずに不思議そうに周りを見回す。

「あの、もうお一人おられましたよね。こちらの方とコンビを組んだ年配のお方が」

 ランドルさんを見て、困ったように俺を振り返る。

「ああ、オンハルトの爺さんだな。残念でしたね。ちょっと所用で別の街へ行ってるので、今は別行動中なんですよ」

 誰の事を言っているのか気がついた俺が苦笑いしながらそう教えてやると、ヴェナートさんは本当に残念そうに小さく頷いた。

「そうだったんですね。残念。是非ともお目にかかりたかったです。では、全員揃った春の早駆け祭りを楽しみにしていますね。もちろん、観に行きます。応援していますので、是非とも三連勝してください!」

 左右の拳を握ってそう言われて、俺だけじゃなくてハスフェル達までが揃って吹き出したよ。どうやら、社交辞令なんかじゃあなくて、本当に俺のファンみたいだ。

 笑って差し出してくれた拳に、俺も笑って拳を突き合わせる。

 そして何故かまたしても聞こえる黄色い悲鳴。でもって吹き出した後にそのまま大爆笑になっているハスフェル達。

 応援ありがとうございます。でも、周り中からの大注目を浴びていて色々と俺のメンタルが削られるから、もうそろそろ勘弁してくださいって。



 そんな内心の俺の願いが聞こえたのか、笑顔で優雅に一礼したヴェナートさんは、隣のテーブルへ移動していった。

 半ば放心状態でその後ろ姿を見送っていると、ようやく笑いの収まったハスフェルがワインが並々と入ったグラスを高々と掲げた。

「大人気の、早駆け祭りの英雄殿に乾杯だな」

 堪えきれずに吹き出した俺は、一口だけ残っていたコーヒーの入ったカップを掲げてやった。

「愉快な仲間達に乾杯!」

「愉快な仲間達に乾杯!」

 半ばヤケになってそう言ってコーヒーカップを掲げた俺の言葉に、何故か周囲にいた人達がほぼ全員、飲んでいたカップやグラスを掲げてそれに唱和してくれたよ。

 そして沸き起こる拍手喝采。

 仕方がないので、俺はもう何度も何度もあちこちに手を振ったり頭を下げたりしていたのだった。

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