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歌と踊りと君は誰?

「ああ、この勝負は早駆け祭りで決めようじゃあないか!」

 舞台上では、誰それ状態なくらいに爽やかイケメンな俺役の俳優さんが、売られた喧嘩を見事に買っているところだ。

「望むところよ!」

「覚悟しておけ!」

「早駆け祭り九連勝の俺達に楯突くとは!」

「あら愚かなり〜〜〜!」

 若干ゼスチャー過多な悪役二人は、そう捨て台詞を言い残して颯爽と舞台を去って行く。



「ああ、本当に受けちゃったよ。どうするんだよ。相手は九連勝の覇者だぞ」

 思いっきり不安そうなイケメン主役が、そう言って頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。照明が消えて舞台が暗くなり、スポットライトがイケメンさんに当てられている。

「ご主人様! 私をお忘れですか?」

 そこへスポットライトを浴びながら颯爽と進み出る、マックス役のむくむくさん。一気に舞台が明るくなり賑やかな音楽が始まる。

 ちなみに、舞台の左右に一段下がったボックス席みたいなのがあって、そこには生演奏の楽団が待機していたのだ。

「ナックス。良いのか?」

 あ、名前が違う……まあ、これは多分、わざとだな。

 などと内心で突っ込みつつ、一つ深呼吸をして切りかけていた肉を切って口に入れる。

「当たり前です。たかが馬ごときに私が負けるとお思いですか?」

 胸を張るマックス改めナックス役の役者さんは、何故か唐突に両手を広げて歌い始めた。

「あなたを〜〜〜背に乗せて〜〜〜〜走るのが〜〜〜私の〜〜〜生〜き〜が〜〜〜い〜〜〜!」

 そして走る真似をしながら何故か見事な宙返りを披露するナックス君。

 ううん、猫じゃああるまいし、犬はそこまで身軽じゃないと思うけどな。あ、今のマックスなら宙返りくらい余裕で出来るかな?

 若干ずれた感想を抱きつつ、歌って踊っているナックス君をもはや生ぬるい目で見ている俺……。

「あなたと共に〜〜〜〜風よりも〜〜〜速く〜〜〜走る〜〜〜〜〜!」

 そしてそのナックス君の歌に感動して、一緒になって頑張って勝とうと言って、手を取り合って歌い出すイケメンな役者さん。だからあなたは一体全体どこの誰なんですか? いやマジでさあ……。

 そして歌はさらに熱が入り、周りにいたマッチョ二人と従魔達までが一緒になって、さあ戦いの始まりだと言って歌って踊り出したよ。

 まあ、さすがに全員はいなかったけど、一緒になって踊っているシリウスとデネブそれからチョコは、明らかにそれとわかる衣装とメイクの役者さん達だ。まあ、彼らも早駆け祭りの参加選手だもんな。

 それ以外は、多分スライムと思しき小柄な人達がレースみたいな半透明のベールを頭から被っている。



「ちょっと、どうして私がいないんだよ!」

 俺の皿の横にいきなり立ち上がったシャムエル様が、唐突にそう叫んで俺の腕をバシバシと叩き始める。

「痛いって。そのちっこい手で叩かないでくれよ。ってか、配役の文句を俺に言わないでくれってば」

 慌てて手を引き、ステーキを大きく一切れ切ってフォークで突き刺して目の前に差し出してやる。

「ほら。シャムエル様は、これでも食っててください」

「ありがとうね。わあい、お肉だ〜〜! いっただっきま〜〜〜す!」

 ステーキを差し出されてころっと機嫌を直したシャムエル様が、差し出されたステーキを両手で持って嬉々として齧り始める。

「ううん、肉食リス再びだな」

 笑ってこっそり三倍サイズの尻尾を手を伸ばしてもふる俺だったよ。



 そんな事をしていると、舞台では踊り終えた役者さん達が順番に下がっていく。どうやら舞台転換とでも言うのだろうか、背景のセットが交換されるみたいだ。

 見ていると、全身グレーの服を着たおそらく大道具さんであろう人達によって冒険者ギルドの受付のセットが人力で下げられるところだった。へえ、あんなふうにバラしてパーツごとに運べるようになってるんだ。すげえ。

 しかし、主役のイケメン俳優さんは、場を取り持つみたいに舞台から下がる前に、客席側に密かにポーズを取って見せたりするお茶目っぷりを発揮していたよ。

 うん、やっぱり誰なんだよ。あれは……。




「思わぬ九連覇の覇者との出会いから口論となり、それは男のプライドを賭けた早駆け祭りの戦いへと発展していく。そして彼らの仲間でもあるクライン族のクッキーは、当初の予定通りにこの街に店を出すための手続きを進めていた」

 最初に出てきたスタイル抜群の男性が、舞台袖のところに立ってめっちゃ良い声で解説を始める。

 どうやら彼は、この舞台の狂言回しとでも言うのだろうか、ナレーターの役割をしているみたいだ。

 そしてクーヘンはこの舞台ではクッキーって名前になっているみたいだ。

 あれ? 俺の名前ってどうなっていたっけ?



 場面転換が終わり、舞台は何やら薄汚れた大きな家に変わっていた。

 どうやらここがクーヘン改めクッキー君が買い取る予定の店のようだ。

 クッキー君を先頭にゾロゾロと出てきたイケメンとマッチョ御一行様は、店を見回して黙って首を振っている。

 どうやら店が汚すぎて駄目だと言っているみたいだ。

 しかし、クッキー君は、笑顔でマーサさん役と思しき年配の女性の手を取り、ここでまた歌い始める。

「夢〜〜〜だったのです〜〜〜〜〜自分の〜〜店を〜〜〜〜持つと言うのが〜〜〜〜〜」

「確かに〜〜〜この店は広いけれども〜〜〜〜こんなボロ屋で〜〜〜良いのでしょうか〜〜〜〜〜?」

 不安げな様子の年配の女性が、胸元に手を当てて儚げな様子で歌いながらそう答える。

 おいおい、一体誰設定だよ、あれ?

 そこから二人は手に手をとって一緒に踊りながら歌い出した。

「これを〜〜〜〜あ〜な〜た〜に〜〜〜旅で集めた〜〜〜お金です〜〜〜〜!」

 そしてクッキー君が、机の上に置いてあったらしい30センチくらいの巨大な青い円盤を手に取り女性に渡す。

 大きく頷いた彼女は、胸元から大きな鍵を取り出してクッキー君に渡した。

「これで〜〜〜〜この店は〜〜〜〜〜もう〜あなたの〜〜〜〜も〜〜〜〜の〜〜〜〜!」

 満面の笑みで手を取り合った二人が頷き合う。

 なるほど、簡略化しているけど家の契約のシーンな訳か。

 そして、軽快な音楽に合わせて踊りながら二人が揃って手を振り上げるたびに、ボロボロだった壁が綺麗になり、ひび割れていたショーケースが、次々にピカピカの新品になっていく。

 客席からは、笑い声と共に手拍子が始まっていたよ。



「へえ、なるほどねえ。ミュージカルって初めて見たけど、なかなか面白いじゃん」

 もう完全に他人事状態の観客気分で、俺も一緒になって手拍子なんかしたりしていた。

 ステーキを食べ終えたシャムエル様も大喜びで笑いながら、一緒になって小さな手で手拍子を打っていたよ。

 どうやらご機嫌は直ったみたいだ。よしよし。

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[一言] 演目終わったら肩にリスを付けて貰おう。
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