あのイケメン……誰?
「大変お待たせいたしました! それでは間も無く開演となります。本日の演目は、ハンプールの早駆け祭りの英雄達。今やハンプールだけでなく世界中で大人気の夏の早駆け祭りに、流星の如く突然現れて鮮烈なデビューを飾った魔獣使いとその仲間達、そして華やかな祭りの裏で進行していたとある事件とは? さあ、どうなるかはあなたご自身の目でご覧ください!」
完全に意表をつかれた俺達は、全員揃って呆気に取られて固まっていたんだけど、アーケル君達は大喜びで拍手なんかしてるし。
ちなみにランドルさんも夏の早駆け祭りと聞いた途端に吹き出していたから、自分には関係無いと思って絶対に面白がってるぞ、あれ。
「おいおい、どういう事だ?」
最初に復活したのはギイで、次に我に返ったハスフェルは、大きなため息を吐いて首を振ると黙ってワイングラスに並々と注いだワインを一気飲みしていた。まあ気持ちは分かる。飲まないとやってられっか。って気分だよな。
そして俺は、もう驚きを通り越して逆に冷静になっちゃったよ。
うん、今の俺は完全にお客なんだから関係ないって。
それに、本当の裏の事情なんて第三者が知る由もないんだから、絶対とんでもない展開の話になっているはずだ。うん、きっとそうだ。これはモデルが俺なのであって、俺自身の事じゃあないって。
無駄に必死になって内心で自分に言い訳していたんだけど、周りの席の人達の視線が痛いです。
キラキラした目で俺を見ないでくれ……既に俺のライフはもうゼロに近いんだからさ……。
内心でパニックになっている俺達に構わず、ゆっくりと幕が上がり舞台が始まった。
「それはとある初夏の日の事。事の起こりは一隻の巨大な帆船がハンプールの街へ到着した事から始まります」
先ほど舞台前に出て来て挨拶をしたスタイルの良いイケメンな男性が、ゆっくりとそう言いながら舞台の右端の辺りへ出てきて立ち止まった。
舞台装置はなかなかに凝っていて、確かにハンプールの港っぽくなっている。そこに、巨大な帆船の模型と言うか、帆船の切り抜きがゆっくりと到着する。
「へえ、凝った舞台装置だなあ」
それだけなのに、本当に帆船が到着したみたいに見えるんだから大したもんだ。
そして帆船前の建物からどやどやと出てくる一団。
観客達から驚きのざわめきが聞こえた。
俺だって驚いてるよ。
誰あの先頭のイケメン。
そしてハスフェルとギイ役と思われる人達、二人ともめっちゃマッチョ! まあ、クーヘン役の人は小柄なくらいで普通に人間だったけどね。
それより何よりも驚いたのが、俺が連れている従魔達だ。
例えばマックスやニニ。
俺はてっきり、二人の人間がそれぞれ前足役と後ろ足役になって、おもちゃみたいな着ぐるみを被っているコントみたいなのを想像していたんだけど全然違った。
何と言うか、人間がそのままマックスやニニになってる。
本当にそうとしか言えないんだよ。
例えばマックス役の男性。顔は完全にメイクでマックスになってる。そしてマックスの毛色と同じような犬耳が付いているかつらを被り、薄茶色の少しふわふわしたベストみたいなのを着ている。
ベストを羽織っているだけで、それ以外の上半身はむき出しの衣装なんだけど、体全体にも毛並みと同じ色を塗っているから違和感無し。
下半身に履いているややゆったりしたズボンも当然マックスの毛並みの色。ご丁寧に、お尻にはやや大きめの尻尾までついてる。
まあ、言ってみればマックスの獣人バージョンみたいな感じだ。
そしてニニ役の女性はもう、可愛い以外に出てこないくらいにふわふわだった。
顔は同じくメイクで完全に三毛猫になってる。そして毛並みは正確に再現されているわけではないけれども猫耳付きの毛の長い三毛猫柄のかつらを被り、ツナギになった服を着ているんだけど、それも生地全体が毛足の長い三毛猫柄。手袋は肉球付きだし、靴もふわふわな毛に埋もれている。めっちゃ可愛い。
多分主役と思われるイケメンの右肩には、鳥の模型までついているから間違いなくあれが俺……。
いやいや、だから俺、あんなイケメンじゃあありませんって!
恥ずかしさのあまり悶絶している俺をおいて、舞台の上では俺達が冒険者ギルドへ行って早駆け祭りの参加申し込みをするシーンになっていた。
そこへ何故かあの馬鹿達が登場。
ちょっとびっくりするくらいにあいつらにそっくりなんだけど。話し方といい、偉そうな感じといい、そして役者さんの顔までなんだかよく似ているんだよ。
隣を見ると、ハスフェル達も苦笑いしていた。
そして、申し込みを終えた俺達に馬鹿達が言いがかりを付けてきて、負けたら土下座だって展開になる。
あれ? これって他の人達も知ってる話だっけ?
何やら奇妙な気分になりつつ、食事をするのも忘れて俺達はもう夢中になって舞台を見ていたよ。色々と恥ずかしすぎて背中が痒いのは気のせいだと思いたい。
そして、いつの間にか現れたシャムエル様までが、味見を請求するのも忘れて一緒になって舞台をキラキラした目で夢中になって見つめていたのだった。