夕食の店って……?
「それで、今夜はどこへ連れて行ってくれるんだい?」
初めて通る道を見回しながら、少しムービングログのスピードを早めてアーケル君の横についた俺は、気になって仕方がないのでそう尋ねた。
「ふふふ、ここも予約がなかなか取れない店でね。ですがこれもギルドマスターが予約を取ってくれたんですよね。って事で、ここもヴァイトンさんとエーベルバッハさんの奢りです」
にっこりと笑ってそう言われて、俺は思わず目を見開く。
「ええ、今夜もギルドマスターお二人の奢りなのか。高級デリバリーに続き、なんだか申し訳ないよ」
「何言ってるんですか。お二人から、こんなものではお礼にならないけど楽しんでくださいって伝言付きですから」
ううん、俺が思っている以上に、岩豚はレア度が高いみたいだ。
そんな話をしている間に、どうやら目的の店に到着したみたいだ。
「ええと、これまた初めて見る店だなあ」
どうやら相当大きな店らしく、見上げるほどに大きな石造りの建物だ。ちょっとした劇場くらいの広さはありそうな気がする。
「予約してま〜す」
アーケル君が、何やら木札のようなものを入り口横にいたスタッフさんに渡している。
「はい、確認いたしました。ようこそお越しくださいました。今宵が皆様にとって楽しい一夜になりますよう」
何やら芝居がかった仕草で優雅に一礼したスタッフさんに見送られて、俺達は店の中へ入って行く。
建物を入ったところは、何やら広いロビーみたいになっていて、何人ものスタッフさん達が待ち構えていた。
「ようこそお越しくださいました。木札を確認させていただきます」
進み出たスタッフさんの一人にそう言われて、またアーケル君が木札を取り出して見せる。
「かしこまりました。ではご案内いたします」
これまた優雅に一礼したスタッフさんがそう言って俺達を中に案内してくれた。
大きな扉を開けて中に入った途端、事情を知っているらしい草原エルフ三兄弟以外の全員の足が止まる。
だって、入った部屋は冗談抜きで本物の劇場だったんだよ。
入った正面にあるのは。1メートルくらいは高くなったかなり大きな舞台で、今は幕が下ろされていて舞台を見る事は出来ない。
そして座席側は全て舞台に向かって座れるように扇状にテーブルと椅子がセッティングされていたのだ。
テーブルの間の通路はかなり広めにとられていて、飲食を提供する店としてはかなり贅沢な気がする。
部屋自体はかなり薄暗いが、大きめの傘のついたランプがテーブルに置かれているので料理を食べるのには不自由はなさそうだ。
どうやら、ここは観劇をしながら食事が出来る店みたいだ。
「へえ、こういうのは初めてだな。食事の出来るライブハウスみたいな感じかな? あれ、ライブハウスってそもそもそういう店だっけ?」
ライブハウスは行った事がないので、なんとなくイメージでしか知らないけど、多分間違っていないっぽい。
置かれているテーブルは横に長いテーブルで、俺達が案内されたのはほぼ舞台から真正面のめっちゃいい席。
四人から五人単位で座るみたいで、俺とハスフェルとギイとランドルさん、それからリナさん一家に分かれて座った。
「へえ、これってめちゃいい席じゃん。どんな舞台なのか知らないけど、これは楽しみだな」
思わずそう呟いた俺の言葉に、ハスフェル達も笑顔で頷いていたよ。聞けば彼らもここは初めてらしく、皆でどんな舞台なのかとワクワクしながら顔を見合わせていた。
そうこうしているうちにどんどん人が入り始め、あっという間に満席になってしまった。
すると、何人ものドワーフ達がワゴンを押しながら出てきて、まずはテーブルの上にワイングラスと一緒に初めて見るラベルの貼られたワインを置き、目の前で栓を抜いてそれぞれのグラスに注いでくれた。そのまま残りのワインのボトルはそれぞれの席の前に置いたので、どうやら一人一本飲んでいいみたいだ。
ううん、さすがに俺はこれは飲み切れない気がするけど、まあいいや。いざとなったらこっそり収納して、あとは自分で持ってる水でも飲んでおこう。
そしてまた別のドワーフ達がワゴンを押しながら出てきて、順番にテーブルの上に料理を並べ始めた。
「メニューは決まってるみたいだな。へえ、でも美味しそうだ」
まず、カトラリーの入った細長いカゴがそれぞれの席の前に置かれる。それから、温野菜のサラダにガッツリ分厚いステーキと焼いたソーセージと鶏肉のぶつ切りを盛り合わせた豪華な大皿が目の前に置かれる。
ううん、もうこれだけで、俺ならお腹がいっぱいになりそうだ。
それからその隣に大きめのカップに入ったポタージュっぽいスープと丸パンが山盛りに載せられたお皿が並び、そして何故か燻製肉と燻製卵や燻製チーズの盛り合わせの、これまた大きなお皿が置かれる。もちろん一人一皿だよ。
「おいおい、どれだけ肉が出るんだよ」
もうちょっと野菜とか根菜類とか、そういうのが欲しいんだけど、どうやら無理っぽい。
まあ、ハスフェル達は大喜びしているんだけどさ。
「これも残ったら、こっそり収納だな」
苦笑いしながらそう呟き、一礼して下がるドワーフのスタッフさん達を見送る。
「じゃあ、愉快な仲間達に乾杯!」
やっぱり全員が俺を見るので、ワイングラスを持った俺は笑っていつもの乾杯の言葉を少し小さな声で言った。
「愉快な仲間達に乾杯!」
皆もいつもよりも小さな声でそう言って乾杯してから、ワインを飲む。
「おお、案外飲みやすそうなワインだな。肉に合いそうだ」
濃い赤のワインは、香りが豊かでとても美味しかったよ。
「ええと、このままでも届くよな?」
小さくそう呟いて、手を合わせて目を閉じる。
「ええと、今夜も外食です。お肉がたっぷりの夕食をどうぞ。なんだか楽しそうな舞台があるみたいなので、そっちから舞台が見えるかどうかは分かりませんが、よかったら一緒に見てください」
そう呟いてから目を開くと、いつもの収めの手が現れて俺の頭を撫でてくれているところだった。
嬉しそうに順番に料理を撫でた収めの手は、舞台の方をそっと指差してから小さくOKマークをしてから消えていった。
「そっか、どうやら向こうからでも舞台が見えるみたいだ。さて、肝心の舞台の演目は何なんだろうね。ライブハウスなら、歌手が出てきて歌とか歌ってくれるのかな?」
笑ってそう呟き、まずはガッツリ分厚いステーキを切り分けて口に入れた。
「おお、柔らかなのにジューシーで肉の味はしっかり。これは美味しい」
そこからはもう夢中になって食べていたら、舞台の幕の前に一人のスタイルの良い男性が進み出てきた。
皆、食べる手を止めて舞台を見る。
すると、その人は優雅に一礼してこう言ったんだよ。
「大変お待たせいたしました。それでは間も無く開演となります。本日の演目は、ハンプールの早駆け祭りの英雄達。今やハンプールだけでなく世界中で大人気の夏の早駆け祭りに、流星の如く突然現れて鮮烈なデビューを飾った魔獣使いとその仲間達、そして華やかな祭りの裏で進行していたとある事件とは? さあ、どうなるかはあなたご自身の目でご覧ください!」
沸き起こる拍手の中驚きすぎた俺は、食べかけていたステーキが口から出そうなくらいに呆然と、ただただポカンと口を開けているしか出来なかったのだった。