カケラも残さず全ていただきます!
「ふああ、ご馳走様でした。いやあ、噂に違わぬ美味しさでしたね」
小柄な体に似合わぬくらいに素晴らしい食べっぷりを見せたアーケル君が、満面の笑みでグラスに残っていたワインを飲み干してそう言って笑う。
「本当に美味しかったです。さすがはプロの料理人ですよね。少食な自分の胃袋が悲しかったですよ」
ちびちびと食べていた最後の一切れの生ハムを平らげた俺も、アーケル君の言葉に続いてそう言って泣くふりをする。
「ああ、あまり食が進んでいないと思っておりましたが、少食なのですね」
散らかった食器を下げていたアーサーさんにやや心配そうにそう言われて、俺は苦笑いしながら顔の前で手を振る。
「いやいや、こいつらに比べればって意味です。別に成人男性としては、普通にしっかり食っていると思いますよ」
「ああ、確かに……皆様、気持ち良いくらいにたくさん食べてくださいましたからね」
カケラも残っていないお皿の数々を見て、嬉しそうなアーサーさんの呟きに、ハスフェル達も笑顔で何度も頷いている。
「いや、本当に美味しかったですよ。料理をしてくださった皆様とギルドマスター達にも感謝を!」
満面の笑みでそう言って、まだ飲んでいたグラスを高々と掲げる。
まだ飲んでいたギイとリナさんとアルデアさんも笑顔でグラスを掲げた。
「それにしても、草原エルフの皆様も、ハスフェル達と変わらないくらいに食ってたよな。あんなに食った料理は一体どこへ行ったんだよ」
俺の前にあったお皿をアーサーさんに渡しながら、同じくお皿を片づけているアーケル君達を見る。
はっきり言って腹が出ている様子もない。
あれだけ食ったものは、あの細い体の何処へ行ったんだ? いやマジで……うん、草原エルフも四次元胃袋の持ち主なのかもしれないなあ。
ちょっと遠い目になった俺がそんな事を考えている間に、アーサーさんとスタッフさん達はテキパキと空になったお皿を下げていき、あっという間に机の上は綺麗になった。
最後には取り出した布で机の上まで綺麗に拭いてくれる気遣いっぷり。
いやいや、うちには浄化の能力持ちのスライム達がいますから、散らかしておいてくれていいんですよ。
どちらかというと、アクア達がキッチンの様子をめっちゃ気にしているので、出来れば生ごみはスライム達の為にも置いていっていただきたいんだけどなあ……。
そう考えた時、足元に転がって来たアクアとサクラが何か言いたげに俺の足の周りをコロコロと転がっているのに気付いた。
「わかったよ。ちょっと聞いてやるから、待っててくれよな」
手を伸ばしてアクアの肉球マークの辺りを撫でてやった俺は、ワゴンに最後のお皿の山を乗せているアーサーさんを見た。
「ええと、アーサーさん。ちょっとお聞きしてもよろしいですか?」
「はい、何でしょうか?」
お皿から手を離したアーサーさんが、体ごと俺に向き直る。
「ええと、本当に美味しい料理をありがとうございました。この料理って、ここのキッチンでも手を加えたりしていますよね? 焼いた肉とか熱々だったし」
「はい、使わせていただきました。もちろんキッチンの清掃も致しますので……」
文句を言われると思ったのか、慌てたようにアーサーさんがそう言うのを見て、俺は笑って足元にいたアクアを抱き上げて見せてやる。
「ええと、お願いと言いますか、もしも生ごみや料理の残りなどがあれば、こいつらが喜んで片付けてくれるので、置いていってただけないかなあと思いまして」
「ええ、生ごみを、ですか?」
驚くアーサーさんの様子を見て、笑って立ち上がった俺はキッチンを振り返った。
「今まさに、片付けの真っ最中ですよね?」
キッチンの入り口には、ワゴンに乗せられた汚れた大皿がまだ山積みになっているし、キッチンからは水音が聞こえているので今まさに洗い物の真っ最中なのだろう。あれを流してしまうなんて勿体無い!
「はい、今洗い物をいたしておりますので、それが終わればキッチンの清掃をして終了となります」
やっぱりキッチンの掃除までしてくれるんだ。だけどそれなら、美味しい料理を作ってくれたスタッフさん達を労う意味でも、ここはスライム達の出番だろう。
「俺は、ご覧の通り魔獣使いなんですよ。それで、うちのスライム達は俺が料理をするもんだから色々と器用に覚えてくれてるんですよ。まあちょっと見ていてください」
笑って立ち上がった俺は、抱いたままだったアクアをそっと撫でた。
「ほら、皆おいで」
振り返ってそう言うと、あちこちに転がっていた俺のスライムだけでなく、多分全員のスライム達がテニスボールくらいの大きさになってコロコロと転がって集まって来た。
第三者がいるところなので、心得ているスライム達は金色合成やクリスタル合成をしない。
驚きに声もないスタッフさん達を尻目に、キッチンへと跳ね飛んだり転がったりして集まったスライム達は、一斉に俺を振り返った。
「おう、全部綺麗にしてくれていいぞ。空の鍋や汚れたお皿、キッチン周りやオーブンの掃除もな。生ゴミはスタッフさん達に俺が聞いて集めるから、まずは掃除を頼むよ。ああ、構いませんから、下がっていただけますか。スライム達が掃除も洗い物もしてくれますので」
最後は、集まった小さなスライム達を見てドン引きしているスタッフさん達にそう言って笑う。
「ス、スライムが掃除をする? 全部溶かしてしまうのでは?」
おそらく責任者なのだろう、コックコートみたいな白衣に、同じく白いエプロンをしているスタッフさんが恐る恐るそう尋ねてくる。
「大丈夫ですよ。野生のスライムと違ってテイムしたスライムは知能も上がって食べてもいいものと食べてはいけないものを理解していますからね。ええと残り物で、また使うから持って帰らなければいけないものとかありますか?」
「まさか。持って来たもので残ったものは全て処分しますよ」
当然とばかりに言われて、慌てて謝る。
「ああ、失礼しました。じゃあ調理器具とお皿以外の残った食材や生ゴミは全部要りませんね?」
「はい、生ごみなども全て持ち帰る予定でしたが……?」
「それはどうかスライム達にあげてください。全部綺麗に平らげてくれますから。じゃあ始め〜〜!」
俺の号令一下、一斉に仕事を開始したスライム達を、スタッフさん達はそりゃあもう目が飛び出さんばかりに見開いて見つめている。
「生ゴミと残り物はこれですね」
見慣れない大きなゴミ箱が置かれているから、これがそうなのだろう。
頷く責任者さんに俺も笑って頷き、あっという間にキッチンの掃除と洗い物を終えて集まって来たスライム達を見る。
「じゃあ喧嘩せずに仲良く食べるんだぞ。ええと、ここに出して大丈夫かな?」
「はあい、お願いしま〜〜す!」
スライム達の声が重なり、笑った俺はゴミ箱の蓋を開けてそのままゴミ箱を床に倒した。
当然中身が床に飛び散ったのだが次の瞬間、集まって来たスライム達がそりゃあもう一瞬でカケラも残さず平らげてくれた。ついでに、ゴミ箱の中まで綺麗さっぱり、水滴の一つも残さず綺麗にしてくれたよ。
呆気にとられるスタッフさん達の前に整列したスライム達が一斉に少しだけ伸びる。
あれは多分ドヤ顔だよ。
そしてそれを見てようやく我に返ったスタッフさん達から、スライム軍団は拍手喝采を浴びたのだった。