街への帰還と登録不備?
ハスフェルの案内で、地下洞窟を抜け、入った時とは違う別の出口から地上に出た。もうすっかり辺りは日が暮れて暗くなっている。
「すっかり暮れてしまったな。早いところ街へ戻ろう」
てっきりここで野営するんだと思っていた俺は、驚いてマックスを止めた。
「あれ、街へ帰るんだ?」
「ああ、この辺りは特に夜行性の危険な肉食獣はいないからな。日が暮れてからの移動でも安全だ。行くぞ」
笑ってそのまま一気に駆け出す彼の後を、俺たちは慌てて追いかけた。
「へえ、案外近かったんだな」
しばらく走り続け遠くに街の城壁の灯りが見えて来た時、嬉しくなった俺がそう呟くと、クーヘンは驚いたような顔で思い切り首を振った。
「ケン、何を仰ってるんですか。それは従魔達の足が速いからですよ! 普通は、地下洞窟まで、徒歩なら行くだけでも一日以上掛かりますよ」
「ええ? そうなのか? それならマックスに感謝だな」
笑って首を叩いてやると、嬉しそうにマックスは犬の声で吠えて一気に速さを増した。
どんどんに近くなる城壁を見ながら不意に思った。
「なあ、今から行っても街の中には入れないんじゃないのか?」
レスタムの街では、日暮れと同時に城門が閉まっていた記憶がある。
「大丈夫だよ。東西アポンの城門は、深夜であろうとも常に解放されているよ。ここは貿易の街としての誇りにかけて、何があろうとも城門を閉めないんだよ」
ドヤ顔のシャムエル様に言われて、俺はちょっと考えてしまった。
「それって、城壁の意味無くね?」
「違うよ。閉める事の出来る城門を、常に開けている事に意味があるんだよ」
「ああ、成る程ね。つまり、いつ誰であっても受け入れますって事か」
「そうそう。素晴らしい考えだと思うよ。まあ、辺境の街が日暮れと共に城門を閉めるのは、主に野生動物の街への侵入を防ぐ意味なんだよね。だけど、この辺りは言ったように危険な野生動物はほとんどいないし、ジェムモンスターは、基本的に自分のテリトリーからはほとんど出てこないからね。そういう意味もあって、この街は解放の象徴なんだよね」
戦争の無い世界で、街ごとにある城壁は何の意味があるのかと思っていたが、どうやら俺の知る城壁とはちょっと存在そのものの意味が違うみたいだ。
「色々あるんだな。勉強になるよ」
街道近くになるとゆっくり進んで、人のまばらな街道に入った。
「なあ、これってまた大騒ぎになるんじゃ無いか?」
「何がだ?」
ハスフェルの声に、俺はクーヘンが乗るイグアノドンを見た。
馬と変わらないくらいの大きさになっているから、元の大きさに比べたらかなり小さくなっている。
それでも、恐竜だぞ。草食か肉食かなんて、街の人にはわからないだろう。
「危険度で言えば、ミニラプトルの方が断然危険だとは思うけど、テイムした以上は、主人に忠実だから心配はいらないって」
「街の人達が、皆そう思ってくれると良いんだけどなあ」
俺達のその考えが、かなりの希望的観測だった事は、城門を通る際の兵士達の警戒っぷりで思い知らされました。
「あ、あんた達、何て凄いのを捕まえて来たんだよ! 魔獣使いってそんなのまでテイムするのかよ!」
城門を守る兵士達に、またしても一斉に槍を向けられて、俺はこれ以上ないくらいの大きなため息を吐いた。
「だから言ったじゃないか! ほら、めちゃめちゃ警戒されてるぞ」
「大丈夫だよ。これは俺の弟子の従魔だよ。安全は俺が保証するって」
俺の嘆きに知らんふりでハスフェルは堂々と言い放ち、それぞれギルドカードを見せてそのまま通り過ぎた。
クーヘンは、宿泊所に泊まる手続きをした際に作ってもらった、ま新しいギルドカードを嬉しそうに見せていた。
「ギルドカードを作るのは、目標の一つだったんです。嬉しいです」
今は人間の青年の姿になっているクーヘンだが、実際は小人族のおっさんだ。
「なあ、本来の姿を隠してギルドに登録するのってありなのか?」
今更ながら、心配になってきた。
「大丈夫だよ。登録の石には、正しい姿が登録されている。術師が姿を変えているのは特に珍しい事じゃないからな」
「ええ、それって良いのか? なんか騙されそう」
「契約の際には、分かるんだから問題無いだろう?」
当たり前のように言われて、思わず考えた。ええと、それって問題……無いのか?
若干、納得出来ない部分はあったが、深く考えるのはやめよう。って事で、これもまとめて、明後日の方向へ放り投げておく事にした。
そのまま俺達はいつもの屋台村へ向かい、それぞれ好きに夕食を食べた。
俺達が座っていた椅子の周りが、綺麗にドーナッツ状に空き席になっていたのは……うん、見なかった事にする!
食事の後、屋台村で軽く飲んでから俺達は宿泊所へ戻った。なんとなくそのまま、全員揃って一番広い俺の部屋に集まる。
飲み足りないハスフェルが持っていた酒を出してくれたので、俺が持っていたチーズとドライフルーツをつまみに、のんびりと今後の相談をしていた。
「ええと、まず明日はどうする? 出来たら、俺は街にいる間に料理の仕込みをしたいんだけどな」
ここの台所もたっぷりの水が使えるし、作業台も広い、野菜の仕込みや揚げ物系は出来るだけ仕込んでおきたい。
「ああ、旅の間の食事の準備だな。俺達に何か手伝えるか?」
俺の言葉に、ハスフェルがそう言い、クーヘンもこっちを見ている。
「ちなみに、二人は料理って出来る?」
「肉を焼くぐらいだな」
「私もそれくらいですね、そもそも肉を焼く以外で料理なんて殆どした事がありません」
揃って首を振る二人を見て、俺は笑うしかなかった。
「それなら良いよ、気にしないで。料理の仕込みは俺がするって」
俺だって専門家じゃ無いから大した事は出来ないけど、ある程度の料理は出来るからな。
「それなら、そっちはケンに任せて、俺達は明日、彼の鞍と手綱を探しに行こう」
「あ、確かにそうですね。出来たらもう少し乗り心地は考えたいです」
ハスフェルの提案に、クーヘンも頷いている。
「それじゃあ、屋台で朝飯食って、解散すれば良いな。俺は朝市ともう少し食材の追加を買いたいから、二人は鞍と手綱を売ってる店探しだな」
ハスフェルは何か言いたげだったが、酒を一口飲んで頷いた。
「ユースティル商会は、この街から完全撤退を決めたらしい。恐らくもう大丈夫だとは思うが、一応気を付けてな」
おう、すっかり忘れていたよ。確かに、ディアマントさんがそんな事を言っていたよな。
「あ、それなら朝市へ行く前に、トカゲのジェムをギルドで買取に出しておいて、その際にユースティル商会のその後の情報が入ってないか聞いてみれば良いんじゃないか? あ、そう言えばトカゲのジェムって数えてないし、クーヘンが倒した分って分けてあるのか?」
振り返った俺の言葉に、三匹のスライムは胸を張るように揃って伸び上がった。
「ちゃんと分けて確保したよー!」
「ご主人の分が、329個だよ」
サクラとアクアが声を揃えてそう言い、ミストが次に伸び上がった。
「ドロップのご主人の分は499個だよ」
「あれ? 亜種は無かったんだ」
「いなかったよー」
三匹の声が揃い、俺たちは笑って頷いた。
「じゃあ、今から行ってこよう。買取受付は夜でもやってるし、今頼んでおけば明日の買い物の時に、稼いだ金を使えるぞ。それからついでに、今日テイムした従魔達を従魔登録しておかないとな」
ハスフェルの提案に、クーヘンは嬉しそうに頷き、残りの酒を飲み干した俺は、ふと気になる言葉を拾った。
「え? ちょっと待ってくれ。従魔登録って何だよ?」
ハスフェルが無言で俺を見る。
「お前……まさか登録していないのか?」
「一番最初にレスタムの街へ行った時に冒険者ギルドで登録したんだけど、その時は確かニニとマックス、それからスライム二匹とファルコ、それからセルパンまでは一緒にいたよ。でも多分、セルパンはそもそも存在を気付かれてないと思う……」
「お前なあ……」
頭を抱えて机に突っ伏したハスフェルは、残りの酒を一気に飲んで立ち上がった。
「とりあえず知らなかったと事情説明して全員従魔登録しろ。何かあってからでは遅いからな」
真顔のハスフェルは怖い。何度も頷いた俺は、慌てて立ち上がったのだった。