まずは乾杯!
「そろそろかなあ。何が出るのか楽しみだよ」
「ですよね。ホテルヴェルクベルグのデリバリーが凄いって噂は色々と聞きますが、どんなメニューがあるのかとかは、実を言うと俺達も詳しくは知らないんですよね。まあ、いくつか種類があるって聞きますけど、今の様子を見るに、今回のは大人数でワイワイやるタイプのいわゆるパーティーメニューのような気がしますね」
「へえ、そう考える根拠は?」
驚いてそう尋ねると、笑ったアーケル君が、彼の目の前にも置かれている取り分け皿の山を指差した。
「だって、フルコースの料理が静々と運ばれてくるようなメニューなら、こんなお皿は要らないでしょう? それに、いくら下準備をして持って来ているとは言っても、あの人数で俺達全員分のフルコースはあのキッチンでは作れないでしょうからね。だから、パーティーメニューだと思ったんですよ」
確かに、俺達の目の前には、取り皿用のお皿がいくつも積み上がっている。
もちろんこれも持ち込みの食器で、お皿の一枚一枚全てに、山並みにドワーフらしき人の横顔とツルハシが意匠化された紋章が入っている。多分これがホテルヴェルクベルグのマークなのだろう。
「へえ、まあその方が気を使わなくていいから、俺は嬉しいよ。それにしてもシンプルなのに格好良い紋章だな。さすがは鉱山の街のホテルって感じがする」
手元に一枚引き寄せて、思わずまじまじとそのお皿に刻まれた紋章を見る。
「元々、ここバイゼンは鉱山で働く鉱夫達の為の街として開拓されて発展したからな。ホテルヴェルクベルグも、元を正せば鉱山で働く鉱夫達のための宿の一つに過ぎなかったんだよ。まあ昔の話だがな」
注がれた食前酒の入ったグラスを揺らしながら、懐かしそうな目をしたハスフェルがそう言って笑う。ギイもその隣で苦笑いして頷いている。
彼らは、間違いなくその頃からここバイゼンの事をよく知っているのだろう。人とは時の流れのありようが違う。彼らの神様としての一面を垣間見た気がして、ちょっと切なくなったよ。
その時、先ほどのアーケル君の言葉を思い返して一つ新たな疑問が生まれる。
「あれ、アーケル君はそんな豪華なフルコースの料理とかについても詳しいんだ? 俺はそういうのは全然だなあ」
単なる疑問だったんだけど、なぜか急に慌てたみたいにキョロキョロと周りを見回し、何度も咳払いをしたアーケル君は、誤魔化すように笑って俺の方を向いた。
「あはは、まあその辺りは人間よりは長生きなので、それなりに色々と経験してるんだって事にしておいてください。ちょっと黒歴史なもんで……」
最後はごく小さな声だったんだけど、何故だかオリゴー君とカルン君が揃って吹き出し、それからリナさんとアルデアさんが揃って頭を抱えて机に突っ伏した。
ええ、一体何やったんだよ。アーケル君。
ちょっと興味が出て詳しく話を聞こうとした時、スタッフ代表(?)のアーサーさんがキッチンから出てきた。
手にはやや大きめのワインのボトルを持っている。
「大変お待たせいたしました。間も無く準備が整いますので、まずは食前酒をどうぞ」
差し出しされたワインを見て、ハスフェルが嬉しそうな笑顔になる。
「ほう、北ダラム随一と名高いティリア醸造所のワインか。これは嬉しい」
「へえ、有名なのか?」
全くその辺りの知識皆無の俺はそう尋ねる。
「もちろん、ここのワインはとてもまろやかで飲みやすいんだが、この銘柄は特に香りが最高でな。口に含んだ瞬間に鼻に抜ける香りが……まあ、いいからまずは飲んでみろ」
急に饒舌になるハスフェルにちょっと驚きつつ、ハスフェルは酒好きだもんなあ、好きなお酒が出てくればそりゃあ嬉しいよな。くらいに思って渡されたグラスにワインを注いでもらう。
まあ、こっちへ来てからワインを飲む機会も増えたけど、元はビールと日本酒と焼酎しか飲んでいなかったから、俺のワインの知識は皆無に等しいんだよね。
毎年、新酒のワインの解禁日だとか言ってるボジョレーなんとかも、大騒ぎしてるなあ。くらいにしか思ってなかったもんな。
「じゃあ、愉快な仲間達と太っ腹なギルドマスター達に感謝を込めて、乾杯!」
当然のように全員から見つめられてしまい、苦笑いした俺はそう言って手にしたグラスを掲げた。
「愉快な仲間達と太っ腹なギルドマスター達に感謝を込めて、乾杯!」
皆も俺の言葉に続いて笑いながらそう言い、手にしたグラスを掲げた。そしてグイッと一気に口に含んでからゆっくりと飲み込んだ。
「うわあ、本当だ。めちゃくちゃ美味しい。ううん、食前酒だけどおかわりって……ああ、ありがとうございます」
俺の呟きを聞いたアーサーさんが、にっこりと笑って即座に空になったグラスに追加のワインを注いでくれた。
「な? 言った通りだろう?」
何故だかドヤ顔のハスフェルにそう言われて、ちょっと悔しかったけど美味しかったのは事実なので、にっこり笑ってサムズアップを返しておいた。
「それにしても、このワイン一本でもそれなりの値段だと思うんだけど、こんなに奢ってもらってよかったのかねえ?」
二杯目のワインを楽しみつつ思わずそう呟く。
今回のホテルヴェルクベルグのデリバリーは、ギルドマスターのヴァイトンさんとエーベルバッハさんの奢りだ。
雪像作りの指導をしてくれたお礼に岩豚をご馳走したら、そのお礼に大量の地ビールを届けてくれた上に、さらにこのデリバリーの手配をしてくれたらしい。
何だかお礼合戦になってる気がするんだけど、どうしたらいいのかね?
ワイングラスを無意識にゆっくりと揺らしながらそんな事を考えていると、準備が整ったのだろう。キッチンから次々にスタッフさん達が大きな皿を持って、ワゴンに並べ始めた。
おお、いよいよ始まるんだな。
ワイングラスを置いた俺は、期待に胸を弾ませて座り直したのだった。