ミニラプトルをテイムする
「うわあ、怒ってる怒ってる」
さっき覗いた場所にいたミニラプトルは、あの時よりもさらに怒っているようで、翼を半分広げるようにして、首回りの羽毛は毛羽立ってボサボサになっている。もちろん、あの鋭い歯の生えた口は大きく開けている。
「噛み付くなら、これにしてくれよな、っと」
若干腰が引けていたと思うが、作った筒状の布をそっと目の前に差し出した。
「カ、キュウ!」
何とも、聞いた事のない声で鳴いて、差し出した布の先に思い切り噛み付いた。
「うわあ、めっちゃ引っ張られるぞ。これ」
食い千切らんばかりの勢いで、噛み付いた布の先を振り回してきた。
「頼むから大人しくしてくれよな!」
左手で一瞬緩めた後、一気に手前に引き出してやった。
案外軽くて驚いたのも一瞬で、頭が出た瞬間に、俺は力一杯頭の後ろ部分を押さえつけた。
「グギギギギ!」
歯を食いしばったまま、また奇妙な鳴き声を上げる。布を掴んでいた左腕も離して、首元を両手で締めるようにして押さえつけた。
嫌がるように少し暴れたが、完全に急所を抑えられては抵抗は出来なかったようだ。
「ウキュウ」
妙に可愛い声で鳴いて、ぐったりしてしまった。
「あれ? 締めすぎたか?」
思わず少し緩めて覗き込んだ。
「馬鹿! 手を緩めるな!」
ハスフェルの叫ぶ声と、捕まえたミニラプトルが器用に体をくねらせて俺の手からスポンと抜けるのはほぼ同時だった。
「うわあ!」
危険を感じて、咄嗟に後ろに下がる。
そのまま足元に落ちたミニラプトルは、俺の足に噛み付こうとして下がった俺に飛びかかってきた。
その瞬間、俺の左腕からすっかり存在を忘れるレベルに大人しかった、モモンガのアヴィが飛び出したのだ。
「アヴィ、駄目だって! そいつは肉食だぞ!」
小さいままのモモンガなんて、思い切り餌レベルだろうが!
しかし、次の瞬間一気にデカくなったアヴィは、ミニラプトルを広がった自分の体全体で上から完全に包み込んでしまったのだ。
しかも、ミニラプトルの動きが止まった。
……沈黙。
「ア……アヴィ? アヴィさん、ええと、どうなったの?」
しゃがみ込んで全く動かないミニラプトルをよく見ると、抑え込む予定だった頭部分は完全にアヴィの体に包み込まれていて、しかも、ミニラプトルの顎の下でアヴィの足同士がしっかりと掴み合っていて、完全に締められて全く動けない状態になっているのだ。
「ご主人、今なら大丈夫かと思いますよ。テイムしてください」
よく見ると、アヴィは丁度ミニラプトルの背中部分に前足を巻き付け、後ろ足で口の部分を完全に締めて押さえ込んでいる。
「お、おう、ありがとうな」
半ば呆然と答えると、アヴィはそのまま尻尾の方へスルスルと滑るように下がっていった。当然締められていた顔の部分が解放されたが、ミニラプトルは呆然としていてもう逃げる様子も無い。
慌ててさっきの場所をもう一度掴んでも、一瞬ビクッとしただけで殆ど抵抗らしい抵抗は無かった。
「俺の仲間になるか?」
俺の顔の高さにまで持ち上げてそう言ってやると、ミニラプトルは小さく震えて顔を上げた。
「はい、貴方に従います」
いつもの様に光った。おお、こいつは雌だった模様。
「ええと、紋章はどこに付ける?」
「では、ここにお願いします」
胸を逸らして見せるので、胸元を突っついて頷くのを見てから右手の手袋を取った。
「お前の名前は、プティラだよ」
「ありがとうございます」
嬉しそうな声でそう言うと、もう一度光った後、一気に目の前で大きくなった。
「おおう、こりゃまたデカくなったな」
思わず半歩下がるくらい、その姿は迫力があった。
うん、目線は完全にプティラの方が上になったな。デカくなった時のファルコほどでは無いが、俺だけなら余裕で乗れる大きさだ。ま、余程の事が無い限りは乗らないけどね。
「おめでとう、翼を持った二匹目の子だね。良いんじゃない? この子も亜種だからまだまだ大きくなるよ」
「あ、ちょっと色が違うと思ったのは、やっぱりそうだったんだ」
右肩のシャムエル様にそう言うと、笑って頷いてくれた。
確かに他のミニラプトルの羽根は、全体にベージュっぽくて羽根の先の部分が濃い茶色っぽくなっているのだが、プティラの羽根は、全体に白っぽくて羽根の先が不思議な虹色っぽいメタルな煌めきを放っていたのだ。
「じゃあ私は普段は小さくなってご主人の……肩は満員みたいですね」
一番最初の大きさになったプティラが、悲しそうにファルコとアヴィ、そしてシャムエル様でいっぱいの俺の肩を見た。
「こっちおいでよ」
ニニの声に、プティラは嬉しそうに振り返った。
「じゃあ、よろしくお願いします!」
そう言うと、ニニの側へ翼を広げてふわりと飛び上がった。
「へえ、あんな風に飛ぶんだ」
感心していると、既にニニの背中にいるタロンとスライム達と何やら嬉しそうに挨拶し合い、ニニの首輪の横、丁度タロンの隣に収まった。
「大丈夫か? ずいぶんと満員になってきたけど」
「全然大丈夫だよ。どの子も軽くて、乗せてるのを忘れそうになるくらいだからね」
「そっか、それなら心配いらないな。じゃあ皆仲良くな」
「はーい!」
声を揃えて元気な返事をしてくれるのを見て、俺は笑ってクーヘンを振り返った。
「じゃあ私もやってみます」
クーヘンがそう言って、作っていた布を握り締めた。
「おお、頑張れよ。かなり力を入れないと、さっきみたいに逃げられるぞ。気を付けてな」
「はい、ケンのおかげで何となく分かりました。やってみます」
真剣な顔で言われて、俺は親指を立てて拳を突き出した。
「健闘を祈る!」
「行ってきます!」
拳をぶつけ合って、クーヘンは巨大なキノコ型鍾乳洞に向き合った。
「この子がさっきから気になるんです。よし、私はこの子にします」
大きく深呼吸したクーヘンは、腰を低く落として真剣な表情で、棒状の布をそっと目的のミニラプトルのいる穴に差し込んだ。
「カ、キュウ!」
また妙な鳴き声がして、クーヘンの布が引っ張られる。
黙って見ていると、クーヘンは中のミニラプトルと、まるで綱引きをするように巻いた布を押したり引いたりし始めたのだ。
「ウ、キュウ?」
鼻にかかったような、先ほどとちょっとニュアンスの違う鳴き声がする。何となく戸惑っているようにも聞こえた。
「ほらほら。どうした?」
まるでからかうように、何度も何度も布を引いたり押し込んだりしている。
「よし、いまだ!」
不意にそう言うと、一気に布を引いたのだ。完全に不意打ちを食らった様子の布を咥えたミニラプトルが、軽々と外に引っ張り出される。
「よし!」
即座に布を離して、両手で完全に頭を掴んで押さえ込んだ。
「フー、フー、フクウ」
嫌がるように頭を動かすが、さっきの俺と違って完全に頭を決めているため手が離れる事は無かった。
「ウキュウ」
また、妙に可愛い声で鳴いてぐったりしたが、今度はクーヘンは騙されなかった。
そのまま黙って締め続ける。
「フクウ……」
まるでごめんなさいとでも言うように、鼻で鳴いたミニラプトルは、そのまま大人しくなってしまった。
「おお、凄え。完全に確保したな」
思わず呟くと、隣では腕を組んで見ていたハスフェルも頷いている。
「私の仲間になるか?」
しばらく睨めっこが続き、項垂れたミニラプトルは小さな声で答えた。
「はい、あなたに従います」
今度は雄の声だったよ。
一瞬光って元どおりになる。
「ええと、お前の名前はピノ。どうだ?」
「嬉しいです。ありがとうございます!」
答えたピノがまた光り、一気に大きくなった。
先ほどのプティラ程じゃないが、これも大きくなれるみたいだ。
「小柄なご主人なら乗せて飛べますから、必要な時には遠慮無く言ってくださいね」
「おお、そうかそうか。ありがとうな。頼りにしてるぞ」
目を細めて嬉しそうに大きなピノの鼻面を撫でるクーヘンを見て、俺達は揃って拍手したのだった。
「無事に二人共テイム出来たな。それじゃあそろそろ出るとするか」
ハスフェルの声に、俺たちは元気に返事をしてマックスとチョコに飛び乗って彼に続いた。