羽毛の生えたミニラプトル
広場の奥にあった裂け目からしばらく進んで、また別の広い場所に出た。
そこは体育館二つ分くらいの広さで、その広場の周囲を取り囲むように柱状になった鍾乳石があちこちに乱立して埋め尽くしていた。そして、真ん中部分には、一際巨大なキノコみたいな丸いドーム状の石筍が出来ている場所があった。
「うわあ、これまた不思議な世界ですね」
隣にいたクーヘンの歓声に俺も言葉も無く頷き、呆然と目の前の絶景に見惚れていた。
「ここは私もお気に入りの場所なんだよね。どう、なかなか上手く作れたでしょう?」
胸を張ったシャムエル様にドヤ顔でそんな事を言われてしまい、俺はもう笑うしかなかったよ。
マックスに乗ったまましばらく目の前の絶景を楽しんでいたが、その鍾乳石の柱の間を、時折視界を横切るようにして飛ぶ小さな生き物がいるのに気が付いた。
「あれってもしかして……」
「そうだよ、あれが次の目標。羽毛のある小さな子だから、君でも大丈夫だと思うよ」
「いや、だから俺は別に鱗が苦手なわけじゃ無いって」
笑ってそう言いながら、先を進んでいくハスフェルに続く。
近くに来ると、先ほど見たドーム状の石筍はとんでもないデカさだった。
「うわあ……これ、いったい何万年製だよ」
確か、鍾乳洞の下にある石筍って1センチ伸びるのに百年以上かかるって聞いた記憶があるぞ。となると、この巨大キノコは本当に何万年レベルだ。
「ここ、観光地にしたら人が殺到するのにな。勿体無い」
思わずそう呟くと、クーヘンが真っ青になって必死になって首を振った。
「ケン! 何を恐ろしい事を言ってるんですか。いくら凄くても、私はこんな事情でもない限り、絶対に地下の洞窟になんて入りませんよ! 貴方達が大丈夫だと言ってくださったから、一緒ならなんとかなると思って中に入れたんですよ!」
「ええ、そこまで嫌がる程か?」
驚いて彼を見ると、壊れたおもちゃみたいにブンブンと頷いている。
「ええと、地下って何か入るのに問題があるのか?」
右肩のシャムエル様にこっそり尋ねると、笑って教えてくれた。
「さっき入るときに彼が言ってたでしょう。地下は普通の人は方角が分からなくなって簡単に迷子になるんだ。手持ちの燃料が尽きて仕舞えばいきなり真っ暗だしね。だから普通の人はそう簡単には地下には入ってこないよ。あ、地下洞窟の探索を専門にする冒険者もいるよ」
「へえ、凄えな。そいつらは、何を目当てに入って来るんだ?」
「恐竜系のジェムモンスターは、ここを含めてこの世界に五つある地下洞窟にしかいないんだ。だから、恐竜のジェムは何処のギルドでも喜んで高く買ってくれるよ。ただし、身体がとんでもなく頑丈で強いから、人の子が倒すのは、まあ簡単じゃないね。ケンが今持ってるその剣なら、なんとか歯が立つかな。あ、ヘラクレスオオカブトの剣なら、恐竜でもいつもと変わらないくらいに簡単にやっつけられるよ」
高く売れるんなら、少しぐらいは確保しようかと思ったけど、それを聞いて今回は諦めたよ。
「じゃあ、ヘラクレスオオカブトの剣を作ってもらったら、腕試しでまた来てもいいかもな」
「あ、それならバイゼンの街の近くにも地下洞窟があるから案内するよ」
「おお、そうなんだ。じゃあ楽しみにしてるよ」
笑って顔を上げた俺は、鍾乳石の間を飛び交う小さなそれを見た。
「へえ、確かに羽根が生えてるな」
飛び交うその小さな恐竜は、恐らくファルコと変わらないくらいの大きさだろう。
広げた翼は羽が生え揃っていて、若干薄毛の鳥っぽくなっていた。
しかし、嘴はなくやや細長い口には小さな牙が見える。
そして長い尻尾の先にも、鳥の尾羽みたいに広がった羽根が生えていた。
足はやや長く鋭い爪も見える。
「あれ、毛が無かったらあの恐竜映画の奴みたいだな」
思い出したのは、CGを駆使して大人気になった某ハリウッド映画の恐竜のパークをテーマにしたあれだ。
「なんて言ったっけあの恐竜。あ、そうだ。ラプトルだ」
思い出して手を叩くと、シャムエル様が嬉しそうに教えてくれた。
「惜しい。あれは、ミニラプトルって呼んでるね。ご覧の通り小さいでしょう、だからミニラプトル。飛ぶのが上手でとっても賢いよ」
「ラプトルって事は、もしかして肉食?」
「まあ、そうだね。ネズミなどの小動物や、昆虫、ここにはいないけど、魚も食べるよ」
それじゃあ噛まれないように気を付けないとな。
「で、あれを捕まえるのか?」
「あれなら小さいし、連れて歩くのにも良いかと思うけど、どう?」
振り返ったハスフェルも笑って頷いている。
「まあ、確かにその通りだと思うけど、あれまたどうやって捕まえるんだよ。ファルコの時みたいに囮になるのは嫌だぞ」
「飛ばれる前に捕まえるのが一番だよ。巣があるからそこへ行くぞ」
ハスフェルがそう言い、シリウスから降りるのを見て、俺たちも顔を見合わせてマックスとチョコから降りた。
彼は静かに歩いて、あの巨大なドーム型石筍の横に来た。
「うわあ、ハスフェルが横に立ってあれって、本当にどれだけデカいんだよ」
手招きされて近くへ行くと、あの巨大キノコの横にはいくつもの穴が開いていて、あのミニラプトルが忙しなく出入りをしていたのだ。
「あの穴には巣立ち前の小さいのがいる。捕まえるならそれだな」
言われてそっと下の方の穴を覗いてみると、鳩より少し大きい程度のミニラプトルがこっちを向いて威嚇するように口を開いていた。
「カカカ」
奇妙な木を擦ったような鳴き声で鳴いている。
「あの口を見ると、素手で引っ張り出すのはちょっと怖いな」
思わずビビってハスフェルを振り返ると、彼は笑って俺の背中の鞄を突いた。
「何か、分厚い布を持っていないか? あれば、それを巻いて突っ込めば噛み付いて来るからそのまま引っ張り出してやればいいぞ」
「おお、成る程。それなら安全に引っぱり出せそうだな」
頷いた俺は、鞄から大きな布を取り出して棒状に丸めた。クーヘンもそれを見て、自分の鞄から小さな毛布を取り出して巻き始めた。
巻いた布を掴んで穴に入れようとして俺はふと思った。
「なあハスフェル、ちょっと聞いて良いか?」
「どうした?」
また腕を組んで穴の様子を見ていた彼が、驚いたように俺を見る。
「こいつを咥えさせて引っ張り出して……それで、どうすりゃ良いんだ? あの歯に噛み付かれるのは絶対御免だぞ」
「簡単さ。そのまま頭を上から押さえつけて締めてやれば良い。こんな風にな」
チョコの頭の後頭部側、首の付け根のあたりを彼の大きな手が軽く抑えて掴む。
「ああ、あれだね。毒蛇とかを掴んでる時のやり方だよな。そこを掴んだら噛まれないって言う」
笑って頷かれて、俺とクーヘンはまた顔を見合わせた。
「ちょっと、冗談じゃねえよ! だからお前を基準に物事を考えるなって! 」
叫んだ俺の横で、クーヘンも真っ青になって何度も頷いている。
「じゃあどうするんだ? 考えてみろよ」
鼻で笑った彼に言われて、俺たちはまた顔を見合わせて黙り込んだ。
「あ、上から布を被せて捕まえるのはどうだろうな?」
それなら噛まれる危険性は、かなり少なくなりそうだ。
「だけど、それなら顔を出した時に何処を捕まえるんですか? 第一布越しだと、あの羽は滑りそうですから簡単にすり抜けられそうですよ」
「駄目か、それなら……」
その時、クーヘンが手を叩いた。
「いやよく考えたら大丈夫ですよ、ケン。引っ張り出した奴が布を噛んでいる間に、素早く上から掴めば良いんです」
「あ、そっか。確かにそうだな」
頷き合って俺は布を握りしめた。
「じゃあ今度は俺がやってみるよ。危険だと思ったら手を離すから、お前も気を付けてくれよな」
「了解です」
彼も筒状にした布を握りしめて真剣に頷いた。
「それじゃあ行くぞ」
大きく深呼吸をして改めて布を握りしめた俺は、さっきのミニラプトルがいる穴を覗き込んだ。