しばしのお別れの挨拶
「ええと、じゃあこの辺りかなあ」
食事を終えてから、俺はオンハルトの爺さんのところへ行って、手持ちの作り置きでシルヴァ達が喜びそうなのを選んでせっせと渡していた。一応、お店で買ったお菓子を渡しても良いかどうかは、こっそり念話でシャムエル様に確認して許可をもらったよ。その代わりに今度バイゼンのお菓子屋さん巡りをする事になったんだけどね。
「お菓子は、このシャムエル様から許可をもらった全部乗せ巻きと焼き菓子各種、俺が作ったプリン、それからパフェ各種。アイスクリームは使いかけで申し訳ないけど全部持っていってくれ。必要ならまた作るからさ。それからサンドイッチ各種におにぎり各種、揚げ物はこれくらいあれば良いかな?」
この間、から揚げ祭りで大量に消費して在庫がかなり減ったけど、まだそれなりに色々あるからな。ロールキャベツやビーフシチュー、おでんなどの煮物も色々鍋ごと届けてもらう事にした。
「鍋も、ここバイゼンなら良いのがあるだろうからさ。見て回るのを楽しみにしてるんだよ。だから気にしないでいいって」
慌てたようにお鍋を叩いてばつ印を作る収めの手にそう言うと、納得したのか俺に向かってハートマークを作って飛ばしてくれたもんだから、俺だけじゃなくて一緒にいたオンハルトの爺さんまで吹き出してた。
全く、神聖な手に何させてるんだって。
もうこれだけあれば大丈夫だろうと思うくらいに大量に渡したところで、拍手をした収めの手は、俺に向かって手を振ってから消えていった。
「おう、それじゃあ土産も貰ったところで、俺は出発するよ」
笑ったオンハルトの爺さんは、普段と変わりなくそう言ってエルクの手綱を握ったまま俺に向かって笑顔で手を振った。
「ああ、せっかくだから城門までくらい送らせてくれよ」
慌ててそう言うと、リナさん達やランドルさんも当然とばかりに頷いてくれた。
って事で、そのままゾロゾロと城門までのんびりと歩いて行った。
到着した城門の横の広場で改めて顔を見合わせる。
「ではまた、春に会おう」
「あ……ああ、それじゃあ気を付けて」
いざとなったらこんな言葉しか出てこない自分がちょっと情けなかった。
そこで不意に思い出したよ。あるじゃん、ちゃんと俺なりの別れの言葉が。
「絆の共にあらん事を」
一つ深呼吸をしてから、必死になって笑顔を保ちながらそう言って右手を差し出す。
一瞬驚いたみたいに目を見開いたオンハルトの爺さんは、満面の笑みになって右手を握り返してくれた。
「良き言葉だな。絆の共にあらん事を」
笑ってそう言い、がっしりとした分厚い大きな手がしっかりと握り返してくれた。
「春までなんてすぐだよ。そんな顔をするな」
苦笑いしながらそう言われてしまい、俺は頷いて鼻を啜りながら笑った。多分、上手く笑えていたと思う。
ハスフェルとギイとも順に手を叩き合い、それからリナさん一家とも。最後にランドルさんとハイタッチをしたオンハルトの爺さんは、エルクの背に軽々と飛び乗った。
「それじゃあまたな」
鞍上で笑ってそう言うと、そのまま振り返りもせずに街道を進んで行ってしまった。
俺は、その後ろ姿が見えなくなるまで、無言で立ち尽くしたままずっと見送っていたのだった。
「行っちゃったよ……」
しばらくして小さな声でそう呟くと、笑ったハスフェル達に思いっきり背中を叩かれた。
「痛い! 背骨が折れたらどうしてくれるんだよ! この馬鹿力!」
振り返った俺はそう叫んだけど、ハスフェル達は笑って知らん顔だ。
「だけど俺は知ってるもんなあ。お前らの弱点をさ」
にんまりと笑って小さくそう呟くと、俺に背を向けているハスフェルとギイに背後から思いっきり膝カックンしてやったよ。
悲鳴を上げて崩れ落ちる二人を見て、同じくしんみりしていたランドルさんが豪快に吹き出し、直後にリナさん一家も揃って吹き出した。
「やりやがったな!」
「この野郎!」
即座に復活した二人が揃って俺に飛びかかって来たので、俺は悲鳴を上げて飛び下がりマックスに飛びついて周りをクルクルと走って逃げた。
しかし、すぐにギイが反対を向いて俺を挟み撃ちにしようと両手を広げて飛び掛かってくる。
「二人がかりとは卑怯なり〜〜!」
笑いながらそう言いマックスの足の間へ滑り込んで逃げる。前脚の隙間から滑って飛び出しそのまま走って逃げる。
「ケンさんをお手伝いしま〜〜す!」
笑ったリナさん達が俺の味方を宣言してハスフェルとギイの間に邪魔するみたいに入って手を振り回してくれる。
「ハスフェル、加勢するぞ!」
笑ったランドルさんがそう宣言して、ハスフェル達の側について俺を追いかけ始める。
俺は声を上げて笑いながら右に左に逃げ回り、しばしの追いかけっこを楽しんだのだった。
だんだん楽しくなってきて、子供みたいに全員揃って声を上げて笑いながら大はしゃぎして追いかけっこをしていると、何故か気がついた時には周囲をぐるっと見物客達に取り囲まれていて大声援を受けてしまい、終わりどころが分からなくなった俺達は、本気で息が切れて走れなくなるまで延々と追いかけっこをする羽目になったのだった。