夕食は空樽亭へ!
「じゃあ、よかったら夕食は奢りますよ。いつもご馳走になってばかりだし、たまにはケンさんもお休みしないとね」
にっこり笑ったアーケル君の言葉に、思わず驚いて振り返る。
「ええ、良いのか?」
「もちろん。どうしますか? 空樽亭ならこの人数でも大丈夫ですからね」
チーズフォンデュの美味かった店だな。あそこは黒ビールも美味かったし、とにかく何でも美味かった記憶しかないよ。
「じゃあ是非お願いします!」
笑った俺の言葉に、ハスフェル達も拍手していたよ。
って事で、広場を撤収した俺達は道沿いにも飾ってある個人参加の雪像を眺めながら夕食のために空樽亭へ向かったのだった。
「おお、相変わらず繁盛してるねえ」
到着した空樽亭はこの寒空にもかかわらず、外に並んだ座席にまで人があふれていた。
一応、風避けにターフみたいな幅広の布を広げて張っているんだけど、はっきり言って隙間だらけで風は吹き放題。
絶対寒いはずだけど、座っている人たちは皆笑顔で飲んだり食べたりしている。
まあ、飲んでたら寒くないのかもな。
苦笑いしながらその横を通って店の中へ入る。
店内は当然だけど満席で、喫煙スペースも所狭しと人が座っていて楽しそうに話をしながら笑顔で水煙草を燻らせていた。
ううん、俺はタバコは吸わないけど、あれはあれで楽しそうだってちょっと思ったよ。
「おやっさん! また大人数で押しかけて来たけど、上って空いてる?」
厨房に向かってアーケル君が声をかけると、前回と同じがっしりどっしりタイプのドワーフの親父さんが振り返った。
ううん、相変わらず、背は低いけどすごい筋骨隆々だなあ。あの上腕部なんて俺の太ももサイズだぞ。
それなのに、あの顎髭を綺麗な三つ編みにしている辺りが妙にチャーミングで笑っちゃうよ。
「おう、アーケル! 手前の部屋は団体さんが使ってるから、奥なら空いてるよ。悪いがちょっと忙しくって手が離せないんで、勝手に上がっててくれるか」
前回と同じく、顔パス状態だよ。
「はあい了解。それじゃあ料理はお任せするから一通りたっぷりお願いします。ええと、ビールは何にしますか?」
またしても当然のように聞いてくれるアーケル君。
「黒ビールをお願いします!」
俺がそう言って手を挙げると、何故だか全員が揃って手を挙げたよ。
「じゃあ、十人分の黒ビールをまずはお願いします」
「あいよ、了解だ!」
豪快に中華鍋みたいなのを振るっていた親父さんが大声でそう答えて、笑ったアーケル君の案内で奥の扉を開けて二階へ上がる。
「聞きました? アーケルの武勇伝」
階段を上がっていると、オリゴー君とカルン君が、苦笑いしながら話しかけてきた。
「聞いた聞いた。あの親父さんと拳で語り合ったんだって?」
俺が右の拳を見せながらそう言うと、二人は揃って吹き出しつつ何度も頷いてた。
「あいつはねえ、昔から直情型っていうか、とにかく思い込んだら一直線なんですよね。だから、誰かと衝突する事も多かったんですよ。で、一緒にいて振り回される俺達は、毎回死ぬほど散々心配もしたけど、結果として、喧嘩の相手は全員あいつを気に入って可愛がってくれるし、何らかの形であいつ自身の身になってるんですよね」
「あの人懐っこさや、人に可愛がられるのはもう才能だと思うなあ」
「ああ確かにそれは分かる気がする。なんていうか、気がついたら相手の懐に入っちゃってる感じだよな」
笑ってそう言いながら揃ってうんうんと頷く二人を見て、何となく末っ子のアーケル君が可愛がられている理由がわかった気がしたよ。
「はい、それじゃあお好きな席へ座ってくださ〜い!」
以前も来た、二階奥の突き当たりのある広い部屋へ入ったアーケル君は、振り返って笑顔でそう言うと壁面に積み上げられた椅子を下ろそうとして手が届かず飛び跳ねてた。
「確か前回もこんなんだったよな」
笑ったハスフェルとギイが、手が届かなくて苦労しているアーケル君の後ろから、軽々と積み上がった椅子を下ろしてくれた。俺も手伝って人数分の椅子を下ろしてそれぞれ席に座る。そして、やっぱりいつもと同じ席順になってて笑っちゃったよ。
しばらくのんびり待っていると店員さん達が黒ビールとスペアリブを大皿に乗せて大量に持って来てくれた。
これこれ、前回も最初に出て来たんだっけ。ガッツリ食べたけど、これすっげえ美味かったんだよ。
手早く店員さんが持って来たスペアリブの山を崩して取り分けてくれる。
と言っても、俺の分だけでも十本くらい余裕で乗ってるんだけど……どう見ても一人前じゃない量のスペアリブの山を見てちょっと遠い目になる俺だったよ。
皆大喜びしてるけど、やっぱりお前ら絶対に食う量がおかしいって。
苦笑いしつつ、前回と同じく俺の横にいつもの祭壇ようの敷布を敷いてまずはスペアリブと黒ビールを並べる。
「今日はアーケル君の奢りで、前回も来た美味しい空樽亭って店へ来ています。後の料理はここへ乗せるので、申し訳ありませんがお好きに持っていってください」
小さな声でそう呟くと、収めの手が現れて俺を撫でてからビールのジョッキを持ち上げて、スペアリブを撫で回してからお皿を持ち上げ、最後にOKマークを作ってから消えていった。
「大丈夫みたいだな。じゃあ俺もいただくとするか」
消えていく収めの手を見送ってから、ジョッキを手にする。
「じゃあ、乾杯をお願いしますよ」
待っていてくれたみたいで、全員がジョッキを手に俺を見ている。
「ああ、ごめんよ。って、俺が乾杯して良いのか?」
全員から笑顔で頷かれて、笑った俺は持っていた黒ビールのジョッキを高々と掲げた。
「では、僭越ながら。愉快な仲間達に乾杯! そして雪まつりの成功を祈ってかんぱ〜〜〜〜〜い!」
「愉快な仲間達に乾杯!」
全員の声が揃いグラスが打ち合わされる。
「くああ、ここの黒ビールはやっぱり美味い!」
グイッと半分くらいを飲み干した俺は、大きなため息と共にそう呟き、豪快にスペアリブに齧り付いたのだった。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ! ジャジャン!」
突然、聞き慣れた味見ダンスの歌と共に、目の前のお皿の横にお皿を持ったシャムエル様が現れて、もうちょっとで食いかけのスペアリブを噴き出すところだったよ。
「お、おう。お疲れさん。もう祭壇の番はしなくて良いのか?」
小さな声でそう尋ねると、目を細めて笑ったシャムエル様はうんうんと頷いた。
「だって、こんな美味しそうな食事を見逃すなんて出来ないよね。今はシュレムが祭壇に座ってくれているから、私は休憩でこっちに来たの! だから今すぐに一日中ずっと頑張ってた私を労いなさい!」
お皿を突き出しながらそう言われて、笑った俺はスペアリブを丸々一本お皿に乗せてやり、即座に出て来たいつものショットグラスに苦労して黒ビールをこぼさないように入れてやったのだった。
「ケーキは帰ってからかな?」
「そうだね。もし今夜食べないなら、私は明日でも構わないよ」
「だな、もし明日になったらごめんよ」
スペアリブをかじりながらそう言うと、笑ったシャムエル様は首を振った。
「今日は、子ども達もたくさん来てくれたからね。お裾分けのお菓子を貰ったりしたの。ああ、もちろん直接じゃなくて、貰ったのは中にあるマナだけどね。だから疲れはしたけど楽しかったんだよ」
「へえ、そうだったのか。そりゃあお疲れ様。ああ、ありがとうございます」
次に持って来てくれたスタッフさんが取り分けてくれた大きな串焼き肉のお皿を受け取り、一本丸ごとシャムエル様のお皿に乗せてから、残りを一旦敷布の上に乗せて手を合わせてから俺も串焼き肉に齧り付いたのだった。
いやあ、相変わらずここの料理は最高だねえ。さすがはプロだよ。俺の適当料理とは全てが違うって!