イグアノドン捕獲作戦
「あれ? ケンは鱗のあるのは苦手なんじゃ無かったの?」
シャムエル様にそんな事を聞かれて、俺は吹き出した。
「やっぱり、そう思われてたんだな。違うって、俺が苦手なのは長い蛇だったんだよ。だけど、セルパンのお陰で、今はもうすっかり平気になったな。あの時はごめんな、セルパン。怖がったりして」
すっかりニニの首輪の一部みたいになってる薄緑色のセルパンを突っついてやると、小さな首をもたげて俺を見て嬉しそうに目を細めて笑った。
あれ? 蛇って瞼が無かったんじゃなかったっけ? 今、目を細めた気がしたぞ。
改めてよく見てみると、ごく薄い瞼みたいなものが見える。
「へえ、こっちの蛇には瞼が有るんだ。今まで気が付かなかったよ」
「何となくその方が可愛いかと思ってね。最初に作った時にそうしたんだよ。いいでしょ?」
得意げなシャムエル様にそんな事を言われて、俺は笑うしかなかったよ。
「で、あいつをテイムするのってどうするんだ?……やっぱり、まずは叩きのめすのか?」
あれをやっつけるのは大変そうだな。なんて呑気な事を考えていたら、シャムエル様がまたしても爆弾発言してくれた。
「苦手じゃ無いなら、まずは見本でケンにやってもらおうよ。簡単だよ。あれの背中に飛び乗れば良いだけ」
「いやいや、おまっ今何つった? あれに飛び乗る? 冗談じゃねえよ。俺は曲芸師じゃねえって!」
「正確には、背中に飛び乗ってあの目を塞げば良いんだ。大丈夫だって、ちょっと暴れる程度だ」
ハスフェルまで笑ってそんな事を言い出し、俺とクーヘンは、二人揃って遠い目になった。
「だから毎回言ってるけど、大丈夫かどうかでハスフェルを基準にするなって!」
俺の本気の叫びに、クーヘンが堪える間も無く吹き出した。
「た、確かにハスフェル様を基準にされたら……かなり色々と無理そうですね」
そう言ってもう一度吹き出したクーヘンは、百枚皿の方を見て、それから俺を見た。
「私の騎獣なんですから、それなら私がやってみます。万一危なそうならお助け下さい」
……俺に言うんだ。
そこは、出来ればハスフェルに言って欲しかったな。
内心ではそう思ったが、俺は笑って親指を立てた拳を差し出した。
「おう、頑張れ!」
「はい、では行ってきます」
拳を付き合わせたクーヘンは、かなりビビりつつも大きく深呼吸をして一歩前に出た。
ハスフェルは、少し離れたところで腕を組んで俺たちを見ている。
うう、なんかその余裕のある態度、腹が立つぞ!
「で、では……背中に……背中に……無理です! そもそも背が届きません!」
勇気を出して近寄ったは良いものの、確かにクーヘンの背では、まず背中に乗るだけでも無理そうだ。
「手伝うよ。ええと……放り投げればいいかな?」
「ケン、私を殺す気ですか」
ジト目で見られて、思わず笑って誤魔化した。
「あはは。だけど、じゃあどうやって鐙も鞍も乗っていない背中に乗るって言うんだよ。ここには踏み台なんて無い……あ、あれなら何とかなるかも。ほら、いつも使ってる丸椅子!」
踏み台と言って、俺はいつも使っている丸椅子を思い付いた。小さい方の折りたたみの机に付いていた背もたれのない椅子だ。
「あ、確かに、あれなら何とかなりそうですね。貸して頂けますか?」
頷いた俺は、急いで後ろを向き、すっ飛んできてくれたサクラから丸椅子を一つ取り出した。
思わず俺達は無言で顔を見合わせて、丸椅子を見て、最後に百枚皿をゆっくりと動き回るイグアノドンを見た。
「どれか目標を決めて」
俺が、イグアノドンを指差しながら言う。
「側へ行ってこの椅子を置き」
クーヘンが椅子を指差して言う。
「一気に駆け上がって背中に乗る!」
「それで俺が即座に椅子を持って逃げる!」
続けてクーヘンが叫ぶように言い、その後を俺が引き継いでそう叫んだ。
「お願いします!」
「よし! で、どれにする?」
俺達は顔を寄せて必死になってイグアノドン達を見た。
「あ、あの尻尾の長いやつ。あれはどうでしょうか?」
「いや、あの奥にいる奴が一番小さそうだぞ」
「確かに、尻尾は長いですがあれが一番小さそうですね」
頷き合った俺達は、もう一度拳をぶつけ合った。
足音を忍ばせて、目標のイグアノドンに近づいて行く。
丸椅子を抱えた俺も、無言で後を追った。
「お、お願いします」
若干遠い気もしたが、クーヘンに泣きそうな声でそう言われて、俺は椅子を抱えて体を低くしてそっと目標のイグアノドンに近付いていった。
「クルルァー?」
やや警戒するような鳴き声がして、イグアノドンの動きが止まる。
俺達も、まるで子供の遊びのようにピタリと動きを止める。
しばらくの沈黙の後、イグアノドンはまた、何事も無かったかのように水を飲み始めた。
『行くぞ』
『お願いします!』
小さな声でそう言い合うと、俺は一気に近寄ってイグアノドンのすぐ横に椅子を置いた。目は尻尾から離さない。
俺が動いた直後に、一気に走ってきたクーヘンが、椅子に駆け上がりそのままの勢いでイグアノドンの背中に飛び上がったのだ。
椅子を掴んで大急ぎで離れる。
「うわ、うわ!うわあ〜!」
突然、イグアノドンが頭を上げて暴れ始めた。背中のクーヘンを振り落そうとして、何度も何度も跳ねて頭を振り回す。
「絶対離すかー!」
叫んだクーヘンは、両手両足全部を使ってイグアノドンの首にしがみついている。
椅子を置いた俺は、気が付いたら駆け寄っていた。
そのまま、イグアノドンの前脚の肘の出っ張った部分に足を掛けて、一気に背中に飛び乗ったのだ。
おお、今凄い事したぞ。俺。
我ながら感心したのは一瞬で、それはイグアノドンの怒りに火をつけることになってしまったようだ。
「うわ、うわ、うわあ〜〜!」
さっきのクーヘンと全く同じ悲鳴をあげて、俺も必死になって暴れるイグアノドンにしがみついた。
足は首の根元部分を締め、体全体で、クーヘンがしがみついている首に上から覆いかぶさるようにしがみついた。
結果として、俺はクーヘンごとイグアノドンの首にしがみつく格好になった。
「今だ! 今なら手を離しても俺が抑えてるから。早く!」
結果オーライの展開だったが、こうなる事は予想済みだったよ、みたいな感じで言ってやる。
「は、はいい!」
手を離したクーヘンが、そのまま身を乗り出すようにして、大きな頭に手を伸ばした。
背後から両手でイグアノドンの目を覆う。
一瞬で静かになる。
「ええと、上手くいった……?」
俺が呟き、クーヘンも頷こうとしたその時、いきなりイグアノドンが後ろ足で立ち上がったのだ。
そのまま身体を完全に垂直に近い状態にまで伸び上がらせる。
「ぎゃあ〜!」
「ちょっとこれは無理だって!」
クーヘンの悲鳴と、俺の泣き言が響いた直後、一気に前足をついてそのまま後ろ足で跳ねたのだ。
はい、ここでも慣性の法則は正しく作用しました。
勢い余って、くるりと一回転して前方に吹っ飛ぶ俺。
「ごしゅじーん!」
ニニとマックスの叫ぶ声が遠くで聞こえた。
「あ、死んだかも……」
空中に放り出された直後、俺はニニのふかふかな背中に見事に激突した。
「げふう!」
腹を下にして見事に背中にしがみ付く形で落っこちて、そのまま横にずり落ちた。
しかし、そこに待っていたのはマックスのむくむくな背中だった。
もう一度背中に当たって跳ね返り、そのまま水浸しの地面に転が……らなかった。
そこには、更にマックスの横に広がって俺を受け止めてくれたサクラとアクアがいたのだ。
更にスライム達の横には、巨大化したラパンが待ち構えていた。
「ご主人止めたー!」
「止めたー!」
スライム達が、嬉しそうにそう叫んでいる。
もう一回跳ねたら、ラパンのもふもふだったのか。ちょと残念に思いつつ、俺は笑ってなんとか起き上がった。
「皆、ありがとうな。お陰で怪我も無いよ。ええと、ところでクーヘンは無事なのか?」
慌てて振り返った俺が見たのは、イグアノドンの顔面に、全身でしがみ付いて、結果として目隠しを継続しているクーヘンの姿だった。
「うわあ、落ちなかったんだ。ガッツあるなあ」
その姿に、ちょっと本気で感心した俺だったよ。