お供え物とシャムエル様
「これは……」
「創造神様へのお供えです!」
俺が取り出したそれを見て、お供えの受付担当の神官様は戸惑うように考え込んで無言になってしまった。
だってこれは創造神様の大好物なんです!
って心の叫びをグッと堪えた俺は、考え込む神官様の様子を見てもうこの場でお供えするのを諦めて、ため息を吐いて一旦それを下げようとした。
しかし、それを見た神官様は何やら意を決したように頷き俺の腕を叩いた。
「では受け付けいたしましょう。ただし、これはお祈りと蝋燭を灯された後は、そのまま下げてご自身でお持ち帰りください。それでよろしいでしょうか」
「はい、もちろんです。それでお願いします」
「では、お名前をお願いします」
俺の返事に頷いた神官様が名前を聞いて来たので素直に名乗り、台帳に書き込むのを黙って見ていた。
「では次の方」
書き終えた神官様が、俺に一礼して次の人のところへ行くのを見送り、俺はお供えを持ったままハスフェル達のところへ戻った。
「お待たせ」
「おう、成る程。それがお供えか」
蝋燭を渡してくれたハスフェルが、俺が手にしているそれを見て吹き出す。ギイとオンハルトの爺さんも同じく笑っていたよ。
「だって、きっと疲れてヘトヘトだろうからさ。心の友としてはこれくらいはしてあげないとな」
お供えを一旦収納した俺は、そのまま全員揃って祭壇の前へゆっくりと進んで行った。
巨大な祭壇の前には、いくつものこれまた巨大な燭台が用意されていて、参拝客達が好きなところに蝋燭を立てて手を合わせている。
祭壇の左右にはお供え用の巨大な机が並べられていて、お花や果物を始め、お酒や穀物の入った袋、それから様々なお菓子などが山盛りにお供えされていた。
「ええと、どこに置くかね」
小さく笑った俺は、取り出したそれを置く場所を探す。
手にしたそれは、パン屋さんにお願いして詰め合わせてもらったタマゴサンド各種がぎっしりと入ったお弁当箱で、一応祭壇からよく見えるように蓋を開いてから、お供え用の机の端っこの果物を無理やり別の山の上に積み上げて場所を確保してからそこにお供えした。
『ふお〜〜〜〜! 夢のタマゴサンド三種盛りのお弁当だ〜〜〜! 朝ごはんだ〜〜〜〜! もうお腹ぺこぺこだったんだよ〜〜〜!』
手を合わせたところで唐突に頭の中にシャムエル様の歓喜の雄叫びが聞こえて、気を抜いていた俺は、もうちょっとでマジで吹き出すところだったよ。
なんとか咳払いをして吹き出しそうになったのを誤魔化し苦笑いしながらそこを離れて、燭台横の種火用の蝋燭から取り出した自分の蝋燭に火を灯して、燭台の開いた場所に立てる。
ここでも一応手を合わせておき、振り返ってお供えした弁当箱を見ると、当然のようにシャムエル様が現れていてお弁当箱から真ん中の分厚いオムレツサンドを引っ張り出そうと悪戦苦闘しているところだった。
『ふおお〜〜〜! 分厚いオムレツサンド最高〜〜〜〜〜!』
無理矢理引っ張り出したオムレツサンドに文字通り飛び付き、ものすごい勢いで食べ始める。
そしてまたしても歓喜の雄叫びが脳内に響き渡り、俺だけじゃなくて、同じくその雄叫びが聞こえていたハスフェル達三人も吹き出すのを誤魔化したらしく揃って咳払いをしていたよ。
『いやあ、さすがは我が心の友だね。私が何を喜ぶか良く分かってくれてる! 最高のお供えをありがとうね!』
嬉々としてそう言われて誤魔化すように笑ったが、俺はこの後重要な事実をシャムエル様に告げなければならない事に気が付いた。
『シャムエル様。よく聞いてくれよな』
『何? どうかした?』
急に真面目な声で呼びかけると、驚いて食べるのを止めたシャムエル様が振り返って俺を見上げる。
『そのお供えのお弁当箱なんだけど、俺が帰る時に持って帰れって言われたんだよ。だから、今すぐにここで食べきれない分は自分で収納しておいてくれるか』
『ふええ! それは困ります!』
ガーン! って擬音が聞こえて来そうなくらいにショックを受けてるシャムエル様の声に、逆にこっちが驚く。
「あれ? 収納しておくのは駄目なのか? 収納出来るよな?」
思わず口に出して聞いてしまい、慌てて口を押さえる。
だけど、少し離れた燭台に蝋燭を灯していたリナさん達には聞こえなかったみたいで安堵した俺は、呆然と食べかけのオムレツサンドを掴んだまま俺を見上げるシャムエル様を改めて見た。
『も……持って帰っちゃうの? これ?』
今にも泣きそうな声でそう聞かれて困ってしまう。
『いや、だから収納しておいてゆっくり食べればいいんじゃないのか?』
俺はそれでいいと思っていたんだけど、シャムエル様はものすごく悲しそうに首を振った。
『だって、これはいつものご飯と違ってお供え物だもん。今ここで私が頂いて食べる分には問題無いんだけど、私が自分でこれを収納してしまうと、これは全く違うものになってしまうんだ。もちろんタマゴサンド自体は変わらないんだけど……私にとっては、マナも無く、味気ないものに変わってしまうんだ。だから駄目なの』
お、おう。どうやらお供え物には何やら複雑な決まり事があるみたいだ。その辺りの信仰心が全くない俺には、そんな事言われてもどうすればいいのか分からない。
だけど、このまま神官様に言われた通りに持って帰るのは、お供えをこんなに喜んでいるシャムエル様に申し訳ないし可哀想すぎる。
「ううん、この際持って帰るのを忘れた事にして、このままこっそり置いていくか」
小さくそう呟くと、目を輝かせたシャムエル様はうんうんと大きく頷いた。
『空になったお弁当箱は、後で私が責任を持って収納しておくからさ。お願いだから持って帰るなんてそんな悲しい事言わないで! お願い!』
『創造神様にお願いされたんじゃあ仕方がないよな。じゃあ、弁当箱はこっちの果物の影に見えないようにして置いておくからさ。こっそり食べて、空箱は収納しておいてくれよな。証拠隠滅、よろしく!』
『ありがとう! さすがは我が心の友だね! よし! お礼に今日の最初の祝福を与える相手はケンに決定!』
オムレツサンドを再び食べ始めたシャムエル様は、あっという間に完食してしまい、嬉々としてとんぼ返りを一つしてから謎の宣言をして俺の右肩にワープして来た。
『其方に祝福あれ』
唐突に神様バージョンの声でそう言って俺の頬を叩くと、また一瞬でお弁当箱の横にワープして次のタマゴサンドを引っ張り出して嬉々として食べ始めた。
「い、い、今の何?」
撫でられた右頬を押さえながらハスフェル達を振り返ってそう尋ねると、彼らは揃って小さく吹き出し、何故か俺の背中や腕を叩いておめでとうと言って笑い始めた。
ええ、マジで今のって、一体全体何だったんだ?
多分、今の俺の頭の上には大量のはてなマークが並んでると思うぞ。