クーヘンの為の騎獣って……
「上手くいったようだな。それじゃあ、まだ時間はあるな。ふむ、どこへ行くかな」
「せっかくだから、クーヘンがテイム出来るようなジェムモンスターが良いんじゃないのか」
俺の言葉に、ハスフェルは頷いたまま考えている。
「いや、独り立ちした時のために、やはり彼にも足になる従魔がいると思ってな。しかし、この辺りには騎獣に出来そうな四つ脚のジェムモンスターも魔獣もいないんだよな」
シャムエル様も、俺の肩に座って考えている。
「確かに、何時迄も皆様方のお世話になるわけには参りません。テイマーとして、最低限の事を教えていただいたら、自分としても出来たら独り立ちしたいと思います」
おお、偉いな、ちゃんと色々考えてるぞ。
「あ、それなら……うーん、好みがあるから何とも言えないかも」
シャムエル様が顔を上げて何か言いかけたが、ちらりと俺を見て口ごもった。
「え? 何? 俺がどうかした?」
肩に座ったシャムエル様を見ると、ちょっと首を傾げながら俺を見上げた。
あ、その仕草、可愛い……。
「ケンは、毛がふわふわでもふもふしたのが好きなんだよね」
「ああ、まあそうだな。好きか嫌いかって言われたら、胸を張って好きって言うな」
「だよねー。じゃあちょっと駄目かも」
小さなため息を吐いてそんな事を言われて、俺は困ってしまった。
「あれ? これって俺が決める事か? クーヘンの騎獣になりそうな従魔の話なんだから、良いかどうかはクーヘンに聞くべきなんじゃないのか」
しかし、シャムエル様だけで無く、ハスフェルまでが俺を見ている。
「ええ、だから何で俺に聞くんだって?」
「いや、近くに使えそうなのがいるにはいるんだが、お前は嫌がるかと思ってな」
「そこまで言われたら、逆に気になるぞ。おい」
苦笑いした俺は、不思議そうに俺達を見ているクーヘンを振り返った。
「とにかく、まずはそこへ行こう。万一、どう見ても俺には無理そうだったらそう言うから」
「だな。駄目なら場所を変えよう」
話がついたので、このままその場所へ向かう事になった。
俺はマックスに、ハスフェルとクーヘンはシリウスに乗り込み、彼の案内で一旦移動した。
林を抜け、小さな川を飛び越え、一メートルぐらいの石がゴロゴロ転がる草地を駆け抜ける。
「あの石は、どれもジェムモンスターじゃなくて普通の石だな。でも、何だか妙な景色だよ。何処か見覚えが……」
しばらく考えて思い出した。あれだ、地下に鍾乳洞のあるカルスト台地っぽい。
草地から剥き出しになった石も、妙に丸みを帯びていて白っぽい。
「なあここって、もしかして地下に洞窟があったりする?」
俺の言葉にシャムエル様は目を輝かせた。
「ええ、すごいねケン。どうして分かったの? もしかして、地下が見えたの?」
「んなわけあるかよ。俺の故郷の国にも、こんな風景の場所が有ったんだよ。そこには地下に、それこそ凄い大洞窟が広がってたんだ」
「ああ、ケンの故郷にも同じようなのが有ったんだね。ここの地下の洞窟が、今回の目的地だよ。入り口はもう少し先だから、このまま走るよ」
頷いた俺は、少し離されたハスフェル達の乗るシリウスを追って一気にスピードを上げた。
「おお、本当に洞窟の入口だ」
感心した俺の声に、クーヘンも何度も頷いている。
「あの……まさかとは思いますが、ここに入るんですか?」
「そうだよ、奥までは行かないがな。目的地は少し入ったところだ」
「いやいや、そう簡単に仰いますが、地下洞窟は危険です。迂闊に足を踏み入れたら最後、出口が分からなくなって野垂れ死するって聞きます。それに中は、方角が判らなくなるとも聞きましたよ!」
真っ青になったクーヘンの言葉を聞いて、俺も不安になった。
「大丈夫だ。ここは俺の昔からの遊び場だよ」
平然とそう言ったハスフェルが、笑ってシリウスから降りる。
「おう、そう言う事なら信じてついて行きます」
かなりビビっていたが、そう言ってクーヘンもシリウスから飛び降りる。諦めて、俺もマックスから降りた。
大きな岩の亀裂は、マックスやシリウスでも余裕で入れる大きさだ。
全員ランタンを取り出して点火する。
「それじゃあ行くぞ。はぐれないようについてくるんだぞ」
先頭はハスフェル、その横をシリウスが歩き、その後ろにクーヘン、そして俺達が一番後ろをついて行った。
ランタンの明かりに照らされた地下洞窟は、文字通り本物のダンジョンだったよ。
ハスフェルがいなかったら、絶対こんな所入らないぞ。
唯一の救いは、少なくとも俺達が向かった辺りはどこも空間が広くて天井が高かった事だ。
でもまあ、見上げたら地面に向かって伸びる氷柱のような、先の尖った鍾乳石が至る所にぶら下がっているし、地面には、天井から滴った石灰を含んだ雫が積み上がった、石筍と呼ばれる石の柱がニョキニョキとこれまた至る所に育っていた。
しかし、不思議な事に、そんな中に通路らしきものがあるのだ。明らかに踏み固められたいくつかの道らしきものが存在していて、ハスフェルはそのうちの一つを進んで行った。
しばらく進むと、一気に視界がひらけた場所に出た。
「うわあ、あれなんて言うんだっけ。百枚皿? 確かそんな名前だったよな」
目の前に広がるのは、階段状に何枚ものお皿をずらして重ねたかのような、不思議な光景が広がっていた。
「だけど……俺の世界には、絶対にいなかったのがいるぞ! なあ、アレって……」
その、段々になった足場の上を、身軽に飛び回っている奴らがいる。
「ちょっとまて! あれって、あれって……どう見ても、恐竜だよな!」
思わず叫んだ俺は、間違ってないよな。
そう、百枚皿の段差のある水場をゆっくりと動き回って水を飲んでいたのは、どう見ても、図鑑でしか見た事がない、恐竜! だったのだ。
しかも子供の時、恐竜と昆虫大好き少年だった俺なら分かる。あれはイグアノドンだ……多分。
多分、と言ったのは、俺の知るそれよりもかなり小さかったからだ。多分、背中までの高さにしたら1メートル半ぐらいだろう。馬より背中の高さは低そうだ。
大きな太い二本の後脚で立ち、前足を突いて四つ脚で歩いているのもいた。
全体にかなり丸めの身体から、太い尻尾へと綺麗な流線型を描いている。尻尾は根元は太くて先に行くほど一気に細くなっている。
生きた恐竜を目の前にして密かに感動している俺に構わず、ハスフェルはクーヘンの背中を叩いてとんでもない事を言った。
「あれは、比較的恐竜の中では大人しいから大丈夫だろう。それに、あれなら草食だから旅の間の食事には事欠かない。どうだ? あれならテイムできるだろう」
「イヤイヤイヤイヤ! 何を仰ってるんですか! あんなのを私がテイム出来る訳が無いでしょうが!」
とんでもない事を平然と言われたクーヘンは、真っ青になって必死になって首を振っている。
まあ、確かに彼の気持ちも分かるよ。あれをテイムしろって言われたら、俺でもビビるな。
草食竜だって言われた所で、あの太い尻尾を見たら何の慰めにもならないって。あれに叩かれたら、正直言って俺でも一貫の終わりだと思うぞ。
成る程。さっきの二人が俺に気を使った意味がわかったよ。
セルパンの時に、相当ビビっていたのを覚えててくれたんだろう。
違う、俺は蛇が苦手だっただけで、鱗が嫌な訳じゃ無いんだよ。
込み上げてくる笑いを我慢して、俺もクーヘンの背中を叩いた。
「ほら、俺達も協力するから捕まえてみようぜ」
「絶対無理ですー!」
いつぞやの俺のような悲鳴をあげる彼を見て、俺達は堪える間も無く吹き出したのだった。