のんびり朝食と各自の好み
「ご主人! ご主人! ご主人!」
ものすごい勢いで甘えてくるマックスを抱きしめてやりながら、小さく笑った俺はもう一回マックスの顔を両手で挟んで揉みくちゃにしてやった。
「はあ、もういいか?」
嬉しそうに鼻でキュンキュンと鳴くマックスから手を離して、柔らかな耳の辺りを何度も撫でてやる。
「な、分かったか? お前が要らなくなる日なんて絶対に来ない。嫌だって言ったって、俺は絶対にお前を離さないからな」
最後に言い聞かせるように耳元でそう言ってから、そっと手を離してやる。
どうやらもうすっかり落ち着いたみたいで、嬉しそうな尻尾は今はやや早目くらいでパタパタと振られている。
「ええと、それじゃあまずは顔を洗って来よう」
ここでようやく、まだ顔も洗っていなかったのを思い出して、俺は頭を掻きながら水場へ向かったのだった。
いつものように冷たい水で顔を洗ってからサクラに綺麗にしてもらい、跳ね飛んでくるスライム達を順番に水槽に放り込んでやる。それからいつものように嬉々として水浴びにやってきたお空部隊とマックス達には、俺は退散してスライム達にシャワーをかけてもらう。
いくらすぐに乾かしてくれると言われても、この時期の水温で水遊びをする勇気は俺には無いって。
「ちゃんと後片付けしてくれよな」
「はあい、了解です!」
ご機嫌なスライム達の返事と、バシャバシャと賑やかな水音が聞こえる。
「寒さは関係無いってか。いやあ元気だねえ」
苦笑いした俺は、ひとまず身支度を整えていった。
まあ今日も雪像作りのみだから、窮屈な胸当てや剣帯は無し。
着ている厚手の下着と厚手の服。これはここバイゼンへ来てから買った冬用の服だよ。
冬装備はマントだけで大丈夫だなんて思っていた俺は、雪国舐めてました。
とはいえ、バイゼンで売っている服は当然、全部雪国仕様だからね。デザインや色にこだわりなんて無い俺は、防寒を主な目的にして冬服を見繕ったんだよ。
「さて、リビングへ行って朝飯の準備だな」
部屋を出て共用スペースにしているリビングへ向かう。もちろん従魔達も全員ついて来ているよ。
「おう、おはようさん」
部屋には、俺以外の全員が揃っていた。
どうやらマックスと戯れあってる間に、皆起きて来ていたみたいだ。
「おう、ごめんよ。すぐに用意するから、もうちょい待ってくれよな」
鞄に入ってくれたサクラから、大急ぎで作り置きのサンドイッチや惣菜パンなんかを色々と出していく。
ドリンクはホットコーヒーと買い置きのジュースを色々とミルクと一緒に並べておく。
「慌てなくても大丈夫だって」
苦笑いしたハスフェルにそう言われて、俺も苦笑いして肩を竦める。
「じゃあ、これも出しておきますのでどうぞ」
笑ったランドルさんが、串焼き肉や惣菜パンを取り出して並べてくれる。
彼のチョイスは俺とまた違うので、色々楽しめて有難いよ。
「メニューが増えるから、有り難いよ」
俺が笑顔でそう言うと、ランドルさんは照れたように笑っていた。
「あんなとんでもないご馳走をいただいた後で、これを出すのは気が引けますけどね」
「いや、だからあれは元手はかかっていないんだから、遠慮しなくていいんだって」
俺が思っていた以上に、岩豚は貴重な食材だったみたいだ。
とはいえ、俺は普通に食うよ。今度時間のある時に、あれで角煮を作ってみよう。
絶対美味い。断言。
「ええと、シャムエル様はタマゴサンド……だな。他は?」
「そっちの串焼きを一本ください!」
軽々とステップを踏みつつ、シャムエル様はランドルさんが出してくれた赤い香辛料がかかった串焼きを指差してる。
ランドルさんは、どうやら味の濃いのが好みらしく、彼が買ってくる料理はどれも唐辛子や香辛料が効いていてかなり辛かったり、塩味がガッツリ効いていたりと全体に味の濃厚なものが多い。
なのでもしかして、全体に薄味の俺の料理には物足りない思いをしてるかもしれない。
「だけど、あまり味の濃いのは体に悪いんだぞ」
って事で、気にせず俺は俺の味付けでいくよ。
だけどこっそり見ていると、ランドルさんが手にしているのは、全部俺が作ったサンドイッチだ。
あれ? 味の濃いのが好きなんじゃなかったのか? そのタマゴサンドなんて、タマゴの甘味を味わう為にかなり塩味控えめなんだけどな?
「おお、この串焼き美味しい。このピリピリと舌にくる赤い香辛料はかなり辛めで良いですね」
ランドルさんが出してくれた串焼きを食べながらわざとそう言ってみると、俺が作ったタマゴサンドを食べていたランドルさんがこっちを見て肩を竦めた。
「ああ、それは確かにピリ辛で美味いですよね。俺はついつい、屋台ではそんな感じの辛いものや濃い味付けのを買っちゃうんですよね。だけど、実を言うとケンさんが作ってくれるこのタマゴサンドみたいなのや、付け合わせで出してくれる優しい味付けの煮物なんかが大好きなんですよ。だけどああいう家庭料理的な味付けって、屋台ではなかなか無いんですよね」
「あれ、そうなんですか。てっきり濃い味付けが好きだから、もしかして俺の料理は物足りないのかと思って心配したのに」
串焼きの残りを齧りながらそう言うと、ランドルさんは驚いたように目を見開いてブンブンと首を振った。
「とんでもない。ケンさんが作ってくれる料理はどれもめっちゃ美味しいですって。これからも、是非ともこの味付けでお願いします!」
そう言って手まで合わせられたら、もう笑うしかない。
「了解、それなら良かったです。ええと、そっちも俺の料理で大丈夫……」
「ケンさんの料理はどれも最高に美味いっす!」
皆まで言わせず、アーケル君がいきなり立ち上がって拳を握ってそう断言してくれたよ。その隣では、リナさん達と一緒にハスフェル達まで、壊れたおもちゃみたいにブンブンと何度も頷いてくれてた。
ちなみに、立ち上がって断言してくれたアーケル君の左手には、残り少なくなったキャベツサンドが崩壊寸前の状態で掴まれていた。いいから早く食べなさい。
「あはは、まあ喜んで食べてくれてるなら良かったよ」
何だか照れ臭くなって誤魔化すように笑った俺は、手にした鶏ハムサンドに大きな口を開けて齧り付いたのだった。
さて、食事が終わればまた雪像作りだな。っと。