岩豚のお礼は?
「ふああ、岩豚最高〜〜! いくらでも食べられるよ」
そう呟きながら、焼けた肉に少しだけ岩塩を乗せてそのままパクリと口に放り込む。
ステーキソースや師匠特製のポン酢や味噌だれなどなど色々と試したけど、結局これが一番肉の味が分かって美味しいって事に気付いた俺は、もうさっきからずっとこれで延々と岩豚を焼いては食べての無限ループに突入している。
こんな無限ループなら大歓迎だよ。
「ケンさんの素敵な従魔達に、かんぱ〜〜〜〜〜い!」
こちらも、もう何度目か記憶に無いご機嫌のヴァイトンさんとエーベルバッハさんの乾杯の声に、俺も冷えたビールの入ったグラスを高々と上げた。
「かんぱ〜〜〜い!」
「かんぱ〜〜〜い!」
こちらも赤い顔をしたアーケル君達が、少し遅れて大声でそう言いながら揃ってグラスを上げている。
皆笑顔でとっても楽しそうだ。
やっぱり美味いもの食ったら、皆笑顔になるよな。
とはいえ追加で皆のお腹もそろそろ限界みたいで、少し前から追加で出した肉の減り具合が一気に遅くなってる。
まあ俺は、ゆっくりのんびりマイペースでいただいているから、いつもよりもしっかり食ってるくらいだけどね。
シャムエル様も大はしゃぎで相当食べていたんだけど、もう満足したみたいだ。
少し前までは、せっせと油だらけになった顔や尻尾のお手入れをしていたんだけど、今は少し膨れたお腹を上にして、俺のお皿の横に寝転がっていびきをかいて熟睡している真っ最中だ。
だけどそのおかげで、無防備に投げ出された脱力尻尾を触り放題になってる。
って事で、俺はシャムエル様の尻尾をこっそりもふりつつ、合間に岩豚と冷えたビールを楽しむというとっても楽しくて贅沢な時間を過ごしていたのだった。
「いやあ、本当にご馳走様でした」
「本当に感謝するよ。こんなに美味しい岩豚を食わせてもらったのは、俺は初めてだよ。それじゃあ、早々に俺達が厳選した地ビール各種をお届けするから楽しみにしててくれよな」
相当飲んだと思うんだけど二人とも案外平気そうで、そう言って笑っている。
せっかくだから、部屋はあるから泊まっていってもらっても俺は全然構わなかったんだけど、明日の朝イチで抜けられない仕事があるらしく、二人は明るくしたランタンを手に馬に乗って真っ暗になった中を帰っていった。
「かなり酔ってたみたいだけど、本当に大丈夫かなあ」
大丈夫だとは思うけど、万一にも途中で酔っ払って雪の中で寝ちゃいました! なんて事になったら、翌朝には凍死体の出来上がりだもんな。さすがにそれは勘弁してくれって!
玄関まで見送りに出た俺が割と本気で心配していると、俺の横にふわりと小さな揺らぎが現れた。
「ご主人、それなら私がこっそり付き添ってあげるわ。彼らがちゃんと家へ帰るのを見届けて来てあげる」
笑ったその言葉に、俺も笑顔で頷く。
「悪いな。だけどフランマはこんな夜中に外に出て寒くないか?」
今は雪は降っていないけど、それでも外は確実に氷点下だ。
「ご心配なく。火の石を持つ私には寒さは無縁よ」
「ああ、フランマは確か火の術のすごい使い手だって言ってたもんな」
俺には分からないけど、多分暖を取る方法とかがあるんだろう。
「そっか、それじゃあ悪いけどお願いしてもいいかな」
「了解、任せてね! それじゃあ行って来ます!」
ふわんと見えない尻尾が俺の手を叩いて、すぐに揺らぎが消えていなくなった。
それを見送った俺は、小さく笑って深呼吸をするとそのまま早足でリビングに戻った。
いつものごとく、スライム達があっという間に綺麗に片付けてくれた机の上を見て、小さく笑ってソファーの横で転がっているニニとカッツェを撫でてやった。
まあ、ハスフェル達はまだ飲んでいるみたいなので片付けたのは焼肉セットだけだけどな。
「ううん、それにしてもギルドマスターおすすめの地ビールかぁ。どんなのが来るんだろうなあ」
半ば無意識でまた新しい白ビールの冷えたのを取り出した俺は、ニマニマと笑み崩れながら栓を開けてすっかり綺麗になったグラスに注いだ。
ヴァイトンさんとエーベルバッハさんは、帰る際に食事代を払うと言って聞かず、呼んだのは俺なんだから代金なんかもらうわけにはいかないと言う俺との間で、しばらく平和な押し問答をしていたんだよ。
見かねたギイが俺がビールが好きだって事を二人に伝えた上で、おすすめの珍しい地ビールを彼らの気がすむまで贈ってもらうのはどうかって提案をしてくれた。
まあ、金額的にはウイスキーやブランデー、それかワインなんかの方が絶対高いんだろうけど、俺はビールと米の酒が好きなんだよ。
だけどさすがにここバイゼンでは米の酒を作ってる蔵元は無かったらしく、逆に地ビールならいくつもの優秀な小さな工房があるらしく俺もそれなら嬉しいと伝えたところ、岩豚のお礼は地ビールで返してもらう事になった。
まあ、冬中いるわけだから、バイゼンの地ビールも知っておきたいもんな。
商人ギルドのギルドマスターならそりゃあ隅々まで知り尽くしているだろうから、是非とも専門家おすすめの一品を教えていただこう。
どんなビールが届くのかを楽しみにしながら、俺はまた新しい白ビールの栓を開けていたのだった……あれ?