トカゲ退治と飛ぶあいつ
「ええと、ここが目的地なのか?」
到着したそこには、ジェムモンスターらしきものの影はない。
「ああ、そうだよ。とりあえず、近い場所で低レベルのジェムモンスターならここが良いかと思ってな」
シリウスから飛び降りたハスフェルがそう言い、クーヘンも軽々と飛び降りる。どうやらここで間違いないようなので、俺もマックスの背中から飛び降りた。
茂みの下の土の部分に、いくつか穴が空いているのに気が付き、中を覗いてみる。
直径30センチぐらいの、それ程大きくはない穴だ。どうやらここが、ジェムモンスターの住処らしい。
って事は、もしかして……。
後ろを振り向いたら、予想通りに、セルパンがニニの首輪から離れて地面に降りて来ていた。一メートルサイズの、蛇に戻っている。
おお、このサイズが一番蛇って感じがするな。
苦笑いして立ち上がった俺は、腰の剣を抜いた。クーヘンは買ってやった短剣を抜いてそれぞれ構えた。
「それじゃあ行きますね」
セルパンがそう言ってスルスルと穴の中に入っていった。
しばらく沈黙が続く。
「何が出るんだ?」
隣で剣も抜かずに腕を組んでいるハスフェルに小さな声で話し掛ける。
「気を付けろよ。それ程大きくは無いが、大きな口と歯があるので、噛まれたら厄介だからな」
「了解、気をつけるよ」
頷いた時、クーヘンがちらりと俺の方を向いた。
「あの、ケン様」
「ケンで良いって言っただろう?」
「はあ……ではケン。私は火の術で攻撃しますから、もう少し離れていただいた方が安全かと思います。範囲は限定して使いますが、モンスターが暴れる可能性もありますので」
「あ、そうなのか。じゃあこれぐらい離れれば良いか?」
横にずれて別の穴の前に移動した。
「ありがとうございます。それなら大丈夫かと思います」
顔を見合わせて頷き合った時、ハスフェルの声が聞こえた。
「そろそろ来るぞ。構えろよ」
ガサガサと穴の中で争うような音がして、あちこちの穴の中から何かが這い出て来る。
身構えた俺の前に出て来たのは、かなり大きなトカゲだった。案外体は細いが、ハスフェルの言う通りで口はデカい!
「うわあ、あれって全長2メートルはあるか?」
「噛まれないようにな。顎の力は案外力が強いから、迂闊に噛まれたら簡単に肉を持っていかれるぞ」
「やめてくれ! それは嫌だよ!」
思わず叫んだ俺は、大口を開けて突進してくるトカゲを思いっきり叩き切った。
あっさりとジェムになって転がるのを横目に見て、次々と飛び出してくるトカゲ達を必死になって斬り続けた。足元はサクラとアクアが守ってくれている。クーヘンの足元にはドロップもいた。
「こいつら、デカい割に案外動きは鈍いんだな!」
「ああ、まあお前なら大丈夫だと思うが、油断するなよ」
後ろから掛けられた声に、頷いて剣を握り直した。
ようやくトカゲが途切れた時を見計らって振り返ってクーヘンを見ると、彼は持っていた短剣を振りかざして、飛び出してくるトカゲ達に火の玉を投げつけていた。
短剣から飛び出すソフトボールぐらいの火の玉が弾ける度に、トカゲが一気に何匹もジェムになって転がるのが見えた。
「やるな!」
俺の声に、クーヘンがこっちを見て笑った。
「自分の食い扶持ぐらいは稼がないとね」
「良いぞ、頑張れ!」
その後も俺達は、ハスフェルがもう良いと言うまで、せっせとトカゲをやっつけ続けた。
「そろそろ良いぞ。お疲れさん」
ようやくトカゲ達が途切れた頃、後ろから声をかけられて俺はハスフェルを振り返った。
「何だよ、俺達だけ戦わせておいて、自分は見物か?」
「まあな。お前らの戦い方を見せてもらったが、二人共無駄な動きが多すぎるぞ」
組んでいた腕を解いたハスフェルの言葉に、俺達は顔を見合わせて口を尖らせた。
「んな事言ったって、こっちは素人なんだからさ。何が良いのかさえ分からないって」
「いやいや、ケン。超一流の魔獣使いが何を言ってるんですか? 貴方が戦い慣れていない?ご冗談を」
「あはは、そうだったっけ?」
とりあえず、笑ってごまかしておく。
その後、スライム達が転がったジェムを拾い集めている間に、ハスフェルから地面に近い獲物を斬る時の方法や、効率的な術の使い方なんかを教わった。
まあ、下手な相手に言われるのと違って、彼に言われたらもの凄く説得力があるよ。俺とクーヘンは、必死になって教わった事を体を動かして確認していた。
午前中いっぱい、トカゲの巣穴の前で頑張り、ようやくなんとなくハスフェルの言いたい事が分かってきた。
確かに、効率的な動きと言うのはあるよ。それが出来るかどうかはまた別だけどね。
「そろそろ良いかな。お疲れさん、場所を変えよう」
ようやく掛けられたその声に、俺達は思わずその場に座り込んだ。
「腹減った! ここを離れたら、昼飯にしようぜ」
剣を収めた俺がいうと、クーヘンも笑って短剣を鞘に戻した。
「俺は喉が渇きました」
そう言って、背中に背負っていた鞄から水筒を取り出して水を飲んでいる。
「確かに喉は乾くな」
頷いた俺も、置いてあった鞄から水筒を取り出して水を飲んだ。
「じゃあ、林の前まで下がろう。あそこなら安全だ」
ハスフェルの指示で、俺達は一旦少し離れた林まで戻った。手早く買ってきたサンドイッチを取り出して配る。コーヒーも、ピッチャーに入れてもらったのをそれぞれのカップに注いだ。
俺が机と椅子を取り出したのを見て、クーヘンは大喜びで手を叩いて笑っていた。
「野営で机と椅子を出す方を初めて見ました!」
「ええ、だって、あったら便利だろう?」
「そりゃあ確かに便利ですけど、普通は持って来られませんって」
「確かに、収納の能力が無いと無理だろうな」
俺の言葉に、クーヘンはもう一度笑って何度も頷いていた。
手早く食事を済ませて後片付けをした俺達は、ハスフェルの案内で別の場所に移動した。
「それでここは何が出るんだ?」
今度連れてこられたのは、足首までの下草が生えている中にまばらに大きな木が茂る、林と呼ぶにも少々情けない木々の数だった。
しかし俺は、これらの大きな木々がどうやらブナの木、つまり、全てどんぐりがなる木である事に気が付いた。
「もしかして、リスか?」
小さく呟いて木を見ていると、またしてもセルパンがスルスルと一本の木に這い上がって行くのが見えた。
すると、太い木の幹に開いた穴から何かが飛び出して来たのだ。
「あれはモモンガ! いやムササビか? あれ? どっちだ?」
俺が叫んだ時に見たのは、セルパンから逃れて、大きく広がって飛んで逃げるモモンガだかムササビだったのだ。
「いやいや、でもやっぱり大きさがおかしいって!」
どう見ても、別の木に飛び移ったそいつは一メートル四方どころの大きさでは無かった。
「あれは、レッドシュガーグライダー。身体の皮膜を使って滑空するんだよ」
俺の肩に現れたシャムエル様の言葉に、俺は顔を上げた。
「シュガーグライダーって事は、モモンガかよ。うわあ、ちょっと欲しいかも」
目を輝かせて木を見上げると、上空を旋回していたファルコの声が聞こえた。
「ではちょっと脅してやりますから、叩き落してテイムすれば良いですよ」
頷いた俺は、剣を鞘ごと構える。クーヘンは何をするのかと、興味津々で俺を見ていた。
「よし、やってくれ!」
剣を握りしめて俺は叫んだ。
急降下してくるファルコを見ながら、俺は密かに心の中でガッツポーズを取っていた。
よし、実はフクロモモンガって、一度飼ってみたかったんだよな。