街道から街へ!
ようやく出発した俺達は、街道目指して進んでいた。
時折現れるスライムを倒して、燃料にも売り物にもなるジェムを確保するのも忘れない。
もちろん、主に戦ってくれたのはニニだよ。俺も時々、マックスの背から降りて頑張ったけどね。
おかげで、スライムなら何とか戦えるようになったよ……多分。
そして明るいうちに何とか、無事に目的の街道に行き当たった。
しかし、まずはその街道に出る前に、俺はそれほど多くは無い通行人を密かに観察してみる事にした
まず街道は、驚いた事に石畳みが全面に渡って敷かれていた。その両横には低木樹の茂みがあり、時折背の高い木も植わっている。これも明らかに人の手で植えられたもののようだ。
行き交う通行人も様々で、俺みたいに鎧と剣を身につけている者、槍や弓らしき物を持った者もいる。あれが恐らく冒険者達なんだろう。
普通の服装で数人並んで大きな荷物を担いで歩く人もいる。どうやら殆どの人は、基本的には武器は装備していないみたいだ。
他には、見るからに魔法使いっぽいローブのような裾の長い服を着て、長い杖を持っている者もいる。
見たところ、皆、普通の人間みたいだ。
「お、馬車が走ってる。あっちは荷馬車だな」
時々、馬に乗っている者や、沢山の荷を乗せた荷馬車も見える。
馬も、俺が知ってる馬と変わりないように見える。
「あれって、馬……だよな?」
「そうだよ。ってか、それ以外の何に見えるの?」
肩に乗ったシャムエル様に聞いてみると、何を当たり前の事を聞くんだ?みたいな不思議な顔をされた。
だって、一応異世界なわけだから確認しないとさ……でも、なんか地味に傷付いたぞ。
「で、勝手に街道に出て良いんだよな?」
今の俺達は、雑木林の中で半ば隠れるようにして街道を見ているのだ。
「構わないよ、行こう。日が暮れる前に街へ入らないとね」
どうやらまだしばらくはチュートリアル期間中らしく、シャムエル様も一緒に来てくれるみたいだ。
俺はマックスに合図して、雑木林から出てゆっくりと街道に入った。
ファルコも今は俺の肩に留まっているので、これで、俺の仲間は全員集合な訳だ。
ニニとマックスが茂みを乗り越えて街道に入ると、近くにいた剣を持った冒険者らしき男達が、それを見て慌てたように腰の剣に手をやり構えたのだ。槍を構えた人もいる。冒険者は全部で四人。今にも剣を抜いて攻撃してきそうな勢いだ。
俺はマックスの背の上から必死で手を振って、彼らに呼びかけた。
「あの! こいつらは俺の従魔ですから大丈夫です! お願いだから攻撃しないでくださーい!」
俺の声が聞こえたその人達は、呆気にとられたようにマックスの背中に乗る俺を見て、苦笑いして抜きかけていた剣を戻して、剣から手を離してくれた。
よしよし、まずはファーストコンタクト成功だ。
「驚いた。こいつら全部、お前さんの従魔だってのか?」
先頭にいた大柄な男性が、片手を上げて話しかけて来た。
「はい、そうです。あ、こんな見かけですけど大人しいんで大丈夫ですよ」
マックスの背中に乗ったまま俺が答えると、その男の人は呆れたようにマックスを見上げ、隣に並ぶニニを見た。
「大人しいって……無茶言うなよ。こっちは初めて見る柄だが、レッドリンクスの亜種の魔獣だろうし、お前さんが乗ってるのは、どう見てもヘルハウンドの亜種の魔獣だろうが。しかもこのデカさの魔獣なんて……そんなのが大人しい訳があるかよ」
俺はその言葉を聞いて、思わず肩に座っているシャムエル様を見た。
「そうなのか?」
「まあ、普通はそうだろうね。そもそもこれ程の強さの魔獣をテイムできる魔獣使いは、特に今では殆どいなくなっちゃったからね」
ああ、例の地脈が弱ってどうのって言ってたアレの所為だね。
「成る程。でもそれなら、これからはまた強い魔獣使いも現れるんじゃないのか?」
「そう思うけど、まあ……元に戻るには、かなりの時間が掛かるだろうね」
肩をすくめるシャムエル様の言葉を聞いて、俺も肩を竦めた。
「他は知らないけど、こいつらは俺が知る限り大人しいよ」
まだ警戒している彼らにそう言い、動かない彼らの前を横切って、俺は山が見える方へ歩いて行こうとした。
「なあ待ってくれよ。こっちへ行くって事は、レスタムの街へ行くのか?」
最初に話しかけて来た男が、慌てたように追い掛けてきてまた話しかけて来る。
「ええと……」
誤魔化しつつ横目でシャムエル様を見ると、頷いていたので、俺もそのまま頷く。
「そのつもりだけど、何か問題でもありますか?」
すると男達は、困ったように何か言いかけたが揃って口をつぐみ、顔を見合わせて何やら相談し始めた。
「……それってどうなんだ?」
「……だけど、別に魔獣使いが来るのを禁止する決まりは無いだろう?」
「いや、だけど……そもそもあんなでかい魔獣……入れてくれるか?」
「あれだけ大きな魔獣だからな……」
「だけど、知ってて知らん顔をしてたら……後でこっちが……から何か言われないか?」
漏れ聞こえる彼らの会話に、何やら不穏な単語が並んでるんですけど!
シャムエル様をこっそり見ると、こちらもまた、何やらブツブツ言いながら考えてる。大丈夫かよ、この創造主様。
かなり不安になって見ていると、シャムエル様は不意に顔を上げた。
「君の出身地は影切り山脈の麓の樹海だって言ってね。そう言えば、大丈夫だから。ニニちゃんとマックスは、そこでテイムした。良いね」
「影切り山脈の樹海だな。分かった」
シャムエル様の思いの外真剣な声に、よくわからないものの、思わず俺も真剣に頷いた。
「なあ、お前さん、身分証はあるか? 一体どこの出身だよ」
身分証らしきものは、荷物の中には無かったな。
「身分証は持ってないよ。出身は……影切り山脈の麓の樹海だ」
正に、たった今決まった出身地を名乗った瞬間、男達の顔色が変わった。
「やっぱりそうか。それなら納得だ。足止めして悪かったな。失礼した。どうぞ構わず行ってくれ」
はじめに話しかけた男がそう言うと、他の人達も苦笑いして手を振ってくれた。
「ありがとう。それじゃあ失礼します」
俺も手を振り返し、街の方へマックスを進ませた。
少し離れて彼らがついて来るのは、まあ彼らも街へ向かってるから当然なんだろう。
周りの人達も、先程の冒険者達と殆ど反応は変わらない。
明らかに警戒して武器を構えるか、怖がって逃げるかのどちらかだ。
マックスとニニを見て、悲鳴をあげて走って離れていく人もいる。何て言うか……それはそれで傷付くんですけど。
仕方がないので、出来るだけ驚かせないように、道路の端を一列になってゆっくりと歩く。
しばらく進むと、街道の先に高い城壁が見えて来た。
「おお、やっと見えて来たな。あれが、そのレスタムって街か?」
「そうだよ。だけど……大丈夫かなあ……」
シャムエル様のつぶやきに、不安が膨らんでいく。
「さっきの冒険者が言ってたけど、もしかして、街には入れない可能性もある?」
不安そうな俺の声に、シャムエル様も困ったようにしている。
「大丈夫だとは思うんだけどね。まあ、とにかく行ってみよう。最悪の場合、もう一日野宿の可能性もあるけど、お天気は良いから雨の心配はいらないよ」
おお、心休まる予報をありがとう。
まあ、もう一日ぐらいニニの腹で寝ても構わないけど、やっぱり街へ入れないのは困るよなぁ。主に、俺の食生活改善の為に!
「それより、ちょっと聞くけど、さっき言ってた影切り山脈の麓の樹海って何だよ。冒険者達の態度が変わっただろう?」
気になってた事を質問すると、シャムエル様は顔を上げた。
「影切り山脈ってのは、例の地脈がとても強く出ている場所でね。当然そこに現れる魔獣もジェムモンスターも、他とは桁違いに強い。その樹海には謎の民が住むっていわれててね、まあ実際、本当に住んでる人達がいるんだけど、彼らは樹海からほとんど出てこないからね。外ではほぼ伝説級。まあ君なら会ってもらえると思うから、いつか会いに行ってみるといいよ。だけど、今はまだやめた方がいいね。今の君の腕なら樹海で確実に死ぬから」
何それ怖い! そんな怖い所行きません! 本気で震える俺を見て、またシャムエル様が冷たい目で見るし……。
何だよ。拗ねるぞ、俺は!
「じゃあ、俺がその樹海出身だって言っても、誰かに迷惑をかけるような事は無い?」
「それは大丈夫。保証するよ。ってか、この強さの魔獣を複数連れてる君の出身地が、それ以外だと逆におかしいって。まあ、何か聞かれても、外に出たばかりでよく分からないって言っておけばいいからね。じゃあまた後でね」
小さな声でそう言うと、シャムエル様は消えてしまった。
「また後でね、って事は、まだチュートリアルなのかね?」
小さく呟いて前を見ると、城門の前にいた兵士が、俺達を見て何やら叫んでいる。
見なかった振りをして、ようやく到着した街の入り口である城門へ入るために、俺は気を取り直して列の最後尾に並んだんだが、武器を持った兵士達が走って出て来たよ……。
列に並んでる人達まで、皆こっち見てるし。
めっちゃ目立ってるんですけど!
近くまで来た兵士達だが、俺の周りにいるだけで、何も話しかけて来ない。何なんだよ、逆に怖いぞ、これ。
まあ、俺の方から話しかけるのも何だし、俺は兵士達は無視して、大人しく列が進むのに合わせてゆっくり前に進んだ。
一時間ぐらいは並んだと思うが、ようやく俺の順番がやって来た。
「ええと、身分、証明書、は……あり、ます、か……」
マックスとニニを見た受付の兵隊さん、めっちゃビビってるんですけど。
ごめんね、デカいけどこいつら怖くないからね!
「あの、持ってないんですが、街へ入るには幾ら払えば良いんでしょうか?」
下手に出て、俺は、マックスの背から降りて背中のカバンを下ろした。
「身分証を、お持ちでないなら……銀貨一枚、貴方が持てない従魔は一頭につき銅貨一枚です……」
「持てないって事は、こいつはどうなります?」
肩に留まったファルコを見ると、兵隊さんは首を振った。
「貴方の肩に留まってますからいりません。ですがその二匹は必要ですね」
別の人が出て来てそう言うので、俺は銀貨を二枚取り出して渡した。あとから出て来たその人が、受け取って何も言わずに銅貨を八枚返してくれた。
「街の中では、従魔の扱いと管理はしっかりお願いしますよ。万一何かあれば、全て貴方の責任になりますのでご留意ください」
「了解です」
お釣りの金を受け取って頷くと、とにかく急いで中へ入った。
「おおすごい、大きな街じゃん。へえ……うん、あれだな、旅行のパンフレットで見たドイツの街みたいだ」
城門を入った俺が目にしたのは、大きな建物が整然と並ぶ広い道と、道の先にある大きな広場だった。
確かに、パンフレットに載っていた綺麗な街並みにそっくりだ。
「ええと、まずはその冒険者ギルドを探すか。そこで街の情報を仕入れて、これからどうするか考えないとな」
周りを見回して小さく呟く俺の肩に、またしてもシャムエル様が現れた。
「無事に中に入れたね。じゃあまずは冒険者ギルドへ行こうか」
「ああ、そう言ってたよな。で、何処なんだ?」
当然知ってると思って尋ねると、シャムエル様は、驚いたように目を瞬いて首を傾げた。
「さあ、個別の建物の中までは、私が作ったんじゃないから知らないよ」
当然シャムエル様が知ってると思って油断していた俺は、まさかの事態に困ってしまった。
「ええと、どうしようかな……」
その時、邪魔にならないように道の端で立ち止まって、困っている俺の肩を叩く人がいて、俺は文字通り飛び上がった。