水晶樹の取り引き方法
「ええ〜〜〜〜〜! それはもしかして水晶樹!」
突然の全員揃った大声に、持っていた水晶樹の葉っぱを落っことしそうになって慌てて持ち直す。
「一体どこで手に入れたんですか! しかもどこも欠けていない完全な状態!」
「うっわあ、すげえ。こんなデカい葉は初めて見る」
ランドルさんの悲鳴のような言葉に続き、感心したようなアーケル君の呟きが聞こえる。
「ええと、実を言うと庭の鉱山跡を探索してて、水晶樹を発見しちゃいました」
誤魔化すように笑いながらそう言うと、リナさん一家とランドルさんは揃って同じ反応になった。
要するに、ポカンと口を開けてまたしても完全に固まってしまったのだ。もう、瞬きもせずに固まる六人。
「なあ、これ……どうすればいいと思う?」
二度目の完全フリーズに、俺はもう笑いが止められない。
「だから水晶樹を発見したなんて言ったら、普通はこうなるんだって。分かっただろう?」
苦笑いしながらのハスフェルの言葉に、俺も困ったように笑いつつ頷く。
「あはは、確かにこの反応を見ると、俺が思ってた以上に大事みたいだな」
手にした水晶樹の葉を収納してから、もう一度ランドルさんの目の前で手を振ってみる。
……全く反応無し。
もう面白いのでそのまま放置しておき、しばらくしてようやく元に戻った彼らに一応、一本だけ発見したってことにして話しておいた。
もちろん、その現場へ繋がる坑道は封鎖されてるって言うと、それは当然だと真顔で言われたよ。
俺なんかよりも、ランドルさんやリナさん一家の方が、事の重要性を理解してたみたいだ。
「だけど実を言うと、これを一枚ずつは少なくともランドルさんとリナさん、それからアーケル君とアルデアさんにはもっていてもらった方が良いんですよね」
もう一度、さっきの水晶樹の葉を取り出して見せながら、先ほどの地下坑道の広場であったニニやカッツェ達のマタタビもどきの大騒ぎの一件も詳しく話しておく。
「ええ、従魔達が万一理性を失って主人の声が届かなくなった時に、これがいわば気付け薬になると?」
驚くリナさんの言葉に俺達は揃って頷き、オンハルトの爺さんが取り出してくれたあの水に浸した葉っぱを見せてやった。
取り出した途端に、やっぱり部屋中に吹き抜ける爽やかな空気。
全員揃って思わず深呼吸したよ。
「はあ、快適……って事で、一枚ずつ渡すから念の為持っていてください」
出来るだけ小さそうな葉っぱを取り出して渡そうとしたんだけど、誰も受け取ってくれない。
「いや、ケンさん……話は解りましたが、はいそうですかと、気軽に受け取れるようなものじゃあないですよ」
困ったようなランドルさんの言葉に、リナさん達も揃って首がもげそうな勢いで頷いている。
「ええ、だけどできれば持っていてもらいたいんだけどなあ」
俺も困ったようにそう言うと、リナさん達はランドルさんと顔を突き合わせて相談を始めた。オリゴー君とカルン君も、アーケル君から従魔を譲って貰うって話になっていたらしく、それぞれ真剣な顔で話を聞いている。
しばらくして話が終わったみたいで、リナさんとランドルさんがそれぞれ大きく頷き合って揃って俺を振り返った。
「では、リナさん一家と俺の六人で、その葉を一枚だけ買わせていただきます。後日改めてギルドを通して正式に買い取りをしたいのですが、それで良いでしょうか」
真顔のランドルさんにそう言われて、一枚ずつは最低でもすぐに渡すつもりだった俺の方が驚く。
「ええ、後日改めて? しかも六人で一枚だけ?」
「もちろんです。正直言うと、六人でも予算的には一枚買い取るのはかなり厳しいですね。出来ればその三分の一もあれば充分なんです。あの、もしも割れたり欠けたりしたのがあれば、そちらを譲っていただけないでしょうか」
「ええ、そんなちょっと?」
予想外のお願いに、俺は困ってしまってハスフェルを振り返る。
「なあ、こう言ってるんだけど……どう思う?」
「まあ当然そうなるだろうな。それならこれを渡してやれ。ほら、さっき預かった分だよ」
苦笑いしたハスフェルが、そう言って俺が持っている半分よりもまだ小さいくらいの葉っぱを一枚だけ取り出して渡してくれる。よく見ると、その葉は半分に割れていて、いくつかヒビも入っているように見えた。
「ああ、それなら何とかなりそうですね」
安堵したようなリナさんとランドルさんの声が重なる。
「こんなので良いのか?」
思わずそう言うと、ランドルさんとリナさんがまたしても揃って首がもげそうなくらいにうんうんと頷いてる。
「では、ギルドに正式に依頼を出しますので、それを受注して納品してください」
「ええ、そこまでする程? 今ここで渡せば良いのに」
まさかの展開に驚いてそう言うと、全員から真顔で否定された。
どうやら、水晶樹の売買をする時は、ギルドを通じてした方が良いらしい。
まあ、貴重なものらしいからギルドに一枚噛んでおいてもらった方が安心って事か。
「了解だ。じゃあ、そういう事にしよう」
苦笑いした俺がそう言うと、ランドルさんとリナさん達は揃って真顔で安堵したように笑って頷いていたのだった。
ううん、もっと気軽に渡せるかと思ってたんだけど、思った以上に大変な事みたいだね。
苦笑いした俺は、素知らぬ顔でそっぽ向いているシャムエル様の尻尾をこっそり突っついてやったのだった。