猫にマタタビ?
3月16日、アーススターノベル様より、もふもふとむくむくと異世界漂流生活の第一巻が発売になりました!
書き下ろしもあります。れんた様の超可愛いイラストの数々も必見です。
そして本のあちこちにいろんな仕掛けがあってこれまた超可愛いので、是非手に取って見てみて下さいね。
どうぞよろしくお願いします!
『おおい、何処まで行ってるんだよ〜〜』
一本道を先行しているはずのハスフェル達に全然追いつかなくて、苦笑いした俺はこっそり念話で話しかけた。
『おう、早く来てくれ! 俺達ではちょっとこれはどうしようもない!』
『頼むから早く来てくれ!』
何やら妙に焦ったハスフェルとギイの念話が届き、俺は驚きに目を見開く。
「ええと、俺はハスフェル達と念話で話が出来るんですけど、何かあったみたいでなんだかすごく慌ててます。とにかく急ぎましょう!」
何があったのかは分からないけど、彼らがあそこまで焦るなんてどう考えても只事じゃない。
嫌な予感に身を震わせつつ、俺はほとんど走るみたいにしてそう言いながら先を急いだ。当然、ヴァイトンさん達も即座に後をついて走って来る。
俺の言葉に一切質問しないのは、とにかく急ぐと言ったからだろう。ううん、さすがに皆場慣れしてるね。
ほぼ全力疾走状態でやや狭くなった坑道を走り抜け、その先にあった広場へ勢いを殺さずにそのまま飛び込んだ俺達。そこにハスフェル達がいるのは分かってるんだから、警戒する必要はないだろうとの判断からだ。
ここは普通の広場みたいで、さっきの広場みたいに水晶樹の森になっているわけでも、ジェムモンスターの群れが待ち構えているわけでも無かった。
だったら、何をあんなに慌てていたんだ?
周りを見渡して、時に危険は無さそうだと判断した俺は、少し先に立ち尽くしているハスフェル達に駆け寄った。
「なあ、一体何があったん……おい、これは何だ?」
慌てて駆け寄り話しかけた俺だったけど、目に飛び込んできたその光景に、途中で言葉が途切れて思わずそう聞いたよ。
だって、そこにはニニとカッツェをはじめとした、巨大化した猫族軍団全員が完全に脱力してゴロゴロと転がりまくっていたのだ。当然だけど、巨大化したタロンもいるよ。
特にニニやカッツェなんて完全に目が逝っちゃってて、口は半開きになって涎が垂れてる。しかもクネクネと体を地面に擦り付けるようにして悶えているんだから、何事かと聞いた俺は間違ってないよな。
「いや、何だと言われてもご覧の通りの有様だよ。俺達が到着した時点で、既にこうなってたんだ」
「しかも完全に理性が何処かへ吹っ飛んでるみたいで、俺達でも近寄ったら襲われそうになったんだよ。頼むから何とかしてくれ」
真顔の二人にそう言われて、俺は絶句したよ。
「いや、お前らに無理なものを俺に何とかしろって言われても……」
丸投げされてしまい、途方に暮れる。
さすがにあの状態のニニの側に行ったら、本気で噛まれるか本気で引っ掻かれるかのどちらかで、一瞬で俺の異世界人生が終わる未来しか見えない。
「無理だって、小さい時ならいざ知らず……」
小さい声でそう呟いた瞬間、ふと思いついたある事実に無言になる。
これは検証する必要があるな。
「ニニ、一体どうしたんだよ!」
危険なので、念の為に手の届かない範囲から大きな声で呼びかけてみる。
当然だけど、予想通りに全く反応無し。
「これは明らかにあの状態だよな。しかし、こうなる原因が分からないんだけどなあ……」
ごく小さな声でそう呟きながら、周囲を見渡してまたしても無言になる。
正直言って見たくなかった、俺の予想通りのブツが目に飛び込んできたからだよ。
それは、掌よりももうちょい大きいくらいの焦茶色の楕円形の塊だ。
どうやら、壁面の裂け目から大量に雪崩れて落ちてきたらしいその焦茶色の石を、俺は手を伸ばしてベリーに教えてもらった通りに引き寄せて一つ確保する。
これまた予想通りで、手にしたそれは石よりもはるかに軽くてちょっとゴツゴツしている。念の為に顔を寄せて匂いを嗅いでみたが、何となく焦げ臭いような気がするくらいでほとんど香りはない。
「やっぱり、どう考えてもこれが原因だよなあ。ううん、しかしどうすりゃあいいんだ?」
手にしたそれを見ながら困っていると、ハスフェル達が不思議そうに駆け寄ってきた。
「その石がどうかしたのか?」
「ううん、これは初めて見るな。軽石にしては色が変だなあ」
へえ、この世界にも軽石って有るんだ。
妙なところに感心しつつ、俺は手にしたそれをハスフェル達に見せた。
「多分だけど、これが原因なのは間違い無い」
「何なんだよ。それ?」
ギイが不思議そうにそう尋ねるので、俺は大きなため息を吐いた。
「ええと、その前にちょっと尋ねるけど、この世界にマタタビってあるか?」
「マタタビ?」
ハスフェルとギイの声が揃う。
ヴァイトンさん達は、オンハルトの爺さんと一緒に少し離れたところで大人しく待ってくれてる。
まあ、従魔達のあの状態を見たら、そりゃあ離れるよ。俺でも怖いのに、走って逃げないだけまだ勇気があると思うくらいだ。
『マタタビってのは、俺の元いた世界にあった植物でさ。猫科の動物に効くんだ。それを与えるとまるで酔っ払ったみたいにデロンデロンになって、まさに今みたいな状態になる。当然理性もどっかへこぼれ落ちるから、迂闊に手を出したりすると思いっきり引っ掻かれて流血の大惨事になるんだ』
『おいおい、そんな物騒な物、どうするんだよ』
焦ったようなハスフェルの言葉に、俺は苦笑いして首を振った。
『酒と違うのは、後に残らないって事。デロンデロンに酔っ払ってたくせに、不意に意識を取り戻したら、何かありました? って感じに、全く普通に戻るんだよ。だから、解決策としてはこのマタタビもどきを取り上げてやればいいんだ。そうすれば、しばらくしたら元に戻ると思うよ。多分だけど』
「つまり、従魔達がおかしくなった原因のあの焦茶色の石を、従魔達の側から全部排除しろって事だよな?」
ヴァイトンさん達にも聞こえるようにだろう。ハスフェルが大きな声でそう言うので、俺も頷いて大きな声で返事をした。
「多分それで元に戻ると思うぞ。これがどういう物なのかは、まあ後で調べるって事で」
そう言いながら、横目で右肩に座ったシャムエル様を見る。だけど、さっきから俺と一切目を合わせないところを見ると、多分これの原因もシャムエル様のいつもの大雑把が原因と見た。
恐らくだけど俺の世界の猫が喜ぶマタタビの存在を知って、こっちでも従魔達に楽しんでもらおうと思って体に合わせて大きくしてみました〜〜〜! みたいな展開だと見た!
無言の俺達の視線の集中攻撃を受けて、尻尾で顔を隠していたシャムエル様がうんうんと頷く。
『うう、ごめんなさい、ケンが考えてる通りです。だって、すごく喜ぶって説明書に書いてあったからさ! まさかこんな事になるなんて思わなかったんだもん!』
『一体何の説明書だよ!』
念話で答えてくれたので、俺も念話で突っ込む。
『これです!』
そう言って、頭の中にイメージとして届けてくれたそれは、ペットショップで見慣れた、俺も何度か買った覚えのある、二色の箱のマタタビのパッケージに書かれた説明だった。
(猫ちゃんのストレス発散に! 元気が無い子に活力を! 猫ちゃん大喜び間違いなしの便利なマタタビ粉末タイプ! 爪研ぎに振りかけるのもお勧めです!)
(猫ちゃんのストレス発散に! 元気が無い子に活力を! 豪快に遊ばせるなら粒タイプがお勧め! おもちゃに入れたら大はしゃぎ間違いなし!)
それを見て膝から崩れ落ちた俺は、間違ってないよな!