超高級空気清浄機?
「あの! いいからとにかく頭を上げてください。そんなままでは話も出来ませんって!」
三人揃って土下座せんばかりに頭を下げている彼らの背中を叩き、とにかく顔を上げてもらう。
立ち上がったものの、まだ小さくなっている彼らを見て大きなため息をついた俺は、改めて目の前に広がる不思議なガラスの森を眺めた。
「あれ? なあ、ほら見てくれよ。あそこに通路が出来てるぞ」
このガラスの森は広場全体に隙間なく広がっていて、一面がランタンの光を受けてキラキラのピカピカ状態なんだけど、広場の壁面に近い場所に、細い空間が出来て奥まで伸びているのに気が付いてそっちを指差した。
「ああ、確かに。そうか、先に従魔達が通って行ってるんだから、通路が出来ているのは当然か」
苦笑いしたハスフェルが、折った枝を手にしたまま歩いてそっちへ向かう。
その途中で思い出したらしく、振り返ったハスフェルは持っていた枝をこっちへ向けて振って見せた。
「今更だけど、これ、貰っても構わないか?」
「全然構わないから好きなだけどうぞ。ってか、ちょっと質問だけど、実際にこれを使って何をするんだ?」
そう言って、手にしたままだったガラスの葉っぱもどきを見つめる。
「何ってお前……」
一瞬で持っていたガラスの枝を収納したハスフェルが、俺の質問に何故か絶句している。
「そうか。こう言うところは……異世界人なんだと実感するな」
最後はヴァイトンさん達には聞こえないくらいの小さな声で呟き、手を伸ばしてもうひと枝手折って見せる。
「うああ〜〜〜超貴重な枝をそんな簡単に折るんじゃねえよ!」
それを見たヴァイトンさん達三人がそう叫んで、何故かその場に座り込んでしまった。
「ええと……?」
ハスフェルを見ると、おかしくてたまらないとばかりに笑いながら手にした枝を見ている。
そして、顔を覆って座り込んでいるヴァイトンさん達。
『なあ、とにかく説明を求めます! 一体何がどうしてこうなってるんだよ!』
どうにも俺には意味が分からなくて、こっそり念話でハスフェルにそう頼む。
「どうやらケンは知らないみたいだから教えてやるよ。まず、これは創造主からの贈り物と呼ばれる、文字通り特別な植物なんだよ」
同じく、いつの間にかひと枝手折っていたギイが、それを俺に見せながら苦笑いしながら教えてくれる。
「まあ、貴重な物だってのは分かるけど、具体的に、何をするのに使うんだ?」
「そうだなあ、例えば……」
ギイは手にした枝を見ながら少し考えていると、こちらもいつの間にかひと枝手折っていたオンハルトの爺さんが満面の笑みで進み出てきた。
「例えばこの葉を一枚、水盤の中に落として部屋に置くとしよう」
「うん、するとどうなるんだ?」
「しばらくすると、水盤の水を含んだ葉は、ゆっくりと膨らみ中にあるマナを放出し始める」
「へえ、葉っぱだけになっても水を吸うんだ。そういうところは植物っぽいなあ」
「お前は相変わらずだなあ。感心するところはそこかよ」
呆れたようなギイの突っ込みに、俺は笑って誤魔化しておく。
「マナは、生きとし生けるもの全ての根幹に関わるものだ。命あるもの全ての源と言っても良い」
ヴァイトンさん達は、オンハルトの爺さんの説明を聞きながら壊れたおもちゃみたいにぶんぶんと頭を振って頷いている。
「しかし、そのマナに我らは通常、見る事も触れる事も出来ぬ。マナとはそういうものだからな」
「触れる事も、見る事も出来ないのに、そこにあるのは分かるんだ」
苦笑いしながらそう言うと、呆れたようにオンハルトの爺さんは上を見上げた。
「じゃあ、お前さんが日々息をして吸い込んどるそれは何だ? 触れる事も見る事も出来まい?」
「まあそう言われればそうかな。ああ、だけど水の中にあれば空気は見えるし、場合によっては捕まえる事だって出来るぞ。凍らせてしまえばいいんじゃね?」
「ああ、確かにそれならまあ無理矢理だが見る事は出来るのう。お前さんはやっぱり面白い考え方をするもんだなあ」
妙に嬉しそうにそう言われて、俺は誤魔化すように肩を竦めて笑う。
「で、そのマナが放出されると、具体的にどうなる訳?」
何故か全員が呆れたように俺を見る。
「まあ、ここは実体験してもらうのが一番よかろう」
笑ったハスフェルが、一旦ガラスの枝を収納してから大きな木のお椀を一つ取り出して地面に置いた。
それから大きな水筒を取り出して、木のお椀に並々と水を入れる。
そして、さっき収納したガラスの枝を取り出し、10センチほどのやや小さめの葉っぱを一枚そこからちぎって水を張った木のお椀にそっと入れた。
普通の葉っぱのように、まず水面に浮かんだその葉っぱは、しばらくするとなんだか膨らみ始めた。
まるでクッキーを焼いた時みたいに、平べったくて薄っぺらだった葉っぱが、多分1センチくらいの厚みにまで膨れた。
そしてそのままゆっくりと水の中に沈んでいく。
全員が無言でその様子を息をするのも忘れて見つめていた。
しばらくして感じたのは、じっとりと湿気ていた地下の空気の中に、突然、春の日差し差し込む草原の真ん中にいるかのような爽やかさが駆け抜けていく感じだった。実際には風が吹いた訳じゃないんだけど、もう、そうとしか言えない感じの快適さだったよ。
そしてその後に広がる、なんとも言えない爽快感。気がつけば、俺は目を閉じて何度も深呼吸をしていた。
言ってみれば、森林浴の時に出るマイナスイオンだとか、アルファ波とか、正直何だかよく分からないけど快適で良いものみたいに言われていたそれらを、多分ものすごく濃くしたみたいな感じだ。
とにかく気持ちが良い。そして爽やかで快適だ。こんな日も差さない地下にいるというのに。
「ううん、これは素晴らしい」
「ふむ、確かに素晴らしい。マナの安定度も恐らくだが最高値に近いだろう」
ハスフェルとギイの呟きに、座り込んだままのヴァイトンさん達はもはや声も無い。
「成る程。これはこの世界のリフレッシュ用品、いや空気清浄機な訳か。しかも最高級の。成る程なあ……これは多分、王都の貴族の人達とかにめっちゃ喜ばれるんじゃね?」
これまたぶんぶんと首がもげそうな勢いで頷くヴァイトンさん達を見て、俺はもう笑いが止まらないのだった。
どうやら、ジェムや素材だけじゃなくて、こっちでもまだまだ俺達に大儲けさせてくれるみたいだ。