水晶樹の森
「ええ〜〜〜〜! 何だよこれ。ガラス細工の森か?」
思わずそう叫んだのも無理はなかろう。
ランタンの明かりに照らされた広いホールは、そう言いたくなるくらいにあり得ない光景が展開されていたのだ。
「これ、一体何なんだ? 透明な木に見えるけど……」
そう呟きながら、無意識にゆっくりと進み出てそれを近くで見てみる。
背の高さは、大きい物でも1メートルくらいだから、いわゆる垣根とかの低木樹くらいなんだけど、まるで本物のガラス細工みたいに、幹も枝もそして掌ほどの大きさの葉っぱも、それら全部がほぼ完全な透明だったのだ。
「綺麗だなあ……」
これまた無意識に手を伸ばして、その葉っぱを掴んでみる。
すると、全く力を入れていないにも関わらず、ごく軽い音がして簡単に葉っぱが根本から折れてしまった。
そこまでやって、我に返って真っ青になる俺。
これがもしも何が毒があるとか、折れたらいきなり襲いかかってくるジェムモンスターだったりしたら、もう俺終わってるじゃんか……。
ガラスの葉っぱもどきを手にしたまま無言でパニックになっていると、背後からものすごく大きなため息が聞こえてきた。
「またお前は、考えなしに動くんじゃねえよ」
呆れたようなハスフェルの呟きに、俺はギシギシと音を立てそうなくらいのぎこちなさで振り返った。
「ええと……俺、またなんか不味い事した?」
半泣きになりながらそう尋ねると、何故かハスフェルだけでなく全員がほぼ同時に吹き出したよ。
「いや、大丈夫だから安心しろ。ほら。別に折ったからって襲って来るような事は無いよ」
俺の考えている事なんてお見通しとばかりに笑ったハスフェルがそう言って、手を伸ばして葉が数枚付いたままの枝を根元から折って見せてくれる。
この時も、まるでガラスが割れるみたいな軽い金属音がしてたよ。
「はあ、よかった。また何かやらかしたかと思って本気で焦ったよ」
割と本気でそう呟くと、ガラスの枝を持ったハスフェルが反対の手で俺の頭を突っついてまた笑った。
「いやあ、まさかここで水晶樹の森に出会うとはなあ。ここまで大きなのは俺も初めて見るぞ。どうする?」
「確かにそうだな。俺もここまで大きな水晶樹の森にお目にかかるのは初めてだよ。ううん、しかしここを通らないと奥へ行けないんだよな。これはどうすべきだ?」
何故かハスフェルとギイにオンハルトの爺さんまで加わって、手にしたガラスの枝を見ながら困ったように顔を寄せて相談を始めた。
「ええと、そもそもこれって何なんですか? 俺は初めて見ますけど、何か貴重なものだったりします?」
そう言って。先程から全く一言も言葉を発せず呆然と立ち尽くしたままのヴァイトンさん達を振り返った。
「いや、何と言うか……」
言葉を探すように考え込んでしまったヴァイトンさんにエーベルバッハさんとアードラーさんが駆け寄っていき、こちらも三人で顔を寄せて、何やら真剣な様子で相談を始めてしまった。
「ええと、水晶樹って何なんだ?」
一人取り残されてしまった俺は、仕方がないので少し離れてから右肩に座ったシャムエル様に小さな声でそう尋ねた。
「ええとね、あれは彼らが言った通り水晶樹って言って、ものすご〜〜〜〜く珍しい完全な暗闇の中でしか育たない植物なんだ。しかもあれは、行ってみればマナの結晶って言ってもいいレベルに、マナの塊なんだ」
「へえ、あれってやっぱり植物なんだ」
透明である事を除けば、一応形は低木樹そのものって感じだ。まあ、普通の植物はガラスみたいな透明にはならないけどな。
「ええと、マナって確か目には見えないって言ってなかったっけ?」
一番最初にマナとは何か、みたいな説明を聞いた時に、そんな事を聞いた覚えがちょっとだけある。まあほとんど覚えてないとも言うけど。
「だから透明なんだ。見えないんだから当然でしょう?」
何を当たり前の事を。みたいに言われて考えてしまう。
まあ透明だから、見えていないと言えばそうなのかな?
これも深く考えたら色々と分からなくなりそうなので、全部まとめて疑問は明後日の方向へぶん投げておく。
考えても理解出来ない事は、こうするに限る!
「要するに、マナは命あるものにとっては無くてはならないもので、それを身近に感じることは、非常に快適に感じるし実際身体にも良い効果があったりするんだ。私が最初にこの水晶樹を作ったのも、これを使って人々を癒せないかって考えたからなんだ」
「お、ちょっと神様っぽい発言いただきました」
からかうように小さな声でそう言ってやると、シャムエル様は何がおかしいのかケラケラと声を上げて笑っていた。
だけどヴァイトンさん達は全くの無反応。ううん、相変わらず、この辺もどうなってるのか意味不明だねえ。
「だけど、完全な暗闇って言うと、こんな風に廃棄された地下鉱山くらいしか無くてさ。なかなか世間に出回らないんだよね。だからここに作ってみたの。どう? これを使って皆の役に立ててもらえるかな?」
「ええと、それは全然構わないけど、具体的にはどうするんだ?」
まさか手当たり次第に配るわけにもいかないだろうし、困ってそう尋ねてシャムエル様が何か言おうとした瞬間、ヴァイトンさん達が揃ってものすごい勢いでこっちを振り返った。
「ケンさん。無茶を承知でお願いしたい! この水晶樹を少しだけでもいいから各ギルドに分けてもらえないだろうか! 金はなんとかする! 必ず集めるから!」
「無茶は承知のお願いだ! これほどまでに育った水晶樹は値段がつかんほどに貴重なものであるのは分かってるが、せめてひと枝なりとも各ギルドにも分けてはもらえないだろうか!」
「全職人を代表して。どうかお願いいたします!」
そう言って頭を下げる三人は、地面に土下座せんばかりの勢いだ。
「いや、あの……とにかく顔を上げてください」
しかし、俺の言葉にも無反応で地面に這いつくばらんとばかりにさらに頭を下げる三人を前に、またしても気が遠くなる俺だったよ。
なんでこう、毎回俺の理解を超えたいろんな事が起こるんだよ。
なんと言うか、もうちょっと俺は普通でいたいんですけど〜〜〜〜〜!