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戦わないという事

「従魔達の健闘に、乾杯だな」

 席についた俺に、苦笑いしたハスフェルが持っていたビールの入ったグラスを掲げてくれる。

「おう、それと愉快な仲間達に乾杯!」

 半ばヤケになって、俺はそう言って栓を開けたビールの瓶を持って高々と掲げた。

「愉快な仲間達に乾杯! ケンさんが無事で良かったですよ」

 ランドルさんも同じく苦笑いしながらそう言ってくれ、リナさん一家も同じくそれぞれ持っていたグラスを掲げてくれた。

 そのあとは追加の肉や野菜を入れては鍋を炊き直し、その度に争奪戦が起こっては笑い合った。

 何となく皆はしゃぎ過ぎてる気がしたけど、まあ、俺に気を遣ってくれてたんだと思うよ。



「はあ、それにしても宿泊所の部屋まで押し入って来るとは思ってなかったなあ」

 山盛りに取り分けてやったお椀の中に手を突っ込んでは、肉を引っ張り出して嬉々として齧っているシャムエル様の尻尾をコッソリともふりつつ、俺は小さくそう呟いて豆腐を切って口に入れた。

「熱っ!」

 慌てて息を吸って口の中を冷やし、それから冷えたビールをぐいっと飲む。

 うん、鍋にビールって良いコンビだよな。

 なぜかもう中身が無くなってるビール瓶を見て、俺は首を傾げながらサクラの入った鞄から冷えたビールを追加で取り出した。



 追加の具材もほぼ食べ切り、なんとなくそのまま酒盛りになだれ込んだ頃、リナさんとアルデアさんが、揃って冷えたビール瓶とグラスを持って俺の隣へ来てくれた。

「大丈夫でしたか?」

 アルデアさんが冷えたビールを追加で俺のグラスに注いでくれたので、お礼を言って俺も手持ちのビールを注ぎ返す。

「まあ、驚きましたけどね。従魔達が守ってくれましたから、俺はここでボサッと突っ立って見てただけです」

 苦笑いしながらそう言うと、真顔の二人が俺の顔を見ながら遠慮がちに口開いた。

「その、大変失礼な質問をする事をお許しください。もしやケンさんは、人を相手には剣を抜かない誓いを立てておられるのでしょうか?」

「へ?」

 一体何事かと身構えていたところに来た意外すぎる質問に、思わず間抜けな声が出る。

 ええ? どうしてそういう展開になるんだ?



 しばし無言でお互いに言葉を探して見つめ合っていたが、口を開いたのは意外な事にハスフェルだった。

「驚かせてすまんな。リナさん、アルデアも」

 無言で振り返る二人と俺を見て、立ち上がったハスフェルがグラスを持ってこっちへ来てリナさん達とは反対側の椅子に座る。

「こいつはちょっと色々と特殊でな。正直に言うと対人戦闘はずぶの素人と大差ないと思ってもらっていいぞ」

 それにはリナさんだけでなく、ランドルさんまでが一緒になって驚きに目を見開く。

 俺は全くもってその通りなので、大きなため息を吐いてうんうんと頷いていたよ。

「ええ、それは有り得ないのでは? だって、ケンさんの剣の腕は相当なものですよ」

 まあ、それなりに長い付き合いになってるランドルさんの言葉に、リナさん一家も揃って頷いている。

 ハスフェルとギイは、顔を見合わせてから揃って肩を竦めて俺を振り返った。

「彼と俺達は同郷だって話をしましたよね」

「影切り山脈の樹海のご出身だって」

 リナさんの言葉に、ハスフェルが頷く。



 俺は話の展開が全く読めずに、黙ってハスフェルを見ていた。



「樹海と一口に言ってもとても広くてね。そこには様々な人々が集落を作って暮らしている。多分、俺でも全部は知らないなあ」

 嘘つけ〜〜〜! と、内心で突っ込みつつ黙って話を聞いている俺。

「彼がいたのは、かなり奥地ではあったが樹海の中では相当平和な場所にあってね。そこの人達は基本的に戦いを好まず共同で仲良く暮らしていた」

「いわゆる平和主義の村だよ」

 横からギイがそう言ってビールをぐいっと飲み干す。

 なんとなく俺が持っていた冷えたビールを空になったグラスに入れてやり、また新しいビール瓶を取り出す。

「そこから来た彼は、いわゆるナイフや包丁、農具以外の武器を持った事がほぼ無かった。俺も正直言って初めてそれを聞いた時は耳を疑ったがね」



 学生時代に農業体験ってのがあって、鎌を使って米の収穫ってのをやった事があるから、まあこの説明は間違ってないな。ナイフや包丁、カッターナイフくらいは俺でも平気で使ってたし。


 俺が武器を使った事がないって話を聞いて、リナさん一家とランドルさんから驚きの声が上がる。

 まあ、この世界の一般的な人達の武器保有率は知らないけど、冒険者なら間違いなく武器は装備してるよな。

 ついでに言うと、今日の強盗みたいに簡単に人を襲おうとする奴は実はその辺に普通にいる世界だもんな。俺、こっちの世界に来てから、何回殺されかけただろう……。

 今までの事を思い出して遠い目になる俺だったよ。



「つまり、特に何か誓いをしているわけではなく、本当に対人戦闘の素人であると?」

 苦笑いしつつ揃って頷くハスフェルとギイ、それからオンハルトの爺さんを見て、ランドルさんとリナさん一家が、まるで珍獣を見るかのような目で俺を振り返った。

 誤魔化すように笑ってみたけど、誰も笑ってくれない。

「まあ、一人で彼が旅をすると言ったとしたら、俺は本気で止めただろうな。死にたくなければ樹海へ帰れと。だが彼には、旅の初めからマックスとニニって最強の従魔達がついていた。その後も順調に従魔達は増え続けて、しかもどの従魔も彼に心底懐いている。となればまあ、人相手に非戦闘を貫くとしても、それもいいかなと」

「成る程。確かに、これだけの様々な従魔がいれば、どんな場面でも彼を守ってくれますね」

 なぜかこの説明で納得したらしいランドルさんとリナさん一家が、しみじみと頷き合っている。

「本当ならもう少し早くこの説明はしておくべきでしたね。まあそんな訳なんで、万一人と戦闘になった場合、彼本人は戦力に数えないでやってくれ。普段から、人相手に戦うくらいなら、マックスに乗って走って逃げると公言しているようなやつなんでね」

「ああ、マックスちゃんに乗っていれば、相手がどれほどの大人数だったとしても、間違いなく逃げられますね」

 リナさんが、これまた納得したようにそう言って大きく頷き、立ち上がって部屋の隅で転がるマックスの所へ行った。

「そうなのね、マックスちゃん。これからもご主人を守ってあげてね」

 笑ってそう言い、そっと手を伸ばしてマックスの額を撫でる。

「もちろんです。何があろうとも絶対にお守りしますからね!」

 起き上がってワンと吠えたマックスが得意げにそう言う。尻尾は最高速度の扇風機状態だ。

「そうなの、良い子ね」

 言葉は通じてないだろうに、笑ったリナさんはそう言ってもう一度マックスを撫で、それから隣にいたニニも撫でてから席に戻ってきた。

「人を相手には非戦闘を貫く。素晴らしい事だと思います。誰しも人を相手に戦いたくは無いわ。ケンさんには、彼を守ってくれる従魔達がいるのですから、このままで良いと思います。私も、従魔達がいる今ならそう言えます。万一、人を相手の戦いになれば遠慮なく従魔に乗って逃げます、ってね」

 リナさんの自分も逃げます宣言に、部屋は拍手に包まれたのだった。

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