この後の予定と街に積もる雪
「じゃあ、どうしますか? もう今日は休憩の予定だったので、俺はいつでも構いませんよ」
俺の言葉に顔を見合わせたヴァイトンさんとエーベルバッハさんは、揃ってこれ以上ないくらいの満面の笑みになり立ち上がった。
「ではお休みのところを申し訳ないが、このまま冒険者ギルドへ行って、そこで商談させてもらっても構わないだろうか」
俺達が泊まっているこの宿泊所は、冒険者ギルドのすぐ隣にある建物だ。大体どこの街でもギルド経営の宿泊所は、隣かすぐ近くの並びにあるんだよな。
「了解、じゃあちょっと行ってくるよ」
笑った俺も立ち上がり、チョコレートフォンデュで大満足してすっかり寛いでる仲間達を振り返った。
「おう、じゃあ俺達も一旦各自の部屋に戻るか。夕食までまだ少し時間があるし、俺はちょっと仮眠させてもらうよ」
欠伸をしたギイの言葉に、ハスフェル達も苦笑いしている。
まあ、俺も言われてみればちょっと眠い気もするんだけど、今のところ大丈夫だから目が覚めてる間に用事は済ませておこう。って事でこの場は一旦解散となり、各自の部屋へそれぞれの従魔達と一緒に戻っていった。
全員が部屋へ戻るのを見送ってから、俺もスライム達が一瞬で入ってくれた鞄を持つ。
「すぐ戻るから、留守番しててくれよな」
マックスの頭を撫でてやり、暖房器具の前でとろけている猫族軍団を振り返る。
右肩にシャムエル様、鞄のポケットの中にハリネズミのエリーが潜り込んでるだけだ。
それを見て、ファルコが羽ばたいて俺の左肩に留まってくれた。
「護衛役だな。ありがとうな」
そう言ってファルコを撫でてから、ポケット越しにエリーもそっと叩いてやる。
「じゃあ、行きましょうか」
扉の前で待っててくれたヴァイトンさんとエーベルバッハさんに謝り、鞄を持った俺も部屋から出ていった。一瞬、暖房器具は消した方が良かったかなとも思ったんだけど、寒がりの猫族軍団が可哀想だ。
まあ、ベリーがいてくれるから暖房器具は別につけっぱなしでも大丈夫だよな?
「うわあ、もう雪が積もってる! そりゃあ寒いはずだよ!」
宿泊所の外へ出た俺は、帰って来た時とは一転した真っ白になった街並みを見て驚きの声を上げた。
綺麗な石畳が敷かれた道は、今はもう降り積もった雪で一面真っ白になってる。
一応まだ人通りはあるので、それなりに踏まれて凹んでいる部分もあるんだけど、一日でこれだけ積もるのなら、きっともっと本格的に降り始めたらすごい量が積もるんだろう。
目を輝かせて周囲を見回し、まだ少しだけ降っている真っ黒な雲が広がる空を見上げた。
「なんだなんだ。ケンさんは雪を見るのは初めてか?」
外に出るなり子供みたいな反応をしたせいだろう、二人揃って何やら妙に優しい笑顔で俺のこと見てるし。
さすがにちょっと恥ずかしくて誤魔化すように笑って、思わず右肩に座ったシャムエル様を見る。
『なあちょっと質問。俺の故郷設定になってる影切り山脈の樹海って雪とか降るの?』
念話でこっそりとシャムエル様に質問すると、驚いたみたいに俺を見てから少し考えて首を振った。
『影切り山脈の辺りは、基本的に温暖な気候だから雪はほとんど降らないね。それこそ数年に一度、ごく稀にちょっと降るくらいかな。積もることなんてまずないね。だから、そこ出身のケンが雪を知らないのは当然だと思うね。ハスフェル達はまあ、旅慣れてるから当然雪の怖さを知ってるよ』
『成る程、了解だ』
それなら、元の世界の俺が住んでいた地域とほとんど変わらないな。
じゃあ、せっかくだから初めの雪体験を楽しませてもらおう。
「いやあ、初めてってわけじゃあないんですけどねえ」
まだ少し降っている雪を見上げながら嬉しそうに笑う。
「俺の故郷って、ほとんど雪らしい雪って降らなかったから、こんなに積もってるのを見るのは初めてなんですよ。うおお、踏んだら凹んだ!」
誤魔化すように笑いながら、一歩踏み出して綺麗に積もった雪を踏んでみる。
サクッと軽い音と共に凹んで少し溶ける雪。ごく薄く積もっている程度だから、踏んだところだけ溶けて少し黒くなってる。
「あはは、本当に子供みたいだな」
「だがまあ、初めて積もってる雪を見るのなら気持ちは分かるよ。言っておくが、本格的に降り始めたらこんなもんじゃあないからな。それこそ俺の身長くらい積もるぞ」
エーベルバッハさんがそう言って笑い、建物の上を指差す。
「ここの街の建物は、四角いのが多いだろう。実はどこの建物も、屋根は後ろ側に向かって全体に少し下がって傾斜がついてるんだよ。屋根にはまっすぐな溝が引いてあって、積もった雪がごく軽い振動で流れて建物の背後へ落ちるようになってるんだ。だからバイゼンの建物の裏手には、どこも雪を積んでおくための広い裏庭があるんだよ」
「ああ、ヴォルカン工房の裏手に妙に広い裏庭があったのって、そういう意味なんですね」
その説明にものすごく納得して頷く。
「道側に屋根の雪を落とさず、裏庭側に全部落とす。逆に言えば、それくらいしないと駄目なくらい雪が降るって事だな。すげえ、ちょっと楽しみになってきたよ」
雪の怖さを知らずに無邪気に喜ぶ俺を、エーベルバッハさんとヴァイトンさんは苦笑いしながら見ていたのだった。