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どうしてこうなった再び

「放せー!」

 ハスフェルに襟首を掴まれたまま、ジタバタと暴れる小さな子供改め小人(クライン)族は、身体に相応しい子供のような甲高い声で叫びながら、ハスフェルの腕を何とか蹴ろうと必死になっていた。

「放せばいいのか?」

 すると、そう言ったハスフェルが、いきなり掴んでいた手を離したのだ。

 コロコロと石畳の地面を転がったそいつは、即座に起き上がって逃げようとした。

「クキュウ!」

 しかし、シリウスが前足でそいつを思いっきり踏みつけたのだ。

 そいつはうつ伏せの潰れたカエルみたいにぺちゃんこになって、奇妙な声を上げた。

「お、お許しを!悪気はありません……どうか食べないでください!ひいい!」

 情けないくらいにガタガタと震えて、シリウスに踏まれたそいつはそんな事を叫んでいる。

 何しろ巨大なシリウスの顔が、奴の耳のすぐ後ろで、ものすごい音でふんふんと匂いを嗅いでいるのだ。

 まあ、知らない奴にしたら、あれは喰われると思うぞ。

「食われたくなかったら、何故我々の後を付けたのか白状しろ。誰に頼まれた?」


 あ、ハスフェルの声が怒ってる。


 思わずマックスごと半歩下がるくらいに、ハスフェルの怒った声は怖いぞ。

 俺はちょっと、あのクライン族に同情した。あんな声で尋問されたら、俺だったらもう、有る事無い事全部白状するよ。


「だ、誰にも頼まれておりません。何の事ですか!」

「ほう、知らんと言うか?」

 尋問しているハスフェルの目が細くなる、怖い! マジで怖いって!

「待って!ハスフェル。そいつは嘘は言ってないよ」

 突然シャムエル様が口を挟んだ。

「何だと?」

 だから、そんな怖い顔で俺を見るなって!

 無言でビビる俺に構わず、振り返ったハスフェルは奴を放ったまま俺のところへ来た。

 仕方がないので、マックスから降りる。

 ハスフェルは、俺の肩にいるシャムエル様を見て、口を尖らせた。


 あ……その拗ねたみたいな表情は、ちょっと可愛いかも。


 現実逃避する俺を放って、ハスフェルとシャムエル様の会話は続いてた。

「じゃあ、何で後を付けたのかって聞いて! いいから早く!」

 どうやらシャムエル様には、何か分かった事があるみたいだ。渋々頷いたハスフェルは、まだ踏まれて震えているクライン族の側まで行ってしゃがんだ。

「じゃあ質問を変えよう。誰にも頼まれていないのに、一体何が目的で俺達の後を付けたんだ?」


 ハスフェル……その優しい声は、さっきよりもっと怖いよ。

 だけど、それを声に出して言う勇気は俺には無いけどね。


 若干遠い目になる俺を置いて、尋問は続いていた。

「それは……」

「答えたくないなら、答えたくなるようにしてやろうか?」


 だから怖いって! その優しい声!


 どうやら、俺とクライン族の意見は一致していたようで、奴はまたしてもガタガタとみっともないくらいに震え出した。

「ちょっとは痛い目を見ないと、口が開かないようだな」

 にっこり笑って拳を握った彼を見て、俺は思わず目を閉じようとした。

 しかし、その時突然見えた何かに気付き、慌てて目を見開いた。


 クライン族の男がハスフェルに殴られようとしたその時、何かがいきなり奴の懐から飛び出してきたのだ。


 俺と同じく、それに気付いたハスフェルが咄嗟に奴を掴んでいた手を離して後ろに飛んで下がった。

 さすがに素早い!


「はあ? スライム?」

 俺とハスフェルの声は、見事にハモった。


 何と、奴の懐から飛び出して来たのは、直径20センチ程の、小さなオレンジ色のスライムだったのだ。

 そいつは、いつもサクラやアクアがしているようにビヨンと伸びて、奴の前に盾のように広がったのだ。

 まあ、広がったと言ってもせいぜい倍くらいだから、居酒屋に置いてあったトレー程度の大きさにしかなっていなかったけれどね。だけど、これだけあればハスフェルの拳からは奴を守れただろう。

 呆気に取られる俺達に構わず、奴は慌てたように手を伸ばした。

「戻れ! ドロップ。お前なんかの敵うような相手じゃない! 俺の事はいいから戻れ! 早く戻れ!」

 必死になって叫ぶ姿は、心底スライムの事を心配しているみたいだ。しかし、呼ばれたスライムは小さく震えたきりで懐に戻ろうとはせずに、何度も伸び上がって広がり、奴をハスフェルから守ろうとしていた。


「ハスフェル、ちょっと待てって。とにかく話を聞いてやれよ」

 黙っていようと思っていたが、さすがにこの展開には同じテイマーとして口出しせずにはいられなかった。

 あれは、どう見ても彼がテイムしたスライムだろう。到底敵わないであろう相手であっても、我が身を盾に主人を守ろうとするなんて健気なスライムじゃないか。

 すると、クライン族の男は、泣きそうな顔を上げて俺を見た。

「貴方様が、噂の魔獣使いでいらっしゃいますか!」

 驚いた俺は、思わずそいつを見た。

「噂がどうなのかは知らないけど、確かに俺は魔獣使いだよ」

 すると、そいつは両手を握りしめて頭の上に上げて、大きな声で叫んだのだ。

「どうかお願いします! 私を、私を貴方様の弟子にしてください!」



 沈黙……。



 その場にいた全員、誰もしばらくの間、声を出す事さえも出来なかった。

 突然の話に、驚きのあまり声も無い俺とハスフェル。そしてシャムエル様。

 叫んだ切り、両手を握り締めたままうつ伏せになって祈るように動かないクライン族の男。


「シリウス、もういい放してやれ」

 大きなため息を吐いたハスフェルの指示で、シリウスが押さえていた前足を引いた。

 あ、背中に巨大なシリウスの肉球スタンプ付きだ。

 小さく吹き出した俺は、ハスフェルに断ってそいつの側へ行き、起き上がるのに手を貸してやった。

 伸びていたスライムは、今は元の丸い形に戻って足元にいる。

「ドロップって言うのか? こいつ」

「あ、はい。なんだかこいつが雨の雫みたいに見えたもんで、ついそう呼んじまったんです。そうしたら、そのまま名前として認識したみたいで……あ、申し遅れました。私はご覧の通りの小人(クライン)族の出身で、クーヘンと申します。どうか私を弟子にしてください。お願いいたします」

 改めてそう言うと、地面に頭が届くくらいに深々と頭を下げられた。

 ハスフェルは黙って俺達の会話を聞いている。

「悪いけど俺は弟子なんかとった事ないよ。俺は、ちょっと事情があってかなり知識が偏ってるんだ。クーヘンに教えてあげられるような事は、何も無いと思うぞ」

 そう言いながら、肩に座っているシャムエル様を見る。


「なあ、そんなの無理だよな。俺はそもそもどうやってテイムしているのかも、よく分かって無いのにさ」

 小さな声でそう話しかけると、シャムエル様は苦笑いしながら俺の顔を見た。

「私は賛成だけどね。クライン族は皆優秀な魔法使いでもあるんだ。彼は火の魔法を使う。かなり優秀だよ。敵意が無いのは確認したから、まだ、ユースティル商会からの襲撃が無いとは言えないこの状況を考えると、仲間にするなら良い人選だと思うけどな」

 その声はハスフェルにも聞こえていたようで、彼まで無言になって考え始めた。

「確かに、良い考えだな」

「いや待て待て、お前ら、何を結託して俺を囲い込もうとしているんだよ」

「何故だ? シャムエルが確認したんなら、これ以上ない保証だぞ。良いじゃ無いか」

「いや、良いとか悪いとかそんなんじゃなくてさ! そもそも、俺が弟子を取るってどう言う事だよ。そんなの絶対無理だって」

「じゃあ、テイマーについては俺が教えてやるから、彼の分も飯の支度を頼むよ」

「あ、そう来る?」

 その時の俺は思っちまったんだよ。まあ、それなら良いかって。

 その結果、また新しい仲間が増えたみたいだ。



 俺は、単に気楽に異世界を旅してみたいと思っただけなのに。どうしてこんなに大所帯になったんだろう。

 遠い目になった俺は、取り敢えず考えることを放棄して、全部まとめて明後日の方向に放り投げておく事にした。

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