まずは食事だ!
「ううん、そろそろ日が傾いてきたぞ」
従魔達に乗ったまま走り続けて、足元の影が長くなったのに気づいた俺はそう言って顔を上げた。
なだらかな草原といくつかの森を抜けた俺達一行が到着したのはやや足場の悪い場所で、一旦そこで止まっているところだ。
短い芝生みたいな草が一面に生えたその場所は、足元は少しぬかるんでいて所々に水溜まりも見える。
最近雨は降っていないはずだから、もしかしたら湧き水がどこかから流れてきているのかもしれないが、これはかなり足場が悪そうだ。
マックス達は平気そうにしているが、俺だったらぬかるみに足を取られて転ぶ未来しか見えない。
「それで、その雪蛍ってのが出るのがここなのか?」
もしもここで戦うのなら、足元に気をつけないと駄目だからちょっと面倒だなあ。くらいに呑気に考えてそう尋ねると、顔を寄せて相談していたハスフェル達が揃って俺を振り返った。
「いや、雪蛍が出るのは、この先にある泉の辺りなんだよ。どうやらまだしばらく出現するまで時間があるようだから、先に食事を済ませてしまおう。出現し始めたらしばらく続くから、のんびり食事をとっている暇はないと思うからな」
「ああそうなんだ。了解、じゃあ作り置きを出すよ。だけどここは足場が悪そうだから、ここで食べるのはかなり大変そうだぞ」
このぬかるみに机を出すのはちょっと躊躇われるレベル。下手をしたら机の脚がぬかるみに沈んで机が斜めになりそうだ。
「それなら向こうに岩場があるからそっちで食べよう。まあ、ぬかるんでるのはこの辺りだけだから心配するな。雪蛍と戦う場所は岩場だから大丈夫だぞ」
「あはは、それならいいよ。実を言うとここで戦うのなら嫌だなあとちょっと思っていたところだ」
苦笑いしてそう言い、ハスフェル達の後に続いて近くの森を抜けた先にある別の草地へ出て、そこにあったテーブルみたいに上部が平らになった岩の上に登って、とにかく食事にする事にした。
「じゃあ、適当に作り置きを出すから好きに取ってくれよな」
机と椅子を並べながらそう言い、鞄に入ってくれたサクラから作り置きの肉類を中心に色々と出してやる。ランドルさんが、それならと手持ちの串焼き肉を色々と提供してくれた。
「この後夜中戦う事になるみたいだから、しっかり食べておかないとな」
ランドルさんと顔を見合わせて笑って頷き合った。
俺は山盛りの唐揚げと串焼き肉を取り、フライドポテトとおからサラダと温野菜も色々取って山盛りに盛り付ける。それからおにぎりも色々取って別のお皿に並べた。
はっきり言って、ハスフェル達に負けてない量だ。
まあ、これは最近食う量が絶賛増量中のシャムエル様が半分食う事を見越しての、二人前超えの量になってるんだけどね。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ! ジャジャン!」
いつもの味見ダンスと共に、高速ステップを踏みつつお皿を振り回しているシャムエル様。
カリディアは、街を出たところで別行動になったベリー達と一緒に行ってしまったので、ここにはいないから残念ながら今日のダンスはソロダンスだ。
「で、どれがいるんだ?」
まあ予想はついてるけどあえてそう聞いてやる。
「唐揚げと串焼きは半分ください! フライドポテトとおにぎりも色々お願いします!」
「はいはい、好きなだけ食ってもいいけど野菜も食えって」
笑いながらそう言って、渡された大きなお皿に唐揚げを半分くらいと串焼きも丸ごと一本、それから温野菜も適当に横に盛り合わせて上にマヨネーズをかけてやる。その横にフライドポテトも山盛りにしてやる。
「おにぎり用のお皿がいるぞ」
どう見てもおにぎりが乗らないのでそう言ってやると、嬉々として一瞬で取り出したお皿を渡してくれる。
「はい、これでいいな」
おにぎりも一通り並べて、目の前においてやる。
「飲み物は俺は麦茶にするから、ワインがいいならあっちへどうぞ」
一応今から狩りをするんだから、俺はアルコールは飲まない。
麦茶の入ったカップを見せてやると、少し考えて赤ワインを取り出したハスフェルのところへ行ったよ。
「まあ、あいつらはいつも狩りの前でも飲んでるからなあ」
嬉しそうに振り回されている尻尾を見ながら、いつもの敷布を取り出して自分の分のお皿をその上に並べた。
「半分シャムエル様に取られちゃったので、少しだけどどうぞ。ええと、今夜は雪蛍ってジェムモンスターが出るんだってさ。無事にすみますようにお守りください」
一応神様なんだから、このお願いは正しいよな。そっと手を合わせて小さな声でそう呟く。
いつもの収めの手が現れて俺の頭を撫でてから、料理を順番に撫で、お皿ごと持ち上げる振りをして、それから嬉々としておにぎりに齧り付いたシャムエル様の尻尾をそっと引っ張ってから消えていった。
「ふえ? 何だ?」
驚いたシャムエル様が、齧りかけたおにぎりを置いて振り返って自分の尻尾を見る。
「ケン……じゃないよね?」
「いくら何でも、この距離は届かないよ」
笑って素知らぬ顔でそう言い、俺は自分の分の唐揚げにかぶりついた。
「変なの、まあいいや……ああ、シルヴァ達だね。あははごめんごめん。いいよ持って行ってくれて」
笑ったシャムエル様が空中に現れた収めの手に向かってそう言い、かじり掛けのおにぎりを指差す。
収めの手がシャムエル様の料理も順番に撫で、最後にシャムエル様の尻尾をもう一回引っ張ってから消えていくのを、俺は笑いを堪えながら見送っていたのだった。
「な、あの尻尾の触り心地はなかなかのもんだろう?」
小さく呟くと、突然目の前に現れた収めの手が、まるで頷くみたいに上下に動いた後、OKマークを作って消えていった。
それを見送った俺はとうとう我慢出来ずに吹き出してしまって、リナさん達とランドルさんに驚かれてしまったのだった。