ミスリルは誰のもの?
コーン
もう一回叩いたミスリルの塊の立てる綺麗な音に俺が聞き惚れていると、ようやく復活したアイゼンさんが、いきなり奇声を上げて俺の腕を引っ掴んだ。
「うわっと! ちょっ、どんだけ力強いんですか! ってか、俺の腕を捻り潰す気ですか〜〜?」
しかし、俺の抗議など全く届かず、目を見開いたアイゼンさんは俺の肩を掴んでガクガクと力一杯揺さぶり始めた。
「お! お! お前さん! 今、自分が何をしたか、分かっておるのか!」
「だから、ちょっと、待って、ください、ってば〜〜!」
ガックンガックン揺さぶられまくって、本気で俺の頸椎がお亡くなりになるんじゃないかと心配になった頃、笑ったハスフェルがようやく助け舟を出してくれた。
「アイゼンさん、とりあえず落ち着いて彼を離してやってくださいよ。このままだと首を傷めますって」
「あ、ああ……これは申し訳ない。その……」
「分かってますよ。これでしょう。はい、どうぞ」
そう言って金槌ごとアイゼンさんに渡す。
真顔になったアイゼンさんが、ゆっくりと右手に持った金槌でミスリルの塊を叩く。
コーン
これまた綺麗な音が辺りに大きく響く。ううん、何度聞いてもいい音だね。
大きなため息を吐いたアイゼンさんは、例の体重計みたいな測定器の上に恐る恐るその岩の塊を乗せた。
「含有率は……66,95……こんな数値は生まれて初めて見たぞ」
大きなため息と共にそう言ったアイゼンさんは、そう呟いてそのままその場にしゃがみ込んでしまった。
「すまんが、これは回収させてもらって構わんか」
もう一回大きなため息を吐いたアイゼンさんは、測定器に乗ったままのミスリルの塊を見てから俺を振り返った。
「だって、そのミスリル鉱石はこの鉱山のものでしょう? 単なる観光客の俺が何か言うような事じゃないと思うんだけど……違うの?」
何故か全員から驚きの表情で大注目を浴びてしまい、困った俺はハスフェル達を振り返った。
「さっき俺達が岩を割ってこれをもらっただろう?」
そう言って指の先にコイン状の小さな円盤を挟んで取り出す。すげえな、マジックレベルに一瞬だったぞ。
「これは、ミスリル純度七割のミスリルだよ」
へえ、金だったら18金よりちょっと低いくらいか。高級品じゃんか。
頭の中で、俺の知る金の知識に照らし合わせてみる。
「そしてお前さんがちゃんと読んだかどうかは知らんが、このツアーに参加する際の注意書きのところに、この採掘体験に関しての記述がきちんとしてあったぞ」
「あれ、そんなのあったっけ? どこだ?」
思わず収納してあった説明書を取り出す。
「ここ、読んでみろ」
ハスフェルの言葉に、示された箇所を読んでみる。
「なになに、この採掘体験でお客様が採掘なさった鉱石について。採掘なさった鉱石は簡易測定器にて含有率をお調べの上、その数値に応じてミスリル合金の粒、もしくは未刻印のコインを差し上げます。規定量以上の高い含有率が認められた場合は、当鉱山規定の率にて買い取りさせていただきます。ええと、どうゆう意味?」
「この鉱山で働く鉱夫達は、言ってみれば俺達冒険者と同じで、全てが個人単位なんだ」
「あれ、この鉱山に雇われて勤めている訳じゃないんだ?」
驚く俺に、苦笑いしたハスフェル達が揃って頷く。
「鉱夫達は大体数名から十名程度でチームを組み、この鉱山を経営している鉱山主であるドワーフギルドとチーム単位で契約をしている。彼らはそれぞれ幾つかある坑道を自分達で選び、そこで一定期間採掘を行う。その間に出た鉱石は彼らに所有権が認められる。もちろん全部ではない。四割を鉱山主であるドワーフギルドが、残りの六割をその坑道で働いたチーム内の全ての鉱夫達に公平に分け与えられる」
「そこで、このトロッコツアーについても同じ事が言えるんだ。俺達は言ってみれば一時契約してこの鉱山に一緒に入っているわけで、そこで鉱石を採取していたわけだから……」
ハスフェルの後を引き継いで、ギイも一緒になって説明してくれる。
「つまり、このツアーの人達全員にさっきの大きなミスリルの権利がある?」
「まあ平たく言えばそうだな」
苦笑いしたオンハルトの爺さんの言葉に俺は絶句する。
つまり、さっきのミスリルのうち、六割が俺達に権利があるわけで、それなのに俺が断ったから彼らが驚いたわけか。ううん、これはどうすればいいんだ?
「ええと、どうするべき?」
「それが問題なんだよなあ。お前さんはどうしたい?」
逆に質問に質問で返されて困ってしまう。
「いや、俺の正直な気持ちを言わせて貰えば、さっきの通りだよ。だけど皆はどうしたい?」
ハスフェル達は三人揃って肩をすくめた後に首を振った。
「俺達は辞退させてもらうよ。これははっきり言ってこの鉱山の今後に関わる大発見だ。個人がどうこう言えるようなものじゃあないと思うな。まあ、その代わりと言ってはなんだがもしも可能なら、あの一番でかいのをお前さんが権利を主張して貰っておけ。それで俺達は構わないよ」
「ええと、そちらは……?」
「ハスフェルさんに同意します」
ランドルさんが真顔でそう言った直後に、リナさん一家も揃って大きく頷いた。
「確かに今ハスフェルさんが言ったのが、一番平和的解決でしょうね。我らもそれで構いませんよ」
代表したリナさんの言葉に、三兄弟とアルデアさんも笑顔で頷いている。
「って事なんですが、いかがでしょうか?」
「心から感謝するよ、ではこれはお前さんに進呈しよう。持っていってくれ」
渡されたそれは、コースター大の丸い円盤状になった板で、ミスリルの輝きを放っている。
「これはあの契約の時に使う青銀貨の原盤だよ。これに様々な刻印を施して青銀貨にするのさ」
「ああ成る程。なんだかどこかで見たことがあると思った。でも俺が使ったのはもっと大きかったよな」
「あれは最大クラスだったからなあ」
苦笑いするハスフェルの言葉に、俺も一緒になって笑った。
まあ、俺が持ったのは本当に一瞬だったけどね。
「ちなみにこのコインは、帰りに専用の刻印機が置いてあって、自分だけのコインが作れるんだよ。ただしそれは硬貨としては使えない、あくまでも記念の品としてだけどな」
笑ったギイの説明に、いきなり三兄弟が何やら何枚も取り出して見せてくれた。
そこには花や動物の形など、刻印と日付が適当に打ち込まれていて、これを作れるのだとしたら確かに記念のお土産としてはなかなかに楽しそうだ。
「俺達も、さすがにその大きさは刻印した事無いです。あとでせっかくだから出来上がったのを見せてください!」
三兄弟の言葉に俺も笑って頷く。
「あはは、了解だ、じゃあやり方を教えてくれるか」
「ええ、もちろん!」
笑って手を叩き合ったところで、アイゼンさんの大きなため息が聞こえた。
「心から感謝するよ。ドワーフギルドは貴方達に一つ大きな借りをつくりました。この恩は決して忘れません」
そう言って深々と頭を下げられてしまい、俺達は顔を見合わせて、それから右肩の上でドヤ顔になってるシャムエル様を揃って振り返ったのだった。