ミスリルの採掘現場
「こちらの通路になります、やや狭いので頭上には充分気をつけてください。特に本日は大きなお方がおられますのでな」
アイゼンさんの笑った言葉に、ハスフェルとギイが笑って頷き即座に丸い兜を取り出して被る。
特に装飾も無いその丸いカブトは、ちゃんと顎の下で締めるベルトまでついていて、これで黄色かったらそのまんま工事用のヘルメットだ。
「わはは、準備万端で素晴らしいですな。ならば遠慮なく参りましょう」
そう言って、言葉の通りにかなり天井の低い通路へ入って行く。リナさん一家が嬉々としてついて行くのを見て、俺とランドルさんもその後を追った。いつの間にかランドルさんも同じような丸いヘルメットを被っていた。うう、俺も何か買っておけば良かった。
ちょっと悔しかったけど無いものは仕方がない。諦めて腰を曲げてやや前屈みになりながら進んでいると、後ろから背中を叩かれた。
「ん、何だよ」
無理矢理振り返ると、ギイが同じようなヘルメットを差し出してくれていた。
「ほら、貸してやるからこれを被っておけ。ここは冗談抜きで、本気で頭をぶつけたら流血の大惨事だからな。ずっとその姿勢だと、冗談抜きで明日は腰が痛くて起きられなくなるぞ」
「ああ、ありがとうな。じゃあせっかくだから借りるよ」
リナさん一家やドワーフ達くらいの身長だったら立ったままでも余裕があるんだけど、身長約180センチの俺だと正直言ってかなり辛い。
有り難くお借りして、その場でしゃがんでヘルメットを被って顎の下で軽くベルトを締めた。
「で、何をするわけだ?」
さっきほどではないが前屈みになりつつゆっくりと歩いていると、しばらくして突き当たりの少し広くなった場所に出た。
そこには大きな木箱が置かれていて、巨大なツルハシがいくつも並んで入っていた。
「あれって俺が地下迷宮で水路に落っこちた時、出口の無かった壁に穴を開けるのに使ったくらいの大きさのやつじゃん。かなり重いんだぞ」
ここは天井が高いので、腰を伸ばして大きく伸びをしながらそう言って突き当たりの岩の壁を見る。
「あれ? これってミスリルっぽい色してないか?」
俺の目には、壁面全体が薄ぼんやりと光っているみたいに見えている。って事は、これは鑑識眼のお陰で見えてるって事だろうから、この壁面自体がミスリル鉱石なのだろう。
「へえ、そんなのを観光客に叩かせて良いのかよ」
そっと壁面の岩に手を当てて小さく呟く。
何故かは分からないんだけど、特にこの石が気になる。
「へえ、これまたすごい所へ来てるんだね」
トロッコに乗っている間はいなくなっていたシャムエル様だけど、歩きの時は一緒にいるみたいだ。
「すごいところって、何が?」
「この横穴のあたりは、相当量のミスリルの含有量を誇ってるんだよね」
「待て待て、そこでどうしてそんな悪そうな笑みなんだよ」
思わず突っ込みたくなるくらい、シャムエル様はにんまりと笑っている。
「だってさ、ほらこの前ケンがここへ来た時に、案内のドワーフが言ってたでしょう? もっと塊で出ればいいのにって!」
得意満面でそんな事を言うシャムエル様を見て、俺は遠い目になる。
確かにあの時そんな事を言ってたよな。もっと塊で出せばいいんだねって言ってたよな!
「なあ、まさかと思うけど……」
「頑張って塊を見つけてね!」
気が遠くなったけど、俺は悪くないよな?
「では、どなたから始めますか?」
俺達の密かなやりとりなど知らず、笑顔のアイゼンさんの言葉にリナさんが真っ先に手を挙げる。
「どうぞどうぞ」
俺達が揃って先を譲ったので、リナさん一家が先にする事になった。
それぞれツルハシを渡されたんだけど、ほぼ全員同じ大きさ。
案外重くなくて、大きさも、俺が持ってもやや大きいくらい。ハスフェル達は余裕片手サイズ。だけどリナさんが持つと、不自然なくらいに大きなツルハシだけどね。
「お好きな場所を一箇所決めて叩いていただきます。集まって協力いただいても構いませんぞ。それで岩が砕ければ、それをこちらで鑑定致します。規定以上のミスリルが含まれていれば、その含有量に応じてこちらの記念品を差し上げます。こちらが最高値ですので、是非狙ってください」
木箱の横に置かれた机の上には、ミスリルの粒が幾つか大きさ順に並べてトレーに乗せて置かれている。一番大きいのは、コースターくらいある大きさの円盤状ので、あれだけでも相当な金額になるだろう。
成る程、基本的には前回と同じで、それよりも難易度が高いって事らしい。
「じゃあやるぞ!」
満面の笑みの三兄弟がリナさんの後ろに並ぶ。
「いくわよ!」
これまた目を輝かせたリナさんの掛け声と共に、彼女がまずは右下の辺りの岩の塊に力一杯ツルハシを振り下ろした。
おお、あの細腕でよくやるよ。さすがだねえ。
やや鈍い音がしてヒビが入ったが、さすがに一撃では割れなかったみたいだ。
そのまま続いてアルデアさんが、これまた大きなツルハシを軽々と振り下ろす。鈍い音が続き、さらにヒビが大きくなる。それを見た三兄弟が揃ってツルハシを振り上げて次々に振り下ろした。
「おお、割れたぞ!」
豪快な音と共に、真っ二つに割れて転がる巨大な塊。
それを見たアイゼンさんが顔を覆った。さすがにこれは予想外の大きさだったみたいだ。
「なあなあ、どうだ?」
嬉々としたアーケル君の声に、皆がその断面を見る。
「おお、この細い筋はミスリル鉱脈ですな。お見事です。これはかなり期待出来そうですぞ」
小さなため息を吐いたアイゼンさんがそう言い、机の下から体重計のような道具を引っ張り出してきた。
「では、鑑定を始めますぞ」
小さな金槌を取り出したアイゼンさんの言葉に、俺達も興味津々でアイゼンさんのする事を見ていたのだった。
そして、俺の右肩ではシャムエル様も目を輝かせてアイゼンさんの手元を見ていたのだった。