買い物三昧と尾行犯の確保
「じゃあ、よろしく頼むよ」
「よろしくお願いします」
笑顔のナフティスさんに見送られて、俺たちは船舶ギルドを後にした。
「それじゃあ今日は、買い出しかな? 食料品が買えそうな所ってどの辺りなんだ?」
かなり広い街みたいだから迂闊に動き回ったら迷子になりそうだ。ここは、この街に詳しいハスフェルに聞くのが正解だろう。
「食料品なら、向こうの通りだな。一通りなんでも揃うぞ。特に、肉屋とパン屋が固まっている通りがある。新鮮な野菜を買いたければ、中央広場で毎日開催されている朝市が良いんじゃないかと思うぞ。俺でも何度か果物なんかを買った事があるが、結構美味かったぞ」
「じゃあ、まずはその食品が売ってる通りへ行ってみるよ、朝市は明日だな」
マックスの横に並んで歩き出してすぐに、俺でも気が付いた。
確かに、誰かが俺達を付けてきている。
「なあ、もしかして……」
「しっ! お前は知らん振りをしていろ。それから、何があっても絶対に従魔達から離れるな。いざとなったら、お前は従魔達と一緒に逃げて良い。ギルドの宿泊所は安全だから、逃げ込むならあそこが良いぞ。分かったな」
真顔のハスフェルに、ごく小さな声でそう言われて俺は絶句した。
「ええと、それって……」
「いっそ向こうから手を出してくれれば楽なんだが、どうにもよく分からん。殺気を向けてくる訳でもなく、ただ付いて来ているだけだ。ふむ、気に入らんな」
相手のよく分からない行動に苛ついている彼を見て、俺は内心、ちょっと怖かったのは内緒だ。
ゆっくりと歩いてハスフェルに教えられた通りへ入る。
「おお、確かに食品店が並んでる。これはちょっと買ってみても良いな」
何しろ、予定外の人員が増え、更に最近ではシャムエル様まで結構食べるようになって来たものだから、実は、かなり作ったつもりの料理の作り置きは、もう殆ど無くなっていた。
揚げ物系ほぼ全滅。フライドポテトも全滅。サラダもほぼ全滅だし、チーズやハム、それから各種生肉の在庫も、かなり少なくなっている。豊富にあった卵もかなり少なくなってる。
ハスフェルもまだ当分一緒にいてくれるみたいだし、そうなると彼の分の食料も確保する必要がある。なので、ここはがっつり二人分で買い込んでおかないとね。それに、タロン用の鶏肉の在庫も少なくなっているんだよな。
って事で、まずは目に付いた大きな店に入ってみた。
うん、紛う事なき肉屋だ。
俺は、ファルコを肩に乗せたまま、店を見渡す。
「にいちゃん。すまんが、その肩に留まった大きいのは、外で待たせておいてくれるか」
大柄な白髪の爺さんが出て来て、困ったようにファルコを見て頭を下げてくれた。
「ああ、すみません。ファルコ、買い物が終わるまで外で待っててくれるか」
手を上げて一旦外に出て、マックスの背中にファルコを留まらせた。全員大人しく店の前で並んで座っている。ハスフェルは、中には入らずに外で待っているみたいだ。
改めて中に入った俺は、レスタムの街で見たのよりも相当大きなガラスケースの中を覗き込み、さっきの爺さんに次々と注文していった。
油紙で包んだ肉を受け取っては鞄の中にいるサクラにどんどん渡していく。
爺さんは、途中から俺を見て、鞄を見て一言だけ呟いた。
「収納か、羨ましいもんだな」
小さく笑って、肩を竦め知らん顔をしてくれた。良い人じゃん。
金を払ってお礼を言って店を出る。ハスフェルは無言で外を見ている。
「まだいるか?」
「いる。明らかにいる。全く、一体なんだって言うんだ」
苛つく彼の腕を宥めるように叩いて、俺達はまた通りを歩き始めた。
やっぱり、後ろからついて来ている。
ううん、ハスフェルじゃなくても気になるよ。本当に、一体何がしたいんだろう。
結局、この通りでは肉屋二軒で牛肉と豚肉を買いまくり、更に養鶏場直営の店で、鶏肉各種を山盛り買い、更に卵も大量買い。それから、これも牧場直営の店で、牛乳とバター、チーズ各種をこれまた大量買い。
もう、周りの目は気にしない事にした。だって何処の店も聞いてみると、大量買い大歓迎だって言うからさ。
それから、めでたく米屋も発見した。ちゃんと店先には精米機らしきものまであって、ちょっと感動したよ。
ここでは精米してもらったのを大量買い。
その際に、店のおばさんに聞いて鍋で米を炊く方法を詳しく教えてもらった。しかもこの店、知り合いの職人が作っているのだと言う、米専用の分厚い鍋まで売っていたよ、うん、商売上手だね。
少し安くしてくれたので、結局鍋もお買い上げ。だけど、これは俺の主食なんだから必要なんだよ。
よし、帰ったら教えてもらった方法で、早速米を炊いてみよう。
それから、道具屋で大きめの鍋を幾つかと、携帯用のコンロをもう一つ買った。米を炊くなら、コンロはもう一つくらいはあった方が良いだろうからな。
その後、パン屋でも食パンとコッペパンみたいなのを大量買い。これは、空いていた木箱に入れてもらったよ。よしよし、これでかなりの在庫が復活したぞ。
「で、まだついて来てる?」
「来てるぞ。しかも、少し離れた」
「はあ? 何故ここで離れる?」
マックスとシリウスをそれぞれ撫でながら、俺たちは明後日の方向を向きながら会話をしていた。
時間はそろそろ昼時だ。屋台の出ている中央広場へ戻った俺達は、サンドイッチとコーヒーを買い、広場の端の空いた場所でそれぞれ立ったまま食べた。
「なあ、食い終わったら、ちょっと仕掛けても良いか」
いつもより少し低い声のハスフェルに、俺は黙って頷いた。
そのまま無言でそれぞれの昼食を食べ終えた。最後のコーヒーを飲み終わり、アクアにカップを綺麗にしてもらって鞄に放り込む。改めて鞄を背負い直して、ゆっくりとマックスの背に乗った。
広場から大注目を集めたが、俺たちは気にせずに、ゆっくりと中央広場から離れた。
ハスフェルは、どうやらさっきの河沿いにある倉庫街みたいな大きな建物が並ぶ地域に向かっているみたいだ。俺達も彼の背後をぴったりと付いて行った。
いくつか角を曲がると、一気に風景が変わった。
道が広くなり、人がいなくなった。
ハスフェルは無言でそのまま広い道路をゆっくりと進んで行く。しばらく付いて行くと、いきなり彼の声が聞こえた。
「走るぞ。遅れるな!」
力一杯手綱を握りしめたのとほぼ同時に、シリウスとマックスが弾かれたように走り出す。遅れずにニニがその後に続いた。
ファルコが音を立てて羽ばたき、一気に上空へ上昇した。
全力で走った俺達は、大きな建物の角を曲がった所で、揃って止まった。
無言で振り返り、そのまま今来た道を戻った。
「はわわ!」
角のすぐ前に立ちはだかっていたマックスとシリウスに、叫び声を上げて走った勢いのままにぶつかって来た奴がいた。
こいつが、俺達をずっと尾行していた犯人だ。
そいつはマックスにぶつかった勢いのままに、後ろに尻餅をついて転がった。シリウスから飛び降りたハスフェルが、転んだそいつをあっと言う間に捕まえた。
「ええ、ちょっと待てよ。それって……子供か?」
立ち上がったハスフェルが、その太い腕で捕まえているのは、どう見ても子供だった。身長なんて、彼の半分も無いだろう。俺はやや痩せた子供だと思ったが、捕まえたハスフェルは全く警戒を解いていない。って事は、あれは実は子供では無いのだろうか?
驚く俺を振り返ったハスフェルは、困ったようにため息を吐いた。
「こいつは驚いた。犯人は小人族だったぞ。お前、俺達の後を付けた目的はなんだ」
しかし、襟首を掴まれたその小人は、キイキイと甲高い悲鳴を上げてなんとか逃げようと暴れている。手を貸そうかと思ったが、俺にはどうしたら良いのか全く分からない。
「まあ落ち着いて。あれは彼に任せたら良いよ」
右肩に現れたシャムエル様にそう言われて、俺は、とにかく彼を信じて黙って見守る事にした。