食堂での一幕
「おお、チョコの味が濃厚なのに口当たりは案外軽い。これは美味しいぞ」
思った以上に美味しいチョコ生クリームのケーキに、一口食べてちょっとマジで驚いたよ。
「うん、これ美味しい! 以前食べた丸いチョコレートのケーキとはまた違っててこれもいいね! ねえ、今度はこれを作ってよ!」
チョコクリームまみれになったシャムエル様が、俺の呟きに顔を上げてそんな無茶振りを言う。
「いやいや、無茶言わないでくれよ。これは俺には作れませんから、店で買ってください」
顔の前で小さく手を降りながらそう言うと、驚いたように立ち上がったシャムエル様がこっちを振り返って首をかしげた。
「ええ、どうして作れないの? あんなにいっぱい美味しいケーキを色々作ってるのに」
無邪気なその言葉に、俺はもう一口チョコレートクリームのところをフォークですくって口に入れた。
「あのさあ、こう言うクリームを絞って飾るのって技術がいるんだよ。土台にしているこのケーキの部分だって、ふわふわで柔らかいだろう? こういうのは綺麗に焼くのも難しいんだよ。俺が作ってるのは、単に混ぜて焼くだけの簡単なのばっかりなんだって。素人では作れるケーキと作れないケーキがあるんだから、無茶言わないでください!」
「ええ、簡単そうなのに〜〜!」
「だから無茶言わないでくれって、そもそもこんなチョコレートのクリームの作り方なんて……うん、それは今度師匠のレシピを調べておくよ。これでパフェならそれっぽいのが作れるかも」
なんとなく思いつきでそう言っただけなのに、シャムエル様に満面の笑みでサムズアップされたよ。うう、師匠のレシピに載ってるかなあ。
「まあ、このバイゼンにもケーキ屋の一軒や二軒くらいあるだろうから、探せばきっと売ってるだろうさ。そもそもこのケーキをどこで作ってるのかファータさんに聞いてみればいいんだよな。もしかしたら他にも美味しいケーキ屋さんを知ってるかもしれない」
自分で探し回るよりも、知っていそうな人に聞いた方が絶対早い。
「ああ、もしかしたらアーケルくん達も知ってるかもな。彼らはバイゼンに何度も来ているって言ってたからさ。甘いもの好きみたいだし、きっと店ぐらい知ってると思うぞ」
「ああ、それはいい考えだね。じゃあ時間のある時にでも聞いてみてよ。期待してます!」
またしてもサムズアップされてしまい、残りのケーキを口にした俺は笑って頷いたのだった。
「じゃあ残りは収納しておこう」
ほぼ半分ほどが残った弁当箱を見て小さなため息を吐いた俺は、蓋を閉めて取っ手を取り付けてそのまま鞄に入れてサクラに飲み込んでおいてもらった。
「ごちそうさまでした。いやあ、相変わらずすごい量ですね」
笑ったファータさんにそう言って立ち上がり大きな伸びをする。
「なんだなんだ。大きい兄さん達とエルフの皆さんは綺麗に平らげてくれたのに、そっちの細っこい兄さんは食べきれなかったのかよ」
からかうようなドワーフの鉱夫の言葉に、俺は苦笑いしながら首を振った。
「残念ながら俺ごときでは、ここの鉱夫は務まらないみたいだなあ。もうちょい鍛えて出直してくるよ」
前回ここで鉱夫飯を食べた時の事を思い出してそう言うと、食堂中が大爆笑になり皆手を叩いて大喜びしていた。
「じゃあな、細っこい兄さん。また来ておくれ!」
もう時間なのだろう、笑って次々に手を振って出ていく鉱夫達を見送り、俺はハスフェルと顔を見合わせて同時に吹き出した。
「俺はこれでもしっかり食ったぞ。言っとくけどお前らの食う量がおかしいんだからな。あれ普通なら三人前は余裕であるぞ」
「確かにそうだな。だが俺達にはちょうどよかったぞ」
「はいはい、そうだよな。そう言えば、そろそろこの弁当箱もかなり溜まってきてるから、今度はこれを使って弁当を作ってやるよ」
やや投げやりにそう言ってやると、ハスフェル達だけじゃなくてリナさん一家とランドルさんまでが大喜びしていた。
まあ、皆喜んで残さず綺麗に食ってくれるから、それは嬉しいんだけどさ。
「ところで、今すぐにトロッコに乗ったら、絶対途中でなんか口から出てきそうだ」
割としっかり食べたので、正直言って腹一杯。この状態でシートベルト締めてあの暴走トロッコに乗ったら……乗り物酔いなんてした事ない俺だけど、絶対気分が悪くなりそうな予感しかしない。
苦笑いしてそう言うとハスフェル達が揃って吹き出した。
「確かにまあ、食後の休憩がもう少しは欲しい気はするなあ」
すると、俺達の会話を聞いていたらしいアイゼンさんが笑いながら顔の前で手を振った。
「ご心配無く。今から少しだけ歩いていただいて、坑道の奥で採掘体験をしていただきますぞ。まあ腹ごなしの運動だと思ってくだされ」
「ああ、そうなんですね。よかった」
笑ってそう言い、全員集合したところでそのまま歩いてアイゼンさんの案内で食堂を出て行った。
「これも楽しいのでお楽しみに」
小走りに近寄って来たオリゴー君の言葉に、俺は思わず振り返った。
「あれ? 俺がこの前来た時は、並んだ大きな岩を選んで叩いて割るってのだったけど、それじゃないのか?」
「それは、定番の一般コースですね。今回俺達が参加してるのは一番のハードコースなんですから。そんな簡単なわけないじゃないですか!」
にんまりと笑った草原エルフ三兄弟の笑顔に、俺は情けない悲鳴を上げて隣にいたハスフェルの腕にしがみついたのだった。
いやいや、俺は定番の一般コースがいいですって!