暴走トロッコと悲鳴色々
「それでは皆様、最後の上り坂になります、このあとは一気にスピードが上がりますので、今一度安全ベルトの確認をお願いいたします」
妙に嬉しそうなアイゼンさんの説明に、慌てて安全ベルトを確認する一同。
「大丈夫で〜す!」
何故か両手を上げて返事をする草原エルフ三兄弟。そして同じく両手を上げて答えるリナさんとアルデアさんとランドルさん。
そうなるとなんとなく俺とオンハルトの爺さんも両手を上げて返事をしてしまい、後ろから笑った二人も同じように返事をする声が聞こえたから、多分彼らも両手を上げている。
一際高いキリキリとした駆動音と共にほぼ垂直なんじゃね? と言いたくなるくらいに上向きにトロッコが上っていく。
「ええと、これぞまさしくジェットコースターのスタートじゃん。って事はもしかして……」
不意に心配になった俺は、とりあえず成り行きで上げていた両腕を下ろして目の前の手すりにしがみついた。直後にガタンともう一回強い衝撃と共にトロッコが止まる。
何故か目の前に壁がある。
「では、参りましょうぞ!」
「お〜〜〜〜〜〜!」
アイゼンさんの掛け声に、元気よく答える草原エルフ三兄弟。子供か。
すると目の前にあった壁が、ギリギリと音を立ててゆっくりと開き始めた。まるでシャッターが開くみたいに。
隙間から一気に光が入って来て目が眩む。そして目が慣れた頃にゆっくりと開き終えたシャッターの向こうに、目の前いっぱいに青空が見えて全員同時に驚きの声が上がる。
「ああ! ここってあの縦穴じゃんか! しかもこの位置は間違いなく最上部! って事はこの後!」
そう思った瞬間、左に曲がって進み始めたトロッコは、スピードを増して縦穴の壁面に作られた線路を壁面に刻まれたネジの溝みたいに時計回りに一気に滑り降りて行った。
「どっひぇえええ〜〜〜〜〜〜〜!!」
これマジで無重力なんじゃね? って言いたくなるくらいの浮遊感と共に、一気に転がっていくトロッコ。
そして情けない悲鳴を上げたのは俺だけじゃなかった。
「ふぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
間の抜けた悲鳴は俺のすぐ後ろから聞こえてきたから、これは間違いなくオンハルトの爺さん。
いくら鍛治と装飾の神様でも、こちらも怖いもんは怖いらしい。
「ひょほおお〜〜〜〜〜!」
「うひょおおお〜〜〜〜〜!」
この間抜けな悲鳴も後ろから聞こえてきたから、間違いなくハスフェルとギイ。
どうやら普段の勇猛さは、ここでは発揮されなかった模様。
「行け行け行け〜〜〜!」
「ひゃっほ〜〜〜〜〜〜!」
「最高〜〜〜〜〜〜〜〜!」
笑い声と共に、先頭で揃って万歳状態のままで歓声を上げてるのは、トロッコ大好き草原エルフ三兄弟。
そして、彼らに負けないくらいに揃って声を上げてご機嫌で笑っているのがリナさん夫婦。その後ろで両手を上げた状態のまま全く無反応のランドルさん。ある意味彼が一番心配だけど、大丈夫か?
俺以外は全員両手を上げたままだ。
「なんだよ、もう早々にギブアップか?」
手すりを握ってる俺を見て、ハスフェルの笑い声と共にからかうような声が聞こえる。
「俺はヘタレなもんで、これでいいんで〜〜〜〜〜す!」
振り返って笑いながらそう言ってやると、まだ両手を上げている三人が揃って吹き出し笑っていた。
「ふむ、弱い己を偽らず認める事。それもまた真理よな」
何故かオンハルトの爺さんが重々しい声でそんな事を言ったもんだから、俺も一緒になって吹き出して大爆笑になったよ。
その間もトロッコはどんどん下り続け、もう竪穴の真ん中辺りの低さにまで降りてきている。
そこで勢いのままに今度は短い上昇と下降を繰り返し始めた。
とにかく、落ちる時の無重力感と、一気に上がるときに体がぐっと押される感じのGが連続して、これも地味に怖い。
でも、ちょっと慣れてきたみたいで周りを見回す余裕も出てきた。でもまあ、このまま終わるはずないよな。
余裕をかましていられたのはわずかの間だった。
ある箇所で急に曲がったトロッコは、横道、つまり坑道へ突っ込んでいったのだ。
今まで明るかった世界が一転して真っ暗になる。ガタガタと響く振動にリナさんのこれまた可愛らしい悲鳴が響き渡る。
しかもこの後、なんと真っ暗な坑道を走るトロッコが右に左に蛇行し始めたのだ。しかも微妙に上下しながら!
そして、ここでまさかのトラップが発生した。
草原エルフファミリー以外、つまり俺達は全員それなりの体格なので基本二人乗りの座席に一人ずつ乗っている。
まあ他のツアーの人と一緒になってたら小柄の人と並んで乗ったかもしれないけど、今は座席に一人ずつ座っている。つまり、座席の幅に余裕があるんだよ。特に平均やや大きいくらいの俺の場合。
ここで左右に大きくトロッコが蛇行して振られたらどうなると思う?
座ったまま体ごと左右に動くんだよ。しかも座ってる座席の座面はツルツルの木製。滑る滑る。
左右の蛇行はどんどん大きくなり、しかも今までみたいにレールが水平じゃなくなってきた。
つまり、ジェットコースターみたいにレールが垂直とまではいかないけど孤を描きながら大きく上にせり上がっているのだ。速度がついているからその際に遠心力でトロッコごとぶん回してる状態。
当然、体が斜めになったトロッコに合わせて大きく斜めに傾ぐのだ。ケツが滑る状態で!
「無理無理無理〜〜! 落ちる落ちる!」
「ぎゃあ〜〜〜〜〜! 落ちるって!」
俺の悲鳴にオンハルトの爺さんの悲鳴が重なる。
ハスフェルとギイは、さっきからずっと壊れたみたいにゲラゲラと笑っている。そして最初っからずっと無言のまま両手を上げて無反応のランドルさん。さっきからガンガン体が振り子みたいに左右に振り回されて動きまくってるんだけど、マジで大丈夫か。
そして、そのまま別の小さな縦穴に飛び出した瞬間、いきなりアイゼンさんが叫んだ。
「よっしゃ! 行け〜〜〜〜〜〜!」
その瞬間、唐突にレールが無くなり、だけどトロッコはまっすぐ前に突き進む。つまり縦穴を横切る形で宙を飛んだのだ。
「うぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
全員の悲鳴が見事なまでに揃う。
そのままトロッコは、縦穴の向かい側に大きく空いた穴の中へ見事に突っ込んで行った。
「い、いいのかこれで! 安全基準はどうなってる〜〜〜〜!」
叫んだ俺は、悪くないと思う……。