平和なトロッコツアー前半と突然のホラー
「ただいま通っているこのトンネルは、今から二百五十年前に掘られたもので、その当時掘り出した鉱石を外へ搬出するための重要な通路として使われていたそうです。今乗っているこのトロッコは、その頃の鉱山の様子を再現したものです」
恐らく決まり文句なのだろう、運転しながらアイゼンさんがとうとうと解説を始める。
ほう成る程。だけどその当時のトロッコには間違いなく屋根は付いてなかったと思うぞ。
内心でそんなことを考えつつ、ノミの跡が残る歪な壁面をのんびりと眺めていた。
「この先はトンネルが細くなり設置している照明が無いのでしばらく暗がりが続きます。念の為トロッコ側で照明をつけます。明るくなりますのでご注意ください。念の為照明には触らぬようお願いいたします」
しばらくしてアイゼンさんの言葉とともに、トロッコの屋根の縁に取り付けられていた細長い棒状のものが急に瞬いて明るい光を放った。
まるで蛍光灯みたいな細長い棒状のそれは割れないようにするためなのだろう、金属製の筒に入れられていて、網状になった下部からかなり明るい光を放っていた。
「ほう、ファイヤーフライの照明か。これはまた高級品を使ってるんだな」
オンハルトの爺さんの呟きに、俺はまるで蛍光灯のようなその照明を覗き込んで見た。
「ああ、ファイヤーフライって、飛び地で集めた蛍だよな?」
思わず後ろを向いてそう尋ねる。
「ああそうだ。あの時の素材の中にある光る物質を特殊な方法で取り出して、このガラスの筒に中に入れて密封してあるのさ。それでジェムを使って光らせるわけだ。まあ光らせる詳しい仕組みは簡単には説明出来んのう」
面白がるようなオンハルトの爺さんの説明を聞いて感心していると、アイゼンさんが笑顔で振り返った。
「おやおや、ドワーフでもないのにお客様の中に詳しいお方がおられるようですな。その通りでございますぞ。これは、ファイヤーフライの素材である光る物質を使った特殊な照明です。何しろ普通の火と違って閉鎖空間内部でも消えませんのでな。確かに素材は高級ですが、昔から鉱山ではよく使われております。王都の貴族の照明として使われ出したのは、ほんの数十年前からの事でございます」
何しろ鍛治と装飾の神様ご本人だもんなあ。そりゃあ詳しいって。
笑ったアイゼンさんの言葉に、俺は脳内で思いっきり突っ込んでおいた。
そのまま真っ暗なトンネルの中を進んでいると、今度は急にガタガタと乗り心地が悪くなった。
「この辺りは岩盤の境目で振動の伝わり方が違うのでこんなふうにガタガタしよります。問題ございませんのでご安心を」
そう言ったアイゼンさんの言葉の直後、突然ハスフェルとギイの驚くような声が聞こえた。
「何だ?」
「どうした?」
まあ、あいつらに限って何かあるなんてことはないだろうけど一応心配になって振り返ると、何故か二人が乗っている後続車両だけが真っ暗になってる。
俺達のトロッコの明かりがあるから、ハスフェル達の姿は見えているが何故か最後尾の車両だけ明かりがついていない。
「あはは、照明切れてる!」
吹き出した俺の言葉に、アイゼンさんが驚いたように振り返って真っ暗になってる最後尾を見て無言で慌てている。
リナさん一家とランドルさんも驚いたように振りかえって慌てている。
まあ夜目の効く俺達にしてみれば、これくらい明かりがあれば普通に見えてるんだけどね。
「構わないぞ、これもなかなかに面白い」
「ああ、これは逆に当たりだよな」
笑ったハスフェルとギイの声が聞こえた直後、ほんのりと小さな明かりが二つ灯る。
どうやらギイが携帯式の小さな照明を持っていたみたいでそれをつけたらしい。要するに懐中電灯みたいに前方を照らすタイプみたいだ。
「へえ、それもファイヤーフライの素材が入ってるのか?」
明らかにいつものランタンの灯りとは違うそれを見て、思わずそう尋ねる。
「おう、まあ緊急用の携帯ランプだよ。それほど明るくないからあまり実用性は無いけどな」
笑ったギイの言葉の直後、彼は暗がりで懐中電灯を持った奴がほぼ全員する、アレをやったのだ。
要するに、顎の下から上向きに顔にライトを当てるヤツ。当然ハスフェルも同じように持っていた小さな照明を顎の下にやる。
彫りの深い顔のやつがこれをすると、影が深く濃くなってホラー度が増す。そのままにんまりと笑う二人。
次の瞬間、リナさんのまるで女の子みたいな悲鳴がトンネルに響き渡り、俺達は全員揃って吹き出し大爆笑になったのだった。
「さあ、そろそろのんびりコースが終了だぞ!」
一番前のアーケル君の呟きが聞こえて皆が揃って笑う。
今の俺達は大きくて薄暗いトンネルの中をゆっくりと進んでいる状態だ。もう暗いところは抜けたみたいで、照明は消されている。
出発した時は平坦な場所だったんだけど、進むにつれてどんどん上り坂になっているみたいで、先頭のアイゼンさんが乗っている小さな機関車からはずっとキリキリと駆動音が聞こえている。
「ううん、この状況ってどう見てもジェットコースターの出発してる時だよなあ」
数回程度しか乗った事がないけど、学生時代に友人達と懸賞で当たった無料チケットで行った映画会社のテーマパークを思い出していた。
あそこの売りの一つだった恐竜が出てくるジェットコースターも、こんな感じだったよな。
周りはずっと薄暗いトンネルだしする事がなくて退屈した俺は、トロッコに揺られつつぼんやりとそんなことを思い出していた。
その時、ガタンと大きな振動がきてトロッコが止まる。
「ん? どうしたんだ?」
不意に我に返った俺だけじゃなく、俺の後ろに座ってるハスフェル達も同じように驚いたみたいでそう言って不思議そうにしている。
「それでは皆様、最後の上り坂になります。この後は一気にスピードが上がりますので今一度安全ベルトの確認をお願いいたします」
アイゼンさんの言葉に、一応それぞれ安全ベルトを確認する。
もちろん俺もしっかり確認したよ。ついでにトロッコの縁の部分に取り付けられた金属製の手すりを両手でしっかりと握りしめた。
さあ、ここまではのんびりトロッコだったけど、いよいよジェットコースターの始まり……なのかね?