船舶ギルド
「なあ、アレに乗ってみたい!」
目を輝かせて思わずそう言った俺を見て、ハスフェルは笑っている。
「良いのか?アレに乗ったらゴウル川の河口にあるターポートの街まで行っちまうぞ。バイゼンへ行くんだろうが」
地理が分からなくて鞄から地図を引っ張り出す。
「あ、河口にある街か。へえ、このまま行くと海へ出るんだ」
今目の前に流れている、対岸が霞む程の川幅の有るゴウル川だが、このまま南側に流れて行って、海へと注いでいるのだ。
「でも、もっと近くで見てみたい。このまま進んで良いか?」
「もちろん。まずはこのまま進もう」
笑った彼もシリウスの背に飛び乗り、またしても周りからどよめきが起こった。
「乗る為の鞍なんだから、乗ったからって驚かれても困るよな」
「全くだな。その為の従魔なのに、乗って驚かれても困るよな」
ハスフェルもわざわざ大声で話し、俺達は顔を見合わせて小さく吹き出した。
何となく人の流れに沿ってそのまま進み、ようやく突き当たりの川辺の広場まで進んで来た。
「おお、すげえ広いな。そして橋がデカい!」
見上げる程に巨大な帆船が、巨大な橋桁にかすりもせずに下をくぐって進んで行く。しばらく眺めていて、違和感に気付いた。
「何だあれ? 川の流れは右から左なのに、左から右に進んでいる帆船も有るぞ。ええ? どう言う事だ?」
俺の呟きに、隣に並んで同じように景色を眺めていたハスフェルが吹き出した。
「船体の横を見てみろよ。大きな外輪がついているだろう。基本的な燃料はジェムで、内部で水を汲み上げてその水圧で外輪を回しているんだ。しかもここの川は、海から吹き上がってくる風のおかげで、常に川上へ向かって風が吹いている。川を下る時は、帆を畳んで流れに乗って進めば良い。逆に、川を上る時は、外輪を回して帆を張るんだ。そうすれば風の力と外輪の力で川の流れを遡ることが出来る」
確かに、言われてみれば帆を張っているのは左から右に進んでいる帆船で、右から来る帆船は帆を畳んでいる。
「へえ。凄いや。じゃあもしかして、ここでもジェムは高く買ってくれそうだな」
「勿論だ。あ! なあケン、ブラウングラスホッパーのジェムってまだまだ有るんだよな」
「有るよ。腐らないか心配になるくらいに有るよ」
「それなら、船舶ギルドにも売ってやってくれ。冒険者ギルドに売ったものは、主に街での生活や住民たちへの販売に回されるからな。船舶ギルドに直接売れば、物流の船舶専用に使われるんだよ」
「別に構わないけど、それって良いのか? 俺は冒険者ギルドに所属しているんだ。その辺りの事はよく分からないけど、冒険者ギルドにはこれからも世話になるんだから、怒らせるような事はしたくないよ。そっちのギルドを通さなくても問題無いのか?」
「普通なら、あまり感心できる行為じゃ無いがな。今はまだジェムはどこも不足気味だ。川を介した物流は、この国の要でもあるから、絶対に止める訳にはいかないんだ。俺がギルドマスターのディアマントに頼まれて、ここ最近は相当数の手持ちのジェムを、何度もここの船舶ギルドに融通しているんだよ」
「ああ、例の地脈が弱まっていた間だな」
苦笑いする彼を見て、橋に繋がる大きな建物を見た。
船舶ギルドの文字が彫られた綺麗な看板が掛かっている。
「あ、良い事思い付いた。船の回数券とか乗り放題券なんて無いのかな」
「何だって?」
俺の呟きが聞こえたようで、ハスフェルが不思議そうにこっちを見ている。
「いや、金は既に使い切れないくらい有るし、ここのギルドでも、ブラウングラスホッパーのジェムを引き取ってもらって鑑定中だろう。だからさ、船舶ギルドでは、買い取り金額を船の乗船券とかで貰えないかなって思ったんだよ」
「面白い事を考えるな。良いなそれ。それなら俺も欲しいぞ」
「ちなみに質問だけど、あの船に乗るにはどうすれば良いんだ?」
「そこの受付で、船を指定して乗船券を買うんだ。だけど、あれは物流専門の船だから一般人は乗れないと思うぞ」
今さっき俺が適当に指差した帆船は、どうやら物流専門の船だったらしい。
「成る程、人を乗せる船と、荷物専用の船が有るのか。あ、そうか。ハスフェルが言っていた、地上からこの街に来たのは久し振りだって、これの事だったのか」
納得した俺に、彼も笑って頷いている。
「そうさ。この川は川上にある王都インブルグと繋がっている、それだけじゃなく、この国の主要都市である、南北のアスクヒル、南北のオウマ、南北のグラスダル、そしてここ、東西のアポン。これらの街から各街道を通って人や物が運ばれる。本流であるダリア川に行けば、きっとお前はもっと驚くぞ。何しろ、川自体に、物流の為の仕掛けがしてあるんだからな」
「へえ、それは……楽しみだな」
目は、近寄ってきた大きな帆船に釘付けになったまま、俺は半ば無意識にそう呟いた。
「それじゃあ、船舶ギルドへ行ってみるか」
しばらく帆船が行き交うのを眺めていたが、我に返って振り返った。
ハスフェルは、黙って俺の気がすむのを待っていてくれたよ。良い奴だなあ。
彼の案内で、橋と一体化した大きな建物の前に来た。
「なあ、こいつらは? 一緒に入って大丈夫なのか?」
思わず、建物に入ろうとするハスフェルの腕を掴んだ。
マックスから降りて建物の中に入るのなら、従魔達はどうするんだろう? まだ、ユースティル商会の件が完全に解決していない状態で、こいつらだけで外で待たせておくのは心配だった。
「ああ、大丈夫だ。そのまま一緒に入れるぞ」
平然とそう言うと、シリウスの首輪に手を掛けて、堂々と開いたままの巨大な扉の中に入って行ってしまった。
「ああ、待ってくれって。置いていくなよ」
マックスとニニの首輪を軽く掴んで、俺も慌てて後を追った。
入ってすぐの、広いロビーみたいな場所にいた人達が、無言で全員立ち上がった。
「気にするな。全部こいつの従魔だよ」
ハスフェルが大声でそう言うと、驚いた事に、立ち上がった殆どの人は納得したようにまた座ったり、話をしたりし始めたのだ。
ええ? 彼が一言言っただけで、普通納得するか?
俺だけが納得出来ずにいると、奥から小柄な男性が駆け出してきた。
「ハスフェル! 久し振りだね。また持ってきてくれたのかい?」
目を輝かせて話しかけるその男性は、ハスフェルの胸の下あたりまでしか無い。
「ああ、今日は俺じゃなくって彼を紹介に来たんだ。ケン。ご覧の通り超一流の魔獣使いだ」
「はじめまして。ナフティスと申します。船舶ギルドの責任者をしております」
小柄なその男性は、しかし、只者では無い雰囲気で、いかにも手練れの商人って感じだった。こんなのと迂闊に取引したら、丸裸にされそうだ。
「ケンです。よろしくお願いします」
若干ビビりながら握手に応じた。柔らかな手で、これも見事なペンダコが出来ていたよ。
そのまま奥に通されて、相談の結果、ブラウングラスホッパーのジェムを一万個と、亜種のジェムも五千個買ってくれる事になった。
「明日もう一度来てくれるか。鑑定にはそれなりに時間が掛かるからな」
運ばれて行く、大量のジェムを見送りながらそう言われて、俺はハスフェルを見た。
「なあ、この際だからハスフェルの分も一緒に、二人分頼もうぜ」
「良いのか?」
「もちろん、思いっきり世話になってるしさ」
頷く俺に、ハスフェルは笑ってナフティスに向き直った。
「なあ、ちょっと相談があるんだが良いか?」
「ああ、もちろん。何か困り事か?」
立ち上がり掛けていたナフティスさんが座りなおしてくれたので、俺たちは顔を見合わせて頷いた。
「ものは相談なんだが、ジェムの買い取り金額の一部を、二人分の乗船券で貰えないかと思ってな」
ハスフェルの言葉に、一瞬呆気にとられたように無言になったナフティスさんは、次の瞬間盛大に吹き出した。
「お前、面白い事を考えるな。つまり、貴族が持っているあの券を寄越せって事か!」
「まあ、平たく言えばそうなる」
苦笑いして頷く彼を見てナフティスさんも何やらニンマリと笑った。
「分かった。二人分、一生乗り放題の乗船券を船舶ギルドの責任者名義で出してやる。三日待ってくれるか。各街の責任者の裏書きを貰ってきてやる」
その答えに、ハスフェルは満面の笑みになった。
「持つべきは、顔の広い友だな。全ギルドの裏書きを貰えるなら完璧だよ」
「商談成立だ」
ガッチリと握手を交わした二人は、揃って俺を振り返った。
「って事で、無期限乗り放題乗船券を確保したぞ」
ドヤ顔で親指を立てるハスフェルに、俺も親指を立てて何度も頷いたのだった。