お菓子の術師?
「さてと、それじゃあこっちも仕上げていきましょうかね」
シャムエル様にも甘露煮を一つ渡してから、さっきのモンブラン風マロンタルトを作った時に少し残っていた栗クリーム入りの絞り袋を取り出した。
「この、真ん中のところに山になるように絞り出していくのか。ううん、真っ直ぐに絞るのは案外難しいなあ」
さっきは渦巻き状に絞り出したし、重なっていたから少々歪んでも気にしなかったけど、師匠の見本のイラストにあるみたいに綺麗に真っ直ぐ絞るのは思った以上に難しかった。
「ちょっと歪んでるけど別にいいよな。素人が作ったお菓子なんだからさ。味には変わりないって」
一応言い訳をしつつも、何とか綺麗に真っ直ぐになるようにパウンドケーキの上部に栗クリームを絞り出していった。
「よし、良い感じになったな」
パウンドケーキの上部に綺麗に山盛りになった栗クリームの出来具合に満足のため息を吐き、仕上げにその上に刻んだ二種類の甘露煮を混ぜて散らす。
「うおお、デコレーションしたらこれもお店で売ってるみたいになったぞ! はいはい、もちろん全部進呈するから、待ってくださいって」
先ほどから俺の頭上に現れて大喜びで拍手をしていた収めの両手に笑いながらそう言い、出来上がったばかりの栗のパウンドケーキと、冷蔵庫に冷やしてあった鬼柚子ピールのパウンドケーキも取り出して大きめのお皿にそれぞれ並べる。
それを両手に持って、いつもの簡易祭壇の前に並べた。
「お待たせしました。鬼柚子ピールのパウンドケーキと、栗の甘露煮がたっぷり入った栗のパウンドケーキです。きっとシルヴァ達は好きだと思うから楽しんでください」
手を合わせて小さな声でそう呟く。
俺の頭を何度も撫でてから、収めの手が嬉しそうに順番にケーキを撫でまくり、お皿ごと持ち上げるみたいにしてからゆっくりと消えていった。
「気に入ってくれるといいな。これは簡単に作れるから、もう少し作り置きしておいてもいいな」
何だか嬉しくなってそう呟き、お皿を持って机へ戻った。
「お待たせ。それじゃあ試食タイムだ!」
「オゥイェ〜〜イ! しっしょく〜〜〜〜! しっしょく〜〜〜〜! しっししっししっしょく〜〜〜!」
「いや、そこで跳ねると失職に聞こえるからそれはやめて欲しい」
吹き出しながら思わず突っ込んだが、ダンスに夢中のシャムエル様は知らん振りだ。
右に左にお皿を振り回しつつ、新曲試食の歌が始まったよ。
途中からお皿を頭上に高々と掲げて動かしながら、下半身は目にも止まらぬ速さで高速ステップを踏み始める。当然のようにカリディアがすっ飛んで来て同じくお皿を持って、シャムエル様のダンスを見事にコピーして一緒に踊り始めた。相変わらず見事なもんだよ。
二人の一糸乱れぬシンクロダンスを眺めつつ、取り出したナイフでまずは栗のパウンドケーキの端っこ部分を切り落とす。
当然ここには、飾りの栗クリームがたっぷりとはみ出しているから、多分シャムエル様的には嬉しい場所だろう。
これは別にわざとじゃないぞ。端を上手に絞り出すのって案外難しいんだからさ。
と、脳内で誰かに言い訳しつつ、次に鬼柚子ピールのパウンドケーキのお皿を持ってくる。
「じゃあこれも半分こな」
これも両端を順番に切り落として、お砂糖がたっぷりかかっている方をシャムエル様が取り出したお皿に乗せてやる。
一応、端っこはそれぞれ四個ずつあるから半分こだ。
「お待たせしました。はいどうぞ」
ちょうどダンスを終えて揃って決めのポーズを取っていたシャムエル様の前に、パウンドケーキの端っこが並んだお皿を置いてやる。
「ふおお〜〜〜! これが本当のあっじみ〜〜〜〜〜!」
歓喜の雄叫びを上げたシャムエル様が、やっぱり頭から突っ込んでいった。
「試食って言いながら踊ってたのに、やっぱり味見なんだ」
吹き出した俺の言葉にも、シャムエル様は知らん顔だ。
「ふおお〜〜〜! 端っこ最高〜〜〜〜! 素晴らしく美味しいよぉ〜〜〜〜〜!」
いつもの三倍サイズに膨れた尻尾を振り回しつつ、嬉々として栗クリームが乗った端っこを齧り始める。
置いて行かれたカリディアが、苦笑いをしながら華麗にシャムエル様に向かって一礼してからベリーのところへ駆け戻って行った。
あれって神様へ捧げるダンスなんだから、せめて見送ってやれよ。
笑いながら俺はこっそり手を伸ばして、三倍サイズの尻尾を堪能させてもらった。
「へえ、栗の入ってるのはまあ予想通りの味だけど、こっちの鬼柚子ピールの入った方は、思ったよりもさっぱりしてて美味しいなあ」
「どっちもすっごく美味しいね」
早くも栗のケーキは食べ終えたシャムエル様が、鬼柚子ピールのケーキを食べ始めている。
「これって、ケーキ自体の配合は一緒なんだぞ。入ってる具が違うだけでこんなに変わるんだよな、お菓子って面白い」
「ええ、全然違う味に思うけど?」
俺の言葉にシャムエル様が食べるのをやめて、驚いたように持っているケーキをまじまじと見つめる。
「まあ、そっちはシロップを塗ってるから味は違って当然かもだけど、元の生地の配合は一緒だよ」
「すごいね。ケンは、お菓子作りの術師だね」
目を輝かせてそう言いまた食べ始めたシャムエル様の言葉に、俺は苦笑いして鬼柚子ピールのケーキの最後の一切れを口に入れたのだった。