大興奮のシャムエル様とパウンドケーキ
「よっしゃ〜〜〜〜〜! 栗たっぷりモンブラン風マロンタルトの出来上がりだ〜〜〜!」
ガッツポーズで叫ぶ俺の横で、大興奮状態で高速ステップを踏むシャムエル様。
「ブラボー〜〜! ブラボ〜〜〜〜!」
嬉々として大声でそう叫びながら、お皿を手にして跳ね回ってる。そして何故か唐突に現れて一緒になって手拍子を打って大喜びしている収めの手の両手バージョン。
どうしてだろう、手だけなのに大喜びしてるのがめっちゃよく分かるんですけど。
「分かった、お供えするからちょっと待って」
俺の前髪を必死になって引っ張り始める収めの手に苦笑いしながらそう言い、設置したままになっている簡易祭壇にマロンタルトを丸ごとお供えする。
「お待たせしました。では、出来立てのモンブラン風マロンタルトを丸ごとどうぞ」
大はしゃぎする収めの手が俺の頭を何度も優しく撫でた後、マロンタルトを嬉々として何度も何度も撫でてから、お皿ごと持ち上げる振りをして消えていくのを笑って見送った。
「まあ、喜んでくれたみたいだね。だあ〜〜! 待て待て、これは皆が帰ってから切るから味見は無しだぞ」
お皿を持ったまま今にもマロンタルトへ突っ込みそうな勢いのシャムエル様を捕まえて、慌ててそう言って離れた場所におろす。
「ええ、今食べないの〜〜?」
「無茶言うなよ、ホールケーキのつまみ食いなんてバレバレだぞ」
口を尖らせるシャムエル様を見て、ため息を吐いた俺は鍋にまだまだ残っている栗クリームを小皿にたっぷりとスプーンですくって乗せてやった。
「だから、今はそれで我慢してくれよな」
「我慢するする〜〜! うわあい、いっただっきま〜〜〜〜〜す!」
歓喜の叫びと共に、栗クリームに頭から突っ込んでいくシャムエル様。
そして当然全身栗クリームまみれになる。
「ああもう、大事な尻尾なんだろう? お菓子を前にすると大事な尻尾の扱いが雑になるよな」
笑ってそう言い、こっそり尻尾の先をつまんで引っ張り上げてやる。
「ああいいねそれ、ちょっとそのまま持っててくれる」
栗クリームまみれの顔を一瞬だけ振り返ってそう言ったシャムエル様は、尻尾を引っ張り上げられてお尻を突き出したみたいな姿勢のまま、残った栗クリームに突っ込んでいった。
言ってみれば、後ろ足は爪先立ち状態に近く、両手ごと栗クリームに頭から突っ込んでいて尻尾で宙吊りになってるみたいな姿勢だ。
だけどどうやらこの姿勢だとベタベタの栗クリームを舐めるのにちょうど良かったらしく、ご機嫌で残っているクリームを駆逐し始めていた。
もう笑うしかない俺は、仕方がないのでこっそりもふもふのしっぽを満喫しつつ、シャムエル様がもう良いと言うまで尻尾を摘んで遊んでいたのだった。
いや、だってこれは頼まれたからであって、仕方がなくやってるんだよ。よし。
「はいもういいよ。いやあごちそうさまでした。甘くて美味しかったです! 栗クリーム最高だね」
「だろう。次も期待してくれよな!」
栗クリームまみれのまま満面の笑みで、ちっこい両手でサムズアップなんかされたら返さない訳がない。俺も尻尾を離してドヤ顔でサムズアップを返したよ。
外はそろそろ日が暮れて暗くなって来た頃だけど、まだあいつらが帰ってくるまでにはもうちょい時間がありそうなので、部屋に備え付けのランプの火を順番に灯してくれたベリーにお礼を言って、栗のパウンドケーキと鬼柚子ピールを入れたパウンドケーキも焼いてみる事にした。具はシンプルに、それぞれ甘露煮と鬼柚子ピールの刻んだのだけだよ。
とはいえ、ベースのパウンドケーキはもう何度も作っているからスライム達が全部心得ていてやってくれるので、俺がやったのは材料を計ってスライム達に指示しただけだよ。
それぞれ金型を二個ずつ用意して、簡易オーブンも二台用意して全部で四本分をまとめて焼いていく。
「これは、今回は両方とも上に飾りをしてみるよ。まずはこっちだ」
用意したのは、主に飾りに使う粉砂糖だ。
「これは小麦粉みたいに細かく砕いた飾り用のお砂糖で真っ白のサラサラなんだ。今回は鬼柚子の果肉部分を絞った果汁を使ってアイシングってのをやってみます」
目を輝かせて見つめるシャムエル様に解説しながら作っていく。
「もうすぐ焼き上がるから、まずはシロップを作るよ。ええと、鬼柚子の果汁に砂糖を混ぜてから火にかけて、砂糖を完全に溶かす。香りが飛ばない様に強火で沸騰はさせない事。なるほどなるほど」
レシピを見ながら、じっくり弱火で柚子の香りが抜群のシロップをたっぷりと作る。
「ご主人、そろそろ時間ですよ〜〜!」
タイミングよく砂時計担当のゼータの声が聞こえたので、オーブンの様子を見にいく。
「おお、いい感じに膨れたじゃあないか。どれどれ、焼けてるかな」
串を刺してみて中まで焼けている事を確認してから順番に取り出す。栗の甘露煮が入ってる方は金型から取り出してそのまま冷ましておく。
「で、こっちだ」
鬼柚子ピール入りの方は、金型から取り出してすぐに作ったシロップをたっぷりと塗って染み込ませてから置いておく。
「ううん、もうこれだけで美味しそうじゃん」
笑いながらそう呟いて、計ってあった粉砂糖の入ったお皿に鬼柚子の果汁を計って入れる。
「それでこの溶かしたお砂糖をケーキの上からかけるんだって。上手くいくかな?」
ちょっととろみのある白い砂糖液を、少し高いところからパウンドケーキの上に全体に広がるみたいに細く落としていく。
「うおお、なんかいい感じになったぞ!」
焦茶色のパウンドケーキの上に、ちょうど雪が降り積もったみたいに真っ白な屋根が出来た。
「それでここに鬼柚子ピールの刻んだのを散らせば完成だ。うわあ、店で売ってるみたいになったぞ!」
「ふおお〜〜〜〜〜〜! これは素晴らしい!」
「どわあ! だから待てって!」
またしても、パウンドケーキに頭から突っ込んでいきそうになるシャムエル様を慌てて止める。
「こっちの栗の甘露煮入りも作るから待ってくれって、全部出来上がったら端っこを一緒に試食しよう」
「待ちます待ちます! いくらでも待ちま〜〜〜す!」
小皿を取り出したシャムエル様は、そう叫んで嬉々として高速ステップを踏み始めた。
「あはは、それじゃあ急いで作るから、待っててくれよな。ええと、これ冷ましてくれるか。それでそのまま冷蔵庫へお願いします」
「了解です!」
二本の鬼柚子ピール入りパウンドケーキをスライム達に渡して、俺は栗の甘露煮入りのパウンドケーキのデコレーションに取り掛かったのだった。
ふふふ、何だかお菓子作りも楽しくなってきたぞ。
もっと俺にも作れそうなレシピが無いか、後で調べてみよう。今なら喜んで食べてくれる人達が大勢いるからな。
そんな事を考えながら、甘露煮の瓶の蓋を開ける俺だった。甘露煮はまず、一つ味見しようかな。