新作チャレンジはマロンタルトだ!
「よし、焼き栗と茹で栗はこれくらいあればいいだろう。それじゃあこのマロンタルトってのを作ってみるか。何々、まずタルト生地ってのを作って、それを底の外れるタルト型に敷き詰めて、そこにフィリングを作って流し入れ、栗の甘露煮を並べる……フィリングって何だ?」
暫し無言で詳しいレシピを熟読する。
「ああ、フィリングってのがタルトの中に流し入れる甘いケーキの部分な訳か。なるほどなるほど」
ちょっと今まで作っていた焼き菓子よりもレベルが上っぽいが出来るだろうか?
「まあ、とりあえずやってみよう。失敗したらその時はその時だよ」
そう呟き、レシピを確認しながら材料をサクラに取り出していってもらう。
期待に満ち満ちた目で俺を見つめるシャムエル様は、今は見ない振り〜〜。
「ええと、まずはタルト生地を作らないとな。この小麦粉と塩を入れたボウルに、刻んだ冷えたバターを入れてカードで切るようにして混ぜていく。この時に絶対に練ってはいけない。なるほどなるほど」
開いたレシピを見やすいようにアルファに持ってもらいながらの作業だ。
製菓用のカードと呼ばれる板状の金属を手に、それをバターと小麦粉の入ったボウルに説明通りに垂直にぶすぶすと突き刺すみたいに切り込んでいく。
「へえ、バターが細切れになったらなんとなく混ざってきたぞ。で、こうなったら今度は両手ですり合わせるみたいにして粉とバターを馴染ませていく。ううん、出来るかな?」
レシピとにらめっこしながら、なんとか書かれている通りに作っていく。意外に簡単に説明書通りに作る事が出来た。よしよし。
「それでここに卵黄と水を合わせたものを振り入れて、またカードで切るように混ぜる。要するにここも練るなって事だな」
なんとなく分かった気がしたので、右手のカードでザックザックと生地を切りながらまとめていく。
「おお、一つになったよ。しかもめっちゃ綺麗に出来たっぽい。へえ、俺もなかなかやるじゃんか」
ちょっと自画自賛しつつ、ここで取り出した大理石の板の上に小麦粉を全体に撒いてからひと塊にしたタルト生地を取り出す。
「で、これで伸ばせばいいのか。これはうどんを作った時みたいで良いよな。多分。よし、それなら出来そうだ」
手にした麺棒でタルト生地をゆっくりと均一に伸ばしていく。
イメージは、以前定食屋の店長に教えてもらって遊びで作った手打ちうどんを伸ばす作業だ。あれほど生地が固くないので、加える力はもっと少しでいいけどな。
案外上手に出来て、なんだか嬉しくなってきた。
「それで伸ばしたこれをタルト型に敷く。ううん、ここが一番難しそうだ」
広げたタルト生地は案外柔らかくて迂闊に持ち上げたら破れてしまいそうだ。
「ううん、せっかく上手に伸ばせたんだから破れないようにしないとな」
少し考えてバターを塗って小麦粉を振ったタルト型を横に置いて、綿棒で端っこを乗せて一気に横にずらしてみた。
「うおお、危ない危ない」
ヘリに引っかかって破れそうになったがなんとか上手く敷き詰める事が出来た。余った分は、丸めてもう一度伸ばしてあとで焼けばクッキーになるらしい。よし、後で栗を乗せて焼いてみよう。
「で、ここで一度空焼きをするわけか。その際に中に重りを入れておくのか。底が膨れてこないようにする為。なるほどなるほど」
うんうんと頷きつつ、用途不明だった金属製の粒々を見た。
「これは重石か。なるほどねえ」
製菓用の薄紙を敷いてから重りを入れて全体に広げておき、温めておいたオーブンに入れて待ち構えていたゼータに20分計ってもらう。
「で、その間にフィリング作りだな。ああ、この茹でた栗で先にマロンペーストを作らないといけないのか。おおい、誰かこれ中身を取り出してすりつぶしておいてくれるか」
重さを測って茹でた栗を取り出しながらそう言うと、クロッシェとオリハルコンのゲルプがすっ飛んできて一瞬でくっついた。
「おまかせくださ〜〜い!」
取り分けた栗をぺろっと飲み込みもぐもぐと動いていたが、すぐに止まって綺麗にすりつぶしたマロンペーストを吐き出す。
「おお、綺麗に出来たな。ありがとうな」
得意げなクロッシェとゲルプを撫でてやり、甘露煮の汁と生クリームを入れて滑らかになるまで混ぜる。ここでお酒で香り付けをすると良いと書かれていたので、ブランデーを入れておいた。本当はラム酒があればいいんだろうけど無いものは仕方がない。って事で栗に合いそうなブランデーにしてみた。
「ちょっと硬めくらいでいいな。よし、これくらいでいいだろう」
改めて重さを計り直し、余った分は俺とシャムエル様で半分こしたよ。
この作業中に余った材料のつまみ食いって、なんだか美味しいんだよな。
「それで、別のボウルにバターと砂糖を入れて滑らかになるまで混ぜる。おおい。これは出来るから誰かやってくれるか」
ボウルと泡立て器を渡すと、一瞬でベータとアイアンスライムのジルバーンがすっ飛んできてボウルと泡立て器を確保する。
ゆっくりレシピを確認しながらの作業だから、やる気満々の全員分の仕事があるかどうか心配になってきたよ。
「ここに溶き卵も入れるのか。これは混ぜながら少しずつ入れるんだぞ。それで綺麗に混ざったら、このアーモンドの粉も入れるんだってさ」
そう説明して、計っておいたアーモンドの粉も渡す。
これは案外手のかかる作業だったので、卵を割る担当、溶き卵を作る担当、それをボウルに入れる担当、アーモンドの粉を入れる担当って感じに、嬉しそうに皆で手分けしながら作業してくれた。
よしよし、皆作業に参加してるな。
「ご主人、そろそろ時間ですよ〜!」
オーブン担当のゼータの声に返事をして、焼き加減を見にいく。
「いい感じに焼けてるな。よし、これは一旦取り出して、冷ましておけば……冷ましてくれるか。重りの金属の粒々は熱々だから気を付けてな」
「はあい、大丈夫で〜〜す!」
イプシロンが一瞬で焼きたてのタルト型を飲み込みしばらくモゴモゴしていたが、すぐに吐き出してくれた。
「いい感じに冷めたな。ありがとうな」
敷紙ごと重りを取り出しておき、フィリングの続きに取り掛かる。
「それで、さっきのマロンペーストにこっちのボウルの中身を混ぜるわけだな。二、三回に分けてその都度よく混ぜるのか」
レシピを読み上げると、さっと敬礼したスライム達があっという間に混ぜ合わせてフィリングを完成させてくれた。相変わらずうちのスライムたちは優秀だねえ。
「それ、ここに全部流し入れてくれるか」
焼き上がったタルト生地にフィリングを入れてもらう。
「で、平に伸ばしたら甘露煮を並べていけばいいんだな。よし、二種類混ぜてやる」
甘露煮の瓶を両方取り出し、小皿に適当に取り出しておく。
「そりゃあ絶対に、ぎっしり並べるべきだよな」
なんだか楽しくなってきて、二種類の甘露煮を交互になるように外側部分から並べていく。
「うおお、なんだかすっごくいい感じになったぞ。で、これを焼けばいいんだな」
中身が入ったタルト型はオーブンに逆戻りして、今度は40分焼く。
「時間内に、もしも焦げたり問題があったりしたら、すぐに呼んでくれよな」
とりあえず初めてなので、上手く焼けるかちょっと不安だ。なので念の為ゼータにそうお願いして時間を計ってもらう。
「お任せください!」
触手がニュルンと出てきて敬礼のポーズを取る。
「おう、よろしくな」
笑って撫でてやってから振り返ると、もう机の上は綺麗さっぱり片付けられていて、使ったボウルも泡立て器も全部ピッカピカになっていたよ。
毎回思うけど俺もう、絶対にスライム達無しに料理出来ないよ。いやあ、ありがたやありがたや。