工事の見積もり
「あれ、ちょっと待てよ。ドワーフギルドって、俺行った事無いじゃん」
商人ギルドを出たところで我に返ってそう呟き、慌てて中へ戻る。
「ヴァイトンさん! あの、申し訳ないんですけどドワーフギルドの場所も教えてください」
奥へ戻りかけていた後ろ姿を慌てて引き止める。
「なんだ、あまりに普通にしているから聞いているんだと思ってたぞ。了解だ、じゃあ一緒に行こうか」
呆れたようにそう言って笑うと、ヴァイトンさんも奥からムービングログを引っ張り出して来た。
「街の中のちょっとした移動は、これが便利で良いんだよ」
「そうですよね。確かに便利です」
笑ってそう言い、俺は先導してくれるヴァイトンさんの後ろを大人しくついて行った。
目的のドワーフギルドは、さっき教えてもらった道具屋筋からすぐのところにあった。
うん、これは物作りの職人達の総本山のギルドの場所としては、正しい場所って感じだよな。
「おや、ケンさん。ヴァイトンまで一緒にどうした?」
到着したドワーフギルドは、大勢のドワーフ達であふれていた。
奥にいたエーベルバッハさんが、入ってきた俺達に気付いて笑顔で手を振る。
全体に人間よりも背が低いドワーフ達の中へ入ると俺でもめちゃ見晴らしがいい。
「ううん、きっとハスフェル達の視界っていつもこんな感じなんだろうなあ。ちょっと羨ましいかも」
思わず小さくそう呟くと、隣にいたヴァイトンさんが聞こえたみたいで小さく吹き出してた。
「ちょうどよかった。今から冒険者ギルドへ行こうと思っとったところだよ。見積もりが上がってきたんで、確認をお願いしたくてな」
「ああ、もう出来ましたか」
身を乗り出す俺に、エーベルバッハさんも笑顔で頷く。
「では奥へどうぞ。説明させていただきますのでな」
促されて、一緒に奥へ向かう。
ちなみに乗って来たムービングログは、ヴァイトンさんの分と一緒に外の指定された場所に停めてある。
自転車置き場みたいにチェーンがついてて、ハンドルをそれに引っ掛けて留めるようになってたよ。見張りの警備の人もいたし、確かにこれなら勝手に持って行かれる事は無さそうだ。
奥に通されてエーベルバッハさんと向かい合うようにしてソファーに座る。ヴァイトンさんは、横に置かれた一人用のソファーに座った。
一人知らないドワーフが一緒に来てエーベルバッハさんの隣に座ったので、多分、この人が工事を請け負ってくれる大工の棟梁なんだろう。
「よろしくお願いします。大工のアードラーです」
「ケンです。よろしくお願いします」
笑顔で差し出された分厚い手を俺も笑顔で握り返す。
一応、今の状況はハスフェル達には念話で連絡済みで、従魔達に乗って移動中の彼らも一緒に声を聞いてくれているらしい。念話でそんな事まで出来ちゃうんだ。
それとオンハルトの爺さんは、以前ファルコとタロンの誘拐事件の時にお皿を使ってシャムエル様の見ている事を覗き見したみたいに、今は俺の目を使って覗き見しているらしく、一緒に見積書の確認をしてくれる事になっている。
「これが工事の見積もりです。その、かなりの値段になりましたので、駄目な場合は何処を削るかという相談をさせていただきたい」
遠慮がちに渡された分厚い書類の束を受け取る。
一枚目が、とにかくお願いした工事にかかる各費用の金額一覧と全部の合計金額のリスト。二枚目以降はその各費用の詳しい内訳だ。
ある程度は余裕を持った予算を組んであるのだろう、かなりざっくりした金額での提示になってる。
しばし無言で渡されたリストを確認する。
『いいと思うぞ。どちらかというとかなり控えめな提示な気がするなあ。俺はもう一桁上がると思っとったぞ』
苦笑いするオンハルトの爺さんの声が聞こえる。
『やっぱりそうだよな。俺もあれだけの工事をお願いした割にはかなり控えめな見積もりな気がする』
『構わないからそう言ってやれ』
笑った爺さんの気配に俺も小さく笑って頷く。
「ええと、もうちょいかかるかと思っていたんですけど、本当にこれで大丈夫ですか?」
俺の言葉にアードラーさんが目を見開くのが分かった。
「あの館を即金で決済したと聞いたんでな。その……」
「ああ、もしかして予算がもう底をついてると思いました?」
苦笑いしながらそう尋ねると、申し訳なさそうに小さく頷く。
「あはは、そこはご心配無く。実を言うともう一軒買ってもまだまだ余裕なくらいに予算は潤沢にありますから」
俺の言葉にヴァイトンさんが遠慮なく吹き出す。
「だから言っただろうが、遠慮は要らんとな。ほら、あっちの本音の見積もりを出せって」
「で、では、それは下げてこちらを……お願いします」
そう言って、足元に置いてあった鞄から同じくらいの分厚い書類の束を取り出して机の上に置く。
「普通は先に高いのを提示して、文句を言われたら安い方を出すんじゃないんですかね」
苦笑いしながらまとめて受け取り、内容を確認する。
『まあそっちが妥当だろうな。俺達も協賛するんだからまだまだ出せるぞ』
笑ったオンハルトの爺さんの声に続き、ハスフェルとギイの笑う声も聞こえた。
『了解、じゃあこれで一旦通して、もし追加があれば随時契約って事でいいな?』
『おう、いいと思うぞ』
『よし、じゃあこれで一旦受けるよ。協力感謝!』
三人の笑う気配に、俺は小さく頷いて顔を上げた。
「最初からこっちを出してくださいよ。ええ、これでお願いします。なんならこれよりも余裕を持って予算を用意しておきますので、もし足りなかったらいつでも遠慮なく言ってください」
「おお、感謝するよ。ではもし何かあれば、遠慮なく相談させてもらうよ」
アードラーさんが嬉しそうにそう言い、俺たちは改めてがっしりと握手を交わしたのだった。
よしよし、まずは一つ目の用事クリアーだね。