蛇をテイムする
思いっきり大きなため息を吐いて、俺はとにかく蛇をテイムするために茂みへ向かった。
あちこちで、僅かだが生き物が動く気配がする。剣を抜いて恐る恐る茂みをかき分けて探していると、何度目か数える間も無く、すぐにデカい蛇が出てきて、鎌首をもたげてこっちに向かって威嚇し始めた。
うわあ、めっちゃ怒ってるよ。
「絶対無理だって。こんなのどうすりゃ良いんだよ!」
本気で泣きそうになっていると、甲高い鳴き声がしてファルコが上空から急降下して来た。驚く間も無く、デカい足でその蛇の頭を掴んで上空へ連れ去ってしまった。
おお、すげえ。そっか、蛇もあいつにとっては獲物なんだ。
飛び去る頼もしい姿を感心して見上げていると、いきなり目の前にさっきの蛇が落ちて来た。
「やめてー! 俺は蛇は食わないから要らないです!」
思わず叫んで、後ろに思いっきり飛んで下がった。
「弱らせましたから今ならテイム出来ますよ。尻尾を掴んで一度叩きつけてやると良い」
上空から聞こえた親切なアドバイスに、俺は叫びそうになった。
何をどうするって?
慌てて見ると、目の前に落ちて来たその蛇は、小さく首を上げて逃げようとしている。
うん。せっかくファルコが協力して弱らせてくれたんだ。確かに逃すのは勿体無い。
俺は覚悟を決めて、腕を伸ばして蛇の尻尾を掴んだ。
大丈夫、俺は今、革の手袋を嵌めてるんだから大丈夫!
必死で、大丈夫だと自分に言い聞かせた。
正直言って、全身鳥肌ものだがやるしかない。嫌な事はさっさと終わらせよう。
尻尾の先を掴んで、鞭を振るみたいに思いっきり振り上げて地面に叩きつけてやった。
パシーン、と、軽い音がして蛇の頭が地面に叩きつけられる。
手を離して、ぐったりした蛇の頭を指で摘む。
「俺の仲間になるか?」
正直言って絶対嫌だけど、やれと言われた以上仕方無い。こんな奴でも、見慣れたら可愛く思える日が来るかもしれない……多分無いだろうけど。
「分かりました。貴方に従います」
妙に可愛い声でその蛇は答えた。驚いた事に、こいつは雌だったらしい。
いつものように光った蛇は、何と……思わず手を離した俺の目の前で、めっちゃデカくなった。
あれだ、たまにテレビのB級探検物とかである、幻の人食い蛇現る! とか言われるレベルだよ。
胴体なんて、どう見ても俺の太腿より太いぞ……。長さは5メートル以上は確実にある。なにこれ、マジ怖いんですけど!
本気で気が遠くなる俺に、またしてもシャムエル様が無茶振りをする。
「上手くテイム出来たね。じゃあ名前を付けてあげてね。あ、名付けの時は、右手は素手で触るんだよ」
大きなため息を吐いて、顔を上げた。なんのイジメだよこれ。
うん、そうだ、蛇の模型だと思えば良い。これは作り物、これは作り物……。
目を閉じて、必死になってそう自分に言い聞かせた。
ええと、名前……何が良いかね?
あ! あれにしよう。良い名前を思いついて、俺は目を開いた。
「紋章はどこに付ける?」
右手の手袋を外しながら聞いてやると、巨大な鎌首を持ち上げて、鼻先を下にして俺に頭を下げた。
「額にお願いします」
「わかった。お前の名前はセルパンだ。よろしくな」
確かフランス語で蛇って意味だ。そのまんまだけど良いだろう。大人しく差し出す頭にそっと手を乗せて、そう言ってやった。
ちょっと自分の手が震えてたのは、見ない振り見ない振り。
また一瞬光って、デカい額に直径10センチぐらいの俺の紋章が刻まれた。
セルパンは、体色は濃い緑色で全体に網目模様が入ってる、うん、ニシキヘビの模様みたいだ。
その時、突然デカかったセルパンがどんどん小さくなっていった。
驚く俺の目の前で、最後には30センチぐらいの細い紐みたいになった。色は綺麗な薄緑色一色で、何となく木の枝か蔓みたいだ。おお、これならあんまり怖くないかも。
「如何でしょうか? これなら怖くありませんか?」
遠慮がちなその言葉に、俺は何だか申し訳なくなった。
どうやらこいつは、俺がデカい蛇を本気で怖がってるのに気付いていたらしい。
「ああ、気を使わせてごめんよ。うん、これならさっきの姿よりは怖くない……かな?」
そっと指を差し出して、小さくなった頭を勇気を出して撫でてやった。
「必要な時以外は、この姿でいます。出来るだけご主人のお目に触れないようにしますので、どうかお許しを」
下手に出られると、こっちも下手になってしまう営業気質。慌てて首を振った。
「ああ、構わないよ、その姿だったら怖くないから大丈夫だって」
笑った俺に、小さな顔を上げたセルパンは、確かに笑って見えた。あ、ちょっと可愛いかも。
「じゃあ私は、普段はここにいる事にします」
そう言うと、側にいたニニのところへ行き。前足を伝ってスルスルと登って行き、首に結んでいる首輪がわりの紐に巻き付いたのだ。赤い紐に、緑色が巻き付いて何だか可愛くなったぞ。
「あ、よろしくね」
ニニが嬉しそうにセルパンにそう言って笑っている。女の子同士仲良くなったみたいだ。
ホッとする俺に、肩に座ったシャムエル様が満足そうに笑った。
「上手くいったね。これでもう、君達には毒を持った蛇は近付いて来ないから安心してね」
「え?どう言う事だ?」
驚いてシャムエル様を見ると、胸を張ってこっちを見ている。
はい、またしてもドヤ顔頂きましたー!
「セルパンは、元はグリーンコブラ。つまり普通のジェムモンスターの毒蛇なんだけどね、さっきテイムされて大きくなったでしょう。あれはグリーンビッグパイソンって呼ばれる毒持ちのジェムモンスターでね。まあ、蛇の中では最上位の最強クラスなんだ」
「待って、なにそれ怖い! 普通デカい蛇って、毒は持ってないんじゃないのかよ! このデカさで毒持ちって……ジェムモンスター怖すぎだよ」
本気で叫んで怖がる俺を、シャムエル様はまたしても冷たい目で見る。なんだよ! 怖いもんは怖いんだって!
「安心して。だから、その最強の子をテイムした君には、他の蛇は怖がって近寄って来ないの。どう、良い考えでしょう?」
その言葉に、俺は心底ホッとした。
おお素晴らしいぞ。つまり、セルパンがいれば他の毒蛇避けになるって事だな。うん、それなら我慢するよ。今のあの小さい見かけだったら、それほど怖くもないし……ね。
改めて、ニニの首輪に巻き付くセルパンを見てみる、
まあ、蛇とはいえ、このサイズなら……怖くないと思えば怖くないかも……多分。
そっと指を出して突いてやった。
「改めてよろしく。ニニと仲良くしてくれよな」
「はい、よろしくお願いします。ご主人」
可愛い声のセルパンに、俺も笑顔になった。うん、大丈夫だ怖くない、怖くない……。
さてと、気分を変えるように大きく伸びをして振り返った。
「マックスが戻るまでここで休憩するか? それとも勝手に進んで大丈夫なのか?」
俺の質問に、ニニが嬉しそうに起き上がった。
「ちゃんと追いかけてきますから、進んで大丈夫ですよ。さあどうぞ、乗ってください」
おお、今度はニニの上か。それでは遠慮無く乗せてもらおう。
いそいそとニニの背中に乗った俺は、マックスとは違うしなやかな身体にちょっと驚いた。
「へえ、こうやってみると、猫と犬って骨格が全然違うんだな」
ややとんがった肩甲骨の後ろあたりに座り。首元の長い毛を掴んだ。
「痛くないか?」
「大丈夫ですよ、ゆっくり進みますけれど、私の毛は柔らかいですからしっかり掴んでて下さいね」
ニニの言葉に、俺はもう少し掴む毛を増やした。
起き上がったニニがゆっくりと歩き出す。スライム達は俺の後ろに並んで乗っている。
だんだん早くなると、体が浮いて落ちそうになる。
「待った待った! ニニ、もう少しスピードを落としてくれ。滑って落ちそうだよ」
笑ってそう言うと、少しゆっくりになってくれた。
跨る足にも力を入れて、落ちないように必死でしがみついたよ。
うん、乗るなら断然マックスだね。あいつが狩りに行ってる時は、急がないなら俺は頑張って歩こう。
本気でそう思うくらい、走るニニの背中は滑って危険だった。
「おかえり! お腹いっぱいになったか!」
ようやく走って戻ってきたマックスに、振り返った俺は手を上げて呼びかけた。
どう乗ってもマジで落ちそうで怖かったので、途中から降ろしてもらって、のんびりと並んで歩きながら進んでいたのだ。
列に戻ったマックスの背中にまた乗せてもらって、出発前に思い出してセルパンをマックスに紹介した。
「なるほど、確かに蛇を仲間にするのは良い考えですね。どうぞよろしくお願いします」
嬉しそうなマックスの挨拶に、セルパンも俺に断ってから元の大きな姿に戻って見せた。
「あれ、さっき程怖くないや。見慣れてきたのかな?」
確かにどう見ても洒落にならないぐらいにデカいし、全然怖くないといえば嘘になるが、見たく無いほどは怖くはなくなっている事に気付いて、自分でもちょっと面白くなった。
元に戻ってニニの首へ戻るセルパンを見ながら、いつかあのデカい蛇に乗れる日が来るかもしれないと思い……脳内で浮かんだ光景を即座に削除した。
前言撤回!
ごめん、セルパン……やっぱり俺には無理だ。
ちょっと離れて仲良くしようね。だって、君……モフモフしてないからさあ。