どうしてこうなった!?
流行りの、異世界転生なるものを書いてみたくて始めました。
メインテーマは、もふもふは正義! です。
軽く笑って楽しめるお話にする予定です。どうぞ気楽に肩の力を抜いてお楽しみください。
俺の名前は、山田健太郎。
うん、初対面の人でも、大抵一発で名前を覚えてもらえるから、営業的には有難い名前だと思ってる。
一応、一流どころの大学を卒業して、世間に名の通った電機メーカーにスルッと入社。まあ、同期の奴らから羨ましがられたが、俺、運だけは良いんだよな。
営業成績もまずまず。トップを取るほどじゃ無いが、一応上司からの評価もそれなりにもらってる。
多分、それなりに成功した人生と言っていいんじゃ無いだろうか?
たった一つ、三十の半ばを過ぎて、彼女いない歴イコール年齢の独身だって事を除けばね。
今日は待ちに待った休日だが、昼までゆっくり寝る事は出来ない。
何故って?
一人暮らしの俺の家には、大切な家族がいるからさ。
猫のニニと、雑種犬のマックス。
良いんだ。俺にとっては、こいつらが唯一の家族なんだから。
猫のニニは会社の駐車場に捨てられていて、一時期うちの事務所で面倒を見ていた。
でも、まあさすがに会社で飼うのはダメだって、その時の上司から駄目出しを食らい、結局俺が飼う事になったのだ。
ニニって名前は、同僚の女子が勝手に呼んでいた名前をそのまま使っている。
だって、自分の名前がホイホイ変わるなんて可哀想だろう?
犬のマックスの方は、以前定年退職した俺の上司が飼っていた犬で、突然の病気で亡くなったその人の葬式の席で、棺の側から動かないその犬を、葬儀が終わったら保健所へ連れて行くと堂々と言い放った馬鹿息子から、奪い取って連れて帰って来た子だ。
何か言ってくるかと思って警戒していたが、厄介払いが出来たと思われたらしく、結局何も言って来なかったよ。
以来、一犬一猫一人間で、仲良く暮らしている。
犬の方が半年ほど後から来たのだが、最初こそ警戒していた猫のニニも、今ではマックスの腹の上で昼寝するぐらいに仲が良くなった。
うん、良い事である。
それに面白い事に、猫のニニも散歩が大好きなのだ。
同僚の、猫好きの人からのアドバイスで、そのままでは危ないからと、ハーネスなる肩から胴体にかける紐をネットで購入。マックスの散歩の際に、ニニにはそれを装着させて、俺の肩か、マックスの背中に乗ったまま一緒に散歩している。
これを散歩と呼ぶかは、甚だ疑問である。お前、全然歩いてないし。
でも実は、ニニは近所の子供達やおばさま方の密かな人気者だ。
休日の昼に散歩に行くと、大抵途中で脱線して帰れなくなる。でもまあ、別に急いでる訳じゃなし、皆笑顔だから良い事にしてる。
いつもの時間より少しゆっくり起きた俺は、まずはニニとマックスにドライフードを出してやる。それから、飲み水を交換してトイレの掃除だ。
並んで嬉しそうに食べているのを横目で見て、手をしっかり洗ってから、沸かしていたお湯で、ゆっくりドリッパーでコーヒーを淹れる。
女神のマークが有名な、某コーヒーチェーン店の定番の豆だ。一度買ってみたら美味かったので、休日の密かな贅沢にしている。
あ、豆がもう少ししかないや。買って来ておかないと。
買い出しメモに、コーヒー豆、と書いておく。
食パンをトースターに放り込んで、焼いている間にベーコン目玉焼きを手早く作る。
あ、食パンも、後一枚だ。買って来ないとな。メモメモっと。
一人暮らしが長いので、それなりに料理だって掃除だって出来る。
以前、同僚の一人暮らしの女子が全く料理してないって話を聞いて、ドン引きした覚えがあるよ。
うん、俺って、もしかしなくても女子力高かったわ。ズボンのボタン付けなんか、自分で簡単にやるし。
食事の後、少し休んでからいつもの筋トレメニューを黙々とこなす。
身体を鍛えてると、営業でも話のネタになるので、これも仕事のうちだって事にしてる。
別に趣味なんかじゃ……無いと思う、多分。
昼食に、最後の一枚の食パンを分厚く切ったハムと一緒に食べてから、俺は出かける準備をする。
玄関では、今か今かと目を輝かせた二匹が、並んで俺を待っている。
もうちょっと待ってろ。財布を取ってくる。
ニニにハーネスを着け、嬉しさのあまり飛び跳ねるマックスを捕まえて首輪にリードを繋ぐ。
はいはい、行くのは公園とコーヒー屋とスーパーね。
手提げに色々突っ込んで、まずは公園へ行く。
案の定、何人もの子供が走って来て、ニニとマックスを撫でて大喜びしてる。こいつらは近くの保育所の子供達だ。
「あ、こんにちは」
慌てて走って来た先生に挨拶して子供達から少し離れる。
世知辛い世の中だねえ。三十代の野郎が子供と並んでると世間的には駄目なんだって。
でも、そんな大人の気遣いも虚しく、また突進して来た子供達に取り囲まれてしまい、結局、ちびっ子達の気が済むまで、30分近く子供と先生の相手をしていた。
「バイバイ!またねー猫ちゃん!」
「わんわんまたねー!」
笑顔で手を振るちびっ子共を見送って、俺は、公園横にある女神のマークの某コーヒーチェーン店へ向かった。店の少し前で立ち止まり、俺は取り出した帆布の鞄にニニを入れる。
「ニニは、この中で大人しくしててくれよな」
ニニがすっぽり入った鞄を肩から掛けてしまうと、丁度小脇に抱えるみたいになって安定する。
これはいつもの事なので、ニニも慣れたもんだ。鞄の中で大人しくしている。
マックスを店の前で待たせておいて、一人で中に入りいつもの豆を買ってきた。
「お待たせ。次はスーパーだ」
店の前で、良い子で待っていたマックスを撫でてやり、ニニはそのまま鞄に入れて、大型スーパーに向かった。
「お前はここで待っててくれよな」
ここのスーパーは、駐輪場の横に犬を繋ぐ為のポールが有る。ここは、駐輪場のおっさんが見てくれてるから安心だ。
「おおマックス。よく来たな。待ってたんだぞ!」
目を輝かせて駆け寄ってくる顔見知りの爺さんにマックスを頼んで、俺はスーパーに入って行った。
メモを見ながら、必要な物を買い物かごに入れていく。
あ、大袋のチョコレート発見。特価になってる! うん、これは買いだね。
ついでに、最近はまっている焼酎も買う。重くなったけど気にしない。大丈夫だ。俺は鍛えている。
一通り買い終わったら、まとめた荷物を手に外へ出る。
マックスは爺さんからボールを貰ってご機嫌だった。
「いつもすみません、有難うございます」
ボールを返そうとすると、笑って首を振る。
「安いもんで申し訳ないけど、よかったら持って行きな」
「良いんですか? 有難うございます」
もう一度お礼を言って、手を振る爺さんに手を上げて、信号の前まで行く。
「良かったな。帰るまでそのまま咥えてろよな」
マックスは、貰ったボールを嬉しそうに咥えている。尻尾が千切れんばかりに振り回されているので、余程嬉しかったのだろう。
そうだ。今度、何かこいつらに新しいおもちゃを買って来てやろう。
そんな事を考えながら、緑に変わった信号を確認してから横断歩道を歩き出した。
その時、すぐ近くで何かがぶつかるすごく大きな音がして、直後に誰かの悲鳴が聞こえた。
何事かと驚いて振り返った俺が見たのは、ガードレールを薙ぎ倒すようにしてぶつかりながら、自分に向かってもの凄いスピードで真っ直ぐに突進して来る大きなワゴン車だった。
薄暗くなってる景色の中で、真っ直ぐに俺を照らすライトが眩しい。
「あ、これあかんやつだ……」
咄嗟にリードを手放して、ニニの入ってる鞄を放り投げ……られたのだろうか?
ものすごい衝撃と轟音。その瞬間に、何も分からなくなった。
「あれ? 困ったなぁ……だけの予定だったのに、色々くっ付いて来ちゃったんだけど……まあ良いか。仲良しみたいだから、一緒に……」
「ええと、じゃあこいつの……は……で、この子達は、そのまま……よしよし、我ながらよく出来ました!」
「後は……を整えて……辺りに……しておけば……だからねー!」
うるさい。
人の耳元で、何をごちゃごちゃ言ってるんだよ。
ってか、俺って、あの後どうなったんだ?
意識があるって事は、病院か……
待て待て!
ニニとマックスはどうなったんだよ!
あいつらに何かあったら……ワゴンの運転手、許さんぞ!
しかし、全く体が動かないんですけど?
目も開かな……あ、開いた。
しかし、てっきり病院の天井が見えると思っていたのに、俺の目に飛び込んできたのは、どこまでも続く、綺麗な青空と白い雲だった。
そして、爽やかな風の音……。
懐かしい。
子供の頃に遊んだ、土と草の匂いがする。
あまりの気持ちよさにゆっくり深呼吸した俺は、ようやく我に返った。
おかしい、俺の住む地域に、公園以外で土の見える場所なんて無いぞ。
しかもこんな、俺の体を覆い尽くすほどの丈の草なんて、公園には生えてません!
何処だ?ここ?
今度は、簡単に腹筋だけで起き上がる事が出来た。
そして、周りを見て俺は絶句する事になった。
春の花と草が生えるなだらかな草原が、はるか先まで続いている。
遠くに見えるのは、山の稜線……なんだろうけれど、どれも急峻で、見た事も無い形だ。
そして、俺は自分の姿を見て、もう一度絶句する事になる。
見覚えの無いしっかりした分厚い服。横に置かれた大きな鞄はリュックみたいだ。
これは籠手? あ、脛当ても有る……服の上には、どう見ても革の胸当てまで装備してる。
そして何よりも驚いたのが、身に着けた革と思しき剣帯と長い一振りの剣。革の手袋と革靴。
ベルトにも、ナイフらしき物が鞘にはまって装着されている。
どう見ても、某RPGの初期装備だよ、これ。
「なんだ。夢かよ」
納得出来る理由を思いついて、俺はもう一度草地に寝っ転がった。
青い空に、絵に描いたみたいな綺麗な雲が、所々に散らばっている。
だけど、いつまで経っても目覚めは訪れず、俺はひたすら流れる雲を見ていた。
しばらくして、ようやくこれが夢なのかどうかを確認する方法を思い付いた。
そっと頬に手をやり力一杯……。
「いっっっってえ!」
思わず叫ぶぐらいに痛かったのだ。
って事は、これって夢じゃ無いのかよ?
だったら一体全体どういう訳だ?
漫画なら、今の俺の頭にはいくつものはてなマークが並んでいるだろう。
冷静にそう思うぐらいに、俺は混乱していた。
「ねえ……」
ん?
今、誰かの声が聞こえたぞ?
「良かった、やっと聞こえたね」
今度は耳元ではっきりと聞こえた。
驚いて振り向くと、俺の肩に座った小さなリスっぽい何かと目が合った。
思わずまじまじと見つめると、そいつは間違いなく笑った。
「聞こえてるね。よし! 上手くいった!」
「とにかく、現状を説明するからさあ。そんな不審な顔しないでよね」
その場に座り込んだ俺の膝を占領して、そのリスもどきは偉そうに胸を張る。
「聞くよ、なんでも聞くから現状の説明を求めます」
もうこうなりゃヤケだ。こいつは何か知ってるらしいから、とにかく先ずは話を聞く事にした。
「あのね。言いにくいんだけど、君、死んだからね」
上目遣いでそんな事言っても、ちっとも可愛く無いぞ!……くそっ、その尻尾もふもふさせろ!
「……今、なんつった?」
手を伸ばしかけて途中で止まる。今、何か聞き逃せない事言ったぞ、こいつ。
「山田健太郎さん。残念ながら、貴方は交通事故で亡くなりました!」
「いやいや、何言ってるんだよ。じゃあ、今ここにいる俺は幽霊か? 幽霊って痛みあったんだ?」
思わず問い詰めると、リスもどきは困ったように笑って説明を始めた。
「あのね、今ここにいる私は、仮の姿。実体のない存在だから、逆に何にでもなれるの。実はこの世界は崩壊の危機に瀕していて、早急な修理をする必要がありました!」
「ほう、俺の目には、これ以上ないくらいに安定して見えるけどな」
皮肉を込めてそう言ってやったのだが、リスもどきは嬉しそうに俺の足を叩いた。
「君のおかげで、すっかり修復出来たんだよ。だから、感謝の意味を込めて、この世界に君を蘇らせたの」
「はあ? ……俺、何したの?」
「君がこの世界に来てくれた事で、既に修理は終わったんだよ。君がいた世界は、物質がこれ以上なく安定した完璧な世界なんだよ。その世界の存在が、この世界にいる事で、完璧な調和が保たれる……分かった?」
「いや、悪いけど、全くもってさっぱり分からん!」
首を振る俺を見て、リスもどきは困ったように笑う。
「とにかく、君が来てくれたおかげで、この世界は救われたの。だから、せめてものお礼に、この世界に相応しい姿にしたからね。あとはこの世界を楽しんでください! 説明は以上です! 幸運を祈る!」
呆気に取られる俺に手を振って、リスもどきはくるりと回って消えてしまった。
「ちょっと待てやー! 何がどうしてどうなったのか、全くもって分からんぞ!」
空に向かって叫ぶ俺だったが、リスもどきの姿はもうどこにも見当たらなかった。