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8 私は、パンドラの箱を開けました

 邸内の廊下はどこまでも続くかに見えるほど長く、毛足が柔らかでコシもある高そうな絨毯が敷きつめられていた。


 貴族的日常にも慣れ始めた私は、足音がしないはずのそこをバタバタと鳴らせている。



「お嬢様! 廊下を走ってはいけませんと何度申し上げればよろしいのですか!」

 後ろから追うように放たれるヒルダの声を気にせず一直線に進み、そして私は目的地のサロンへ駆け込んだ。



「ロマ、お待たせー!」

 発すると同時、視界に捉えた愛すべき存在へと飛びつく。

 毎日の面倒なレッスンのあとは必ずダッシュでロマンの元に行き、ぎゅうっと抱き締めるのが私の日課。はあ……癒される。

 改めて『ロマンを弟にしてくれてありがとう!』と心の中で父に感謝した。だけど、なんで急にロマンを養子にしたんだろう? とは思ってる。

 ――ここが乙女な世界だから、と言われたらそれまでだけど。



 ゲームは開始時すでに弟がいる設定で、小説でも読んだところまでに成りゆきは書かれておらず、なぜかは知り得ていない。


 ロマンも魔力があるのは知ってる。でも、結界をはる助力なら今のところ一応私がしてるみたいだし、更に手助けの必要はないはず。それにもし何かあれば、大人の魔力所持者たちでなんとかすればいいとも思う。

 だから魔力があることは別段関係ないと考えればなお、他の理由もとくにはわからなかった。



 私としては、ロマンが来てくれてとっても嬉しい。

 だけど本人は嫌じゃなかったのかな? 本当の家族と別れてきてるはずだから。

 そこが少し気になるところだ。



「姉様? どうかしましたか?」

 気づけばじーっと見つめてしまっていたらしい。

「あ、ううん。何でもない」

 さすがに前の家族は? とは聞けず、あやふやにした。ロマンもそれ以上は問わないけど、不思議に思っているのか負けずに見つめ返してる。


 おっきな目だなあと思った。それにやっぱりとても綺麗。


 私はロマンの紫がかったグレーの瞳が好きだった。同じ目をした前世のコタもこうやってよく見つめたな。

「ロマの目は本当に素敵な色だよね。私、大好きなの」

「っ、ありがとうございます……」

 礼を言うロマンがなぜかまぶたを伏せた。



 何か変なこと言ったかな? と考えて、目にとまる。ロマンはずっと右目に眼帯をしていた。

 まさしくゲームの設定通り。けれど怪我をしているわけではない。

 そう思うのは、顔を洗っているのを横から覗いたときに開かれる両目がチラッと見えたから。

 父は装着の理由を知るようだが、私には話さなかった。隠したい何かがあるのだろう。うん。


 ……でも、隠れてるものって見たくなるよね?

 だから男子は女子のスカートめくりをするんでしょ? 秘密って気になる。

 パンドラだって開けちゃいけない箱を開けるくらいだし、タブーは犯したくなるものよ。

 そして高飛車、我が儘な悪役令嬢には禁止事項なんてないと思ってる!


「ロマ。もっとよく目を見せて……」

 私はロマンの眼帯に手をやろうとした。



「――お嬢様っ!」

 急に叫んだヒルダにビクッと固まった。それとロマンが避けるように離れたのは一時(いちどき)

 私は切羽詰まる目を向けたヒルダと慌てるロマンの顔を交互に見やる。

 え? もしかして知らないのって私だけ……?



 静寂する場にしばし逡巡(しゅんじゅん)したあと、私はとりあえず伸ばしかけた手を下ろす。


「さてと。今日は何して遊ぼっか!」

 そして、あっけらかんと笑顔で言った。

「姉様、あの……」

「ん? 何かしたいことある?」

 何事もなく声がける私に、ロマンは拍子抜けの顔をしていた。

 私は別に気を使ったわけでも、わざとでもない。

 何て言うか、緊張感が走ったことにめんどくさいなあって気持ちが湧き、興味を通り越してどうでもよくなってしまったのだ。

 それより、今を楽しみたいのよ!


 だから、いつものように遊ぼうとロマンを見つめていれば、少し間を置いてからぽつりと答える。


「……姉様のしたいことがいいです」

 そう言われたら私の選ぶ遊びが大概わかってしまうらしく。

 すかさずヒルダに「穏やかな遊びにしてください」と言われた。失礼だと思う。



「ちゃんと穏やかな遊びくらい出来るもん! ……例えば?」

「聞く辺りで選択肢にないじゃありませんか。そうですね……ごっこ遊びなどはいかがです?」

 ごっこ遊びとな? はて?

 お母さんごっことかおままごと的なもののことかな。うん、確かに私の辞書にはなかった遊びだ。


 この世界にもそういうのがあるんだ、と考えて思いついた。



「じゃあ、火サスごっこをしよう!」

「「カサス、ごっこ……?」」

 そうです。私の頭に浮かんだのは、各地の崖で大活躍の英一郎様でした。



 かく決まればさっそくやってみよう! とテンションは上がった。私はすかさずロマンの手を取り庭に出る。


 そして目指す場所は一つと向かい始めた。



***



 着いたのは、綺麗に剪定された庭園を過ぎ、(やしき)から少し離れたところにある大きな木の立つ所。

 そこは庭を一望出来る小高い丘になっている。


 レハール邸の庭は自然の形状を生かして作られており、切り立つ崖のようになるここも、すでにあった木を残すためにそのままにされていた。



「姉様っ。あまり端に行くと危険です」

「大丈夫よー」

 ようやく辿り着いた私は崖の端から下を覗いた。

 ちょうど大人の身長分くらいだけ切り立つ崖になるそこは、確かに危ないかも知れないけど、落ちて大怪我をするほどでもない。

 以前一度来たときに、火サスのクライマックスシーンが浮かんだのでここを選んだ。



「危ないですからっ。こちらに戻ってください……!」

 おあつらえむきの場所と、心配そうに声をかけてくるロマンの火サスっぽい台詞に気分ものってきた。

「さあ、始めるよ。ロマ!」

「あの……プリンセスごっこなどではないのですか?」

「プリンセスなんか興味ないもん」

 そんなの面白くも何ともないと一掃し、早々に始めようとしたけれど。当然ながら、主婦に人気の二時間ドラマの帝王(サスペンスのていおう)を知らないロマン。


 私はちょっぴり悲しくなりながらも、まずは状況設定から説明した。



「――それで、殺人事件を起こした犯人を自警団の方が崖に追い詰めるのですか」

「うん。そして逃げ場がなくなったところで真相を自白して、命を絶とうとする犯人を彼が説得するのよ」

「ええっと……エイイチロウさんでしたっけ?」

「そう!」

 さすが賢いロマンはのみこみが早い。そしてビシッと指差しながら任命する。



「犯人役は私が演じるわ。ロマ……あなたは今から英一郎よ!」

「は、はい……っ」

 初めての火サスごっこだもん。ここはちゃんと譲らなきゃね!


 ――私も初めてだけど。



***



「もう、逃げられませんよ」

 ロマンの第一声を合図に火サスごっこは開始された。


 じりじりと近づく行動を取り、やる気を見せてくれる彼に刑事の素質を見た。

 やはり適役だったなと思うも、私も負けてはいられない。ここは、演技力勝負だよね!



「こないでっ! もう、こうするしかないの!」

「ま、待ってくださいっ! あの、姉様。本当に危ないですからあまり端には……」

「あなたはいま英一郎! 私だってヒルダに手をかけたくなかったわっ」

「あ、被害者はヒルダだったのですね。……理由(わけ)を聞かせてください」

「だってヒルダが、私にダンスレッスンばっかりさせるから!」

 適当なつもりが日頃から逃れたいことを口走る。無意識ってすごいね。


 ともかく喋っているうちにだんだんと気持ちが入ってきて、中々に迫真の演技が出来てる気もする。



「だからと言って、ヒルダを殺害してもダンスレッスンからは逃れられないです!」

 ロマンも同じように付き合ってくれるから尚更だ。そして全うな答えをありがとう。

 やっぱりレッスンは逃れられないよねと薄っすら思いつつ続けた。

「そうね。わかってる。だから、もう……こうするしかないの!」

 私は崖のぎりぎりまで足を運び、まるでそこから飛び降りるかのように身を乗り出した。



「ね、姉様……! 危ないっ!」


「なーんちゃって。びっくりした?」

 言いながら身を(ひるがえ)してロマンに向き直るのと、彼が私に掴みかかろうと走ってきたのは一斉だった。

「……あっ」

「え?」

 さっと内側に戻った私に、掴むものがなくなったロマンが吸い込まれるように身体を傾けていく。

「ロマ!」


 咄嗟に腕を伸ばしたけれど、受け止める力がなかった私とロマンは。

 そのまま二人揃って崖下へと落ちていった――。



***



「――大丈夫!? ロマ! ごめんっ!」



 浮遊感が止まった瞬時に、体を起こして状況を把握する。

 落下しながらもロマンは私を庇おうとしたようで、下敷きの状態になっていた。



「僕は、大丈夫です……それより姉様は?!」

「私は大丈夫よ! だってロマが……」

 助けてくれたおかげ、と言いかけた口から言葉は出なかった。

 体を起こしながら必死に私の身を案ずるロマンの眼帯は外れ、その両の目で見つめられていたから。

 そして、思わず凝視する。

 ずっと隠されていた彼の右目は――……。


 ――輝く金色をしていた――。



 『ヘテロクロミア』――双眼の色が違う者。

 お話にはよく出てきたし、画像なら見たことはある。だけど実際には、人は勿論、猫でさえ出会ったことがなかった。


 初めて見る景色に私はぼーっとした。



 でもそれより、やっぱりロマンはちゃんと両目が見えるんだ。何ともなくて良かった。

 そのことにとても安心した。


「ねえ、ロマの右目って……」

 気を戻した私が発するより早く、視線と自身の視界に眼帯がないことに気づいたロマンがバッとその目を手で隠す。

 そしてみるみるうちに顔を真っ青にして震え出したかと思えば……。

「え?! ちょ。ロマっ?!」

 逃げ出すように走り去って行った。



「えええ――……」

 ちょ、待てよ! と止める暇もなく。それはすぐに姿が見えなくなるほど速かった。



 そうして、うららかな崖下に一人残された私は……ただ呆然と座り込むだけの時間を過ごした。



***



 ――また怒られる……。



 なんでか知らないけど逃げてしまったロマンに、私はヒルダのお説教を覚悟しながら、ようやく(やしき)へ戻った。


 告げ口はしないだろうけど、彼の眼帯は今現在、私の手の中にある。先に帰ったロマンを見たら、おいたをしたのは一目瞭然だ。



「――あら? お嬢様、お一人ですか?」

 ヒルダの問い掛けに疑問が浮ぶ。ロマンは帰って来ていないのか? そして私を見つめるヒルダが、その手にした物を目にした瞬間……。


 ――ものすごい形相で私の両肩を掴んだ。



「お嬢様っ! あなたはっ……あなたは、なんてことをなさったんですかっ! お坊っちゃまは今どこに?!」



 そのただならぬ様子を目の当たりにした私は、この時はじめて、自分が大変なことをしてしまったんだと気づかされた。



 愚かなパンドラと同じに、その箱を開けてしまったのだということに――。

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