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35 【小話】俺と婚約者候補 byアベル(後編)

35 【小話】俺と婚約者候補 byアベル(前編)の続きです。

 空を多様な色合いに染めていた陽は、一際まばゆい夕日で室内をより明々と光らせる。


 ――そして、驚くあまり二の句が告げずにいた俺の前では、途切れることなく会話が続けられた。



「ラウレンツ。いまだアベルに、伝えてはいなかったのか?」

「私は、すぐに話しましたよ」



 その運びで父が問いかけた刹那、今まで黙っていたラウレンツの平然とした返しに更なる衝撃を受けた。

 先ほどラウレンツは『いずれ家族になる方』と言っていたが……と思うも、捉え違いだったと理解し直す。

 けれど、そもそもの話に聞き覚えがなく俺にとっての思いがけない展開に呆然としていると、背後から「やっぱり……」というフィオンの小さな呟きに加えて溜め息まで聞こえてくる。


 ――そんな意味ありげな反応に俺が振り返れば、同時に姿勢を変えていたラウレンツは、そこで控える自らの執事へと視線を送った。



「はい。ラウレンツ王子がアベル王子にその旨をお伝えするお姿は、傍らにいた私も拝見しております」

 そうしてラウレンツに促されるまま応えたエトガーの隣では――……フィオンが何とも言い難い儚げな微笑みをたたえてる。


「う……っ。それは、悪い。きちんと聞けていなかった……」



 ラウレンツが俺の候補の一人を自身の第一候補に移行させたことは把握していたが、まさかそれがティアナだったとは……。

 考えもしなかった事態に、今更ながら内心であわてふためいてる。


 ずっと何を言っているんだと思っていたが、とぼけてるのは只々俺の方だった。


 勿論、聞き流していたつもりはないけれど。

 あの時はまだラウレンツに対する後ろめたさやら何やらで、きちんと向き合えていなかったかも知れない。……とはいえ、それはすべて言い訳だ。


 何より、なぜ弟が突然そのようなことを言い出すかを深く考えずに片付けていたことからも、――改めて、俺はどれだけ思い込みが強くなっていたのかと情けなくなる。


 そして俺は、人の話をまともに聞けないでいた最近までの自分に辟易しながら、思考を巡らせてますます反省に至った――。



「……なあ、ラウレンツ。王族としての責務を、第二王子のお前が背負わなくてもいいんだぞ」

「いいえ。アベルが本当は、『好きな人と添い遂げたい』という思いがあることを私は知っています。そんな兄のささやかな願いくらい叶えたいじゃないですか。ですから、アベルは他の(・・)運命の方と結ばれてください」


 そう言ってにっこり笑うラウレンツに、やはり俺を思っての行動だと解した心は、嬉しさとわずかな切なさが入り交じる。


 ……今となれば、『ティアナが第一婚約者候補であることは願望に沿う』と素直に言えばいいのだろう。

 しかし昨日一日で気持ちが変わった偶然で、弟の優しい心遣いを無駄だったと思わせるのもはばかられた。



「そういう訳にはいかないだろう。お前こそ、ちゃんと自分の好きな相手を選ぶべきだ」

「私は特にそういった要望はないですから。それに、見方を変えてみれば……彼女が私の運命の相手なのかもしれませんし、ね?」


 だから考えた末に、兄としてたしなめる(てい)で上手くまとめようと試みた――にも関わらず。またしても思わぬ方向へ流れるようで、急速に焦りが湧いた。


「ちょ、ちょっと待てラウレンツ。いくら俺のためでも、お前が無理にそう思い込む必要はないんだっ」

「ええ。アベルのためです。……と言いたいところですが、実はただの私欲だったりします。アベルがちんたらしてる間に、しれっと自分の婚約者候補にしただけです。――早い者勝ちですよ」



 ――……やられた。


 いつも以上に綺麗な笑顔のラウレンツを見た瞬間、(おの)ずとその言葉が頭に浮かんだ。



 無論、最初は真に俺のためだったと思うが、ティアナに会って変化したことも容易に想像できる。

 そして俺の今の気持ちも、すべて見透かされていたのだとわかった。


「そういうのに早いも遅いもあるかっ」

 こうなったら俺も引き下がってはいられないと、強気で言い放つ。


 ……ところが、一瞬はっと目を見開いたラウレンツは、見る間に表情を曇らせていった。



「そう、ですよね……」


 ごく普通の肯定をしゅんと返す姿は、すっかり肩を落としきっている。

 その様子を見た俺は、威勢よく挑んだはいいが少々きつい口調だったかと慌てて勢いを収めた。


「その、違うんだ。俺は別に怒ってるわけじゃないからな? ただ、候補を移行する話は一旦なかったことに――」

 次いでなだめつつ、少々行き違った話を白紙に戻そうとするのだけれど。


「アベル……。ティアナが私の第一婚約者候補では……だめ、ですか……?」


「あ、いや。それは……うん」


 ラウレンツにすがるような目で言われれば、即行で拒否したい内容にも……言葉を濁すことしか出来なかった。




「――はい、父上。アベルは今のままで良いそうです」

「おい! 待て、ラウレンツっ。お前は、そんな小賢(こざか)しさをどこで覚えてきた?!」

「……ちっ」


 一変して満面の笑みで父に向き直って言うラウレンツを、俺は瞬時に止めた。


 弱々しく求めた直後の変わり様には驚くばかりだし、……おまけに今、小さく舌打ちをされた気もするぞ。


「アベルの心が、私に対する深い愛情で満たされていることは知っています。さあ、ですから可愛い弟にさらっと譲りましょう」

「断る。愛情はあるが、それとこれとは話が別だ」

「ふう……大人げないですね。常に向上をかかさない次期国王なのに、器が小さいです」


「悪かったな! って、次期国王は関係ないだろう。まあ、俺はまだ小さい男かもしれないが……」

 溜め息をついて言われたセリフは昨日も耳にしてる。

 そして今となっては、これまで自ら視野を狭くしていたと心得るだけに強く否定もしかねた。



「――まさか、こんな冗談を真に受けないでください。本当に思っていれば言いません……というより。もしアベルに指摘する場合なら、助言としてもっと違う伝え方をします」


 冗談だという説明を聞いた俺は、確かにただ小さいと言い捨てるのは、単なる悪口だと気づく。

 あわせて、元より他人を悪く言うラウレンツの姿は見たことがないので、そんな傷口に塩を塗るような真似はしないかと考えていれば――。


「遠慮なく欠点をついて徹底的に打ちのめすのは、その他大勢の貴族方だけですよ」

「わかった。だが、他のやつにもやめてやれ」


 にこやかに続けるラウレンツを即答で(いまし)めたら、クスクスと笑いながらも「それも得策ではありませんからね」と付け加えられて安心した。



 とりあえず理由に納得はできたものの……まったく、どこまでが冗談なんだと言いたくなる。

 後は、こんなやり取りをしているうちに段々と『どうやら本気で言い負かそうとするのではなく、俺との対話を楽しんでいるだけだろう』とも思えてきた。

 そうしてずっと嬉しそうな笑顔を向けるラウレンツを眺めれば、――以前も無邪気にふざけてくることがよくあったなという思いが頭に浮かぶ。


 あの日から、すべてを悟ったような笑顔ばかりを貼り付けると感じていたのに……、それもまた自分勝手な思考のせいだったらしい。



「……何にしろ、兄の婚約者を奪うとはいい度胸だな」

「兄を思う弟の優しい気遣いですよ」


 あえて俺が呆れたように言うと、ラウレンツはまた白々しく返してくる。


「さっき私欲だと言っていただろう」

「あれはただの本心です」

「本心だとばらしてどうする。せっかくの建前が台無しだぞ」

「ふふっ」


 そして語らいに応える俺は、何も変わらないラウレンツのいたずらっぽい笑顔に、自然と頬を緩ませていった。



***



「――まあまあ! どういたしましょう。お一人のご令嬢を巡って兄弟が争うなんて、家族の大事ですわ……!」


 ああ、良かった――……と心がなごんでゆくまま気を反らしていたその時、届く言葉でハッと現状に意識が戻る。


 俺はすぐさま気持ちを立て直すと、おもむろに声の主へと顔を向けた。



「……母上は、確実に楽しんでいますね」

「俺もそう思う」


 ラウレンツとこっそり言い交わす通り、ともに見据えた母は、(うる)わしげな面持ちに反して瞳をきらきらと輝かせている。

 先ほどの声音が内容とは裏腹に、どこか弾んで聞こえたのも尚更間違いではないとわかった。


「困りましたわ……。やはり決闘になってしまうのでしょうね」

「はっはっは。それは一大事だ」


 どう飛躍したらそうなるのだろうか。

 物騒なことを断言で口走る母に対して、俺は不思議と諦めの気持ちが湧く。

 隣でおおらかに笑って相手ができる父は偉大だ。


 そんなことを考えていたところ――。



「……私は、どちらを応援すれば良いかしら」


 神妙な顔つきの母が、ふっと目を伏せて洩らすセリフに一体何の心配をしてるんだとつい苦笑してしまった。


 女性は恋話などを好む傾向にあるようだが、母も例にもれなかったようだ。

 思えば、初っ端から昨日のお茶会(ティーパーティ)を持ち出していたことも踏まえると……急に俺たちを集めた目的はまさに、この話を聞くためだったのかもしれない。



「――こうしていると話は尽きないが、随分時間も経っている。じきに食事の準備が整うのではないか?」


 突如、流れを遮ることなくスムーズに話題を変えて問う父に、執事たちは揃って頷く。


 それを合図に皆が席を立つ中では、母だけが「あら、もうおしまいですの?」と少しつまらなそうにする。

 けれど父はそんな様子にも気づかない素振りで、微笑みながら手を取ると移動を始めた。



「二人が揃ってプリンセスにと望むんだ。とても可愛らしい子なんだろう」

「ええ、きっと。お会い出来る日が楽しみですわね」

「そうだな。私たちはその将来を急がず、楽しみに待つとしよう――」



 応接室の入り口に向かう両親の会話は、後ろを歩く俺とラウレンツにも聞こえる。

 ちら……と伺った母もとくに機嫌を損ねてはいないようで、少女のようにころころと笑っていた。


「さすが父上です。さり気なく話を締め括りましたね」

「ああ。母上の扱いに慣れてる」



 ――俺たちはそう言って顔を見合わせると、互いにふっと笑みをこぼすのだった。



***



 やがて廊下に出た俺とラウレンツは、どちらからともなく肩を並べて先へと進む。


 それはごく当たり前の何気ない行動ではあるけれど、歩を運ぶ一足ごとにじわじわと心が温まってゆくのを感じた。

 ――その理由はわかってる。



 つい昨日までの俺は……。

 またこうして笑い合う日が来ることを願いながらも、望みは高い壁で阻まれると思い込み、辿り着く道さえ見出だせずにいた。

 だがこだわりを捨ててしまえば障害などは何一つなく、どころか欲しいものは『――すぐ目の前にあった』のだ――。



「……お前はいつも笑顔で、強かったよな」


 かすかな頬笑みをつくる俺の口は、無意識にこぼしていた。


 本当に……優しく頬笑むラウレンツが、いざという時に見せる強さを知りながらも、忘れてしまってたなんてどうかしてる。

 どんなことがあっても頬笑みをなくさない弟は、ティアナが言うようにとても強い。


 今のどんな時も常に綺麗な笑顔でいることもなお、賢く公務を行おうと着実に強く成長した姿だった。


「私がこうして笑っていられるのは、いつもアベルが前にいてくれたからですよ」

「……っ!」



 ようやくわかった事実に『――すごいな』とただ感心を深めていれば……思いがけない返答で、ガッと足が止まった。


 そして満面の笑顔を目にした俺の頭には、先ほどのラウレンツのセリフが素早く(よぎ)る。



「アベル――?」

 ……次の瞬間、俺はラウレンツを抱き締めていた。


 何の前触れもない行動に、ラウレンツは不思議そうに名を呼びながらも、あの日のようにそっと背中を包んでくれる。



『アベルの心が、私に対する深い愛情で満たされていることは知っています――』


 それは弟の本心で、その言葉を紡いだラウレンツもまた、同じ気持ちを持つからこそ言えた事と思える。


 俺はこんなにも、愛されていたのだ。



 ――これもティアナのおかげだな……。

 胸に広がってゆく思いを噛みしめて、ラウレンツの肩に顔を埋めるようにしつつ人知れず。

 ……あふれそうになる涙をのみ込んだ。


 昨日、ティアナに出会わなければ、このような話をすることはなかった。

 そして自分を信じることが出来ないまま、何も変わらずにいただろう――。



 どれほど壮大な目標を掲げたとしても、周りが見えない状態でもがき、闇雲に突き進むことは……永遠に辿り着けないゴールを目指すようなものだ。

 たとえ地図(しゅだん)を手に入れたところで、自身がどこにいるかも分からなかった俺は、迷路の中を歩き続けるままでしかない。


 そんな当然に気づかせたティアナは、ラウレンツと同じく俺の事も『すでに強い』と言ってくれた。


 偽りがないと知る彼女の言葉だから、素直に受けとめることが出来たと思う。


 誰か一人に疑いなく認められるだけで、こんなにも心は穏やかに強くなるんだ。

 そう改めて感じながら、静かに顔をほころばせた。



 ――それから俺は、すっとラウレンツを解き放すと笑顔で向き直る。


「ラウレンツ、お前が相手でも負けないからな。これから俺は、今よりもっと強くなる」

「はい。私もアベルを支えられるよう、更に強くなろうと思っていますけれども。こればかりは、譲るつもりはありません」


 俺の宣戦布告に、ラウレンツも笑って宣言した。


 とても二人で取り合うような美人でもなければ、動向にも問題のある令嬢だけど。

 それでも、何一つ取り繕うことのないティアナといると、どこまでも温かい気持ちになれるから――。



「わかってる。だから、正々堂々と勝負しよう」

「ええ、勿論です。精一杯頑張ります」


 自分を認めた俺は、足元(スタート)をしっかり確認した今、やっと踏み出せる。



 そしてティアナが側にいてくれたなら、俺はもっと強くなれる気がする、……なんてことを考えながら小さく呟く。

「おまけに、俺を男として認めさせるという新しい目標も出来たしな――」



「アベル? 何か言いましたか」

「いや。ラウレンツ、また一緒にお茶会(ティーパーティ)をしような」

「はい、是非しましょうね」



 俺の誘いに嬉しそうにする綺麗な笑顔のラウレンツを見れば、心から笑みが湧いてくる。


 こうして俺は真っ直ぐに前を向くと、冴え渡る先を目に映して新しい一歩で進むのだった――。

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